神意の箱庭
 天つ風が、晴雲を掻き乱してコートに降り注ぐ。
 トスされたボールは風威に流され、青い空の中で黄色の軌跡をゆらゆらと描いた。
 風に巻き上げられた前髪が視界を撫でる。
(駄目だ)
 打っては駄目だ。そうわかった。
 それなのに、強引に筋肉の動きを止めるすべはなく、俺の腕はラケットを振り抜いた。
 ボールを打ち抜く感触、手首から腕、肩までの筋繊維の動きが軋むようにゆっくりとゆっくりと感じられる。
 もうここまで来てしまってはどうしようもなく、半ば自棄になって振りぬいた。それしかできない。
 勢いよくネットが揺れ、審判の「ダブルフォルト」が耳から侵入して脳を叩く。
 そうしてコートに転がった、その感情を、自らの手で拾い上げる。
 丸く見えるのに、ざらりとした手応えのそれは、今の自分に似ていると思った。
 ボールを拾っている間、対戦相手は手持ち無沙汰そうに、藤黄色のポロシャツの裾を引っ張り整えた。
 胸元に大きく入った黒いライン。赤くRのデザインが胸に縫い付けられたそれは、全国大会二連覇を成し遂げた最強と名高い王者、立海大附属中学校男子テニス部のユニフォームだ。全国を目指す中学生テニス部員なら、誰でも知っているその鮮やかな色。
 対戦相手の名は切原赤也。
 好戦的な肉食の獣のような瞳を爛々と光らせた切原は、「はやくしろよ」と、声には出さず唇だけ動かして俺を煽る。
 火で炙ったもみ海苔のような髪型をしているくせにと、俺は内心だけで毒づいた。
 そして、シューズに絡みつくようなハードコードの硬いゴムの感触を足裏に感じながら、無風の瞬間を狙いボールを上げた。
 ラケットを振り下ろすその時、俺は何かに祈っていた。
 何に祈ったのかは、誰に祈ったのかは、何を祈ったのか、わからないまま、新しいグリップテープのすべらかな感触が皮膚に食い込んだ。

 ハードコートの特徴で強く跳ねたサーブは、危なげなく切原のラケットに吸い込まれた。
 後ろに飛ぶように両足を浮かせた切原のリターンは力強い。着地と同時にダッシュで切原が前方に出てきたのは、これで試合を決めてしまおうという腹なのだろう。
 リターンに角度はなく、動体視力で捉えたそれをラケットに当てる事は難しくなかった。両手でしっかりとグリップを握り、歯を食いしばって返球する。
 球威に押され、ラケット面が打ち上がったロブは大きい。オンラインになるか、アウトになるかのすれすれを落ちていく。
 対面からは舌打ちが聞こえ、一瞬の内にベースラインまで下がった切原の瞬発力は凄まじかった。



→To Be Continued