氷帝学園のテニスコート。 そこに、深雪も恥らう白い肌と、ほっそりとしているのに筋肉がつきひき絞まった長い脚を氷帝学園女子テニス部ユニフォームの短いスカートからさらけ出した少女が仁王立ちしていた。アンダースコートが、時折風に靡いてスカートの隙間から見える。 そして、少女はラケットのグリップを握り、ラケットヘッドを対戦相手へ向けた。 跡部景吾 男子テニス部部長である。 外野の男子テニス部レギュラー陣は賭けテニスの掛け金の会話で盛り上がっている。 「跡部に百円。負けたら激ダサだぜ」 「俺は……じゃー跡部に二百円。勝ってみそ!」 「跡部に百五十円や」 「ふわぁ……んじゃぁ、俺は跡部に百円……ぐー」 「うーん、じゃあ僕が御陵院に賭けないと賭けにならないじゃないか。やるねー皆」 番外 「えっえっ、賭け? ……ど、どうしよう、樺地?」 「ウス……」 「なんですか、忍足さん。その視線、気持ち悪いです。……だから賭けませんってば」 どうやら、跡部が優勢のようだ。 茜は、可愛らしい顔に相手を見下すような勝ち誇った笑みを浮かべて細い顎を逸らす。 手折れてしまいそうな白く滑らかな首が露わになった。 「跡部、覚悟なさい。今日と言う今日は血を見せてあげるわ」 乱闘? 「はっ、てめえごとき、10分で充分だ」 「ねえ、跡部」 「んだよ」 「そういう、雑魚っちぃ台詞、よく吐けるわね。やめておきなさい。10分を1秒でも過ぎたら涙が出るほど惨めだもの。雑魚部様」 「てめぇこそ、嫁の貰い手がいなくなるような毒舌を改めたらどうだ? 可愛くねぇぜ」 「鳳! 日吉! 樺地! は、私に賭けなさい! 賭けなかったら殴るわよ」 茜は跡部の台詞を 完 無 視 した。 何を隠そう、茜は後輩が大好きだった。 猫かわいがり……と言えば聞こえはいいが、密林の王・虎が仔猫を可愛がろうとするようなもので、はっきり言って後輩達はそれぞれに困ったような、諦観のような、そんな表情を浮かべている。 大体、脅しだ。 「え、じゃあ……御陵院先輩に百円……」 「ウス……百円、です」 「俺は誰にも賭けません。本当は先輩方にも賭けを止めて欲しいです」 日吉、抵抗。 しかし、だからそれは、仔猫の威嚇みたいなもので。 「日吉、賭けなさい」 「嫌です。賭博は罪です」 「私が負けると思ってるのね」 御陵院茜の容姿は想像を絶する今世紀最高の超絶美少女と形容されても過言ではなく、それでも足りない。 性格はどうであれ、見た目は。 嘘泣きの涙を滲ませ、長い睫毛を水滴がキラキラと彩る。 見詰め合うこと、暫し。 「――……わかりましたよ。御陵院先輩に百円かけます」 「いい子ね。頭を撫でてあげたいわ」 今世紀最高に不機嫌そうな、嫌そうな日吉の表情をガン無視した素晴らしく笑顔の茜は跡部に向き直る。 再度ラケットを突きつけ。 「フィッチ?」 くるくると回るラケット。 「ラフだ」 回っていたラケットが、カラン、と音を立てて倒れた。 「スムースね。サーブ、貰うわよ」 ::: 4-3。 現在、跡部リード。 「ああ……もう、やっぱり筋肉量が違うわね――瞬発力でも力でも敵わないじゃないの」 え、今更それに気付いたの? という表情を浮かべた向日。 忍足は苦笑して「頑張ってや姫さん」と言ったが「五月蝿いわ」と一蹴されていた。 しかし、さして疲労している訳ではないらしく、ボールを打ち返す。 茜は跡部と同じオールラウンダーであり、氷帝女子テニス部百人の頂点に立つ。技術力、体力は男子レギュラー陣に引けを取らない。 だが、跡部は二百人の頂点だ。 軽く勝てる相手でもなかったらしい。 「けど……」 唇を舐め湿らせると、茜は嘲る様に、勝ち誇るように、笑む。 「もう21分も経っていてよ。雑魚部様」 「試合中にしゃべってんじゃねぇよ」 「あら、会話する余裕もないの?」 「どんな試合にでも集中する事にしてんだ」 「コートに座り込んで樺地任せにしてる雑魚部の台詞とも――思えないわねッ!」 誰もがアウトと思う、大打。 しかしそれは跡部が余裕で避けた直後、見えない誰かに叩き落されたかのように、コートに喰らいつく。 けれども、跡部も、そう簡単にポイントを取らせるような相手ではない。 即座にステップバックして方向転換と同時に走る。 バウンドし、コート外に出たボールに追いつくと、それを何とか打ち返した。 「私の美技に酔いなさい!」 レギュラーが吹いた。 跡部が驚いた。 ネット際につけていた茜は、球威を上手く殺し、そのロブはボールを跡部のコート上でころころと転がした。 「4-4、ね」 汗で張り付いた前髪を嬉しそうに笑みを浮かべてかき上げる茜は、見慣れているはずの跡部が、一瞬見惚れてしまうほど美しかった。 ::: 7-6 タイブレークの末、勝者・御陵院茜。 茜はうっとりと微笑む。 その場を見ていた男子生徒・女子生徒の頬がほんのりと紅色に染まっているのは仕様だろうか。 「何はともあれ、どんな方法を使おうと、勝てばいいの。そうよ、歌だって上手ければいいの。頭も良ければいいのよ。六法に触れなければなんでもありだわ。ねぇ、樺地、日吉、鳳? そう思わない?」 ぱっと顔を輝かせ、何だか肩身が狭そうにしている後輩を振り返る茜。 「正々堂々と卑怯な事をしないで下さい」 「……ちょっと、俺、恥ずかしかったです……」 「ウ、ウス……」 三人の反応に「あら」と心外そうに、茜はふてくされた。 そんな顔も天使のように愛らしい。 が、後輩達はそんなことはどうでもいいと言うように居心地悪そうだ。 賭けに勝ったことも嬉しくはないらしい。 「御陵院……てめぇ……」 「卑怯でも最悪でも勝ちは勝ち。帝王ともあろう者が愚図らないわよね?」 にっこりと、嬉しそうに勝ち誇った顔は、悔しくも、要求を飲むのも仕方ないと頷いてしまうほど可愛かったのだった。 跡部に勝ったら全校生徒で歌舞伎を観に行く。 という、茜の我儘は三日後、受諾され一ヵ月後、実行された。 |