御陵院=Damrosch・茜 を守護する ”女帝の騎士団” 通称、リリーガード(the lily's guardian)(略称でリリー) 跡部景吾 に心酔する ”エイド オブ エンペラー(aides of an emperor)” 通称、王政クラブ(略称で王クラ)(某ホテルとは無関係である) どちらも、非公認だが、氷帝学園内で知らぬ者は居ないほど大規模なグループだ。 名前からしてわかるように、両者は敵対している。 女帝 と 帝王 王と后ではなく、また、王子と姫でもない。 氷帝学園に、支配者は二人いらない、と言うことだ。 これは、茜が2年、跡部も2年。 夏休み直後の生徒会長選挙の物語である。 「絶対、御陵院さんを勝たせますから。」 「ええ。期待しているわ。」 茜は書類へペンを走らせながら、同じ女子テニス部レギュラーに紙面から目を離さずに答えた。 既にもう三日間完全に徹夜している。 手続きに必要なもの自体はすぐに揃ったのだが、選挙活動を行うに当たっての手続きや、生徒会長になった暁の公約決め、勿論曖昧な公約だけでなく数値目標を掲げたマニフェスト、学園に貼るポスター撮りに、スピーチの原稿の作成、チラシの原稿作成、その他、諸活動により、練習も声楽もピアノも体術も、何もかもを後回しにして、尚、三日の完徹である。部活は部長として、しっかりとこなしてはいたが。 煩雑な作業を、ほぼ一人でこなす茜を見、女帝の騎士団は陰ながら茜の負担が軽くなるように帆走していた。 茜自身がパン一つでも奢ろうものなら賄賂となり、選挙違反になってしまう。 だから、リリーガードの面々は自主的に、しかしばれない様に活動していた。 バレないように、と言うのは何にせよ非公式な団体である上、茜の見た目や技能は素晴らしいが――性格がアレだ。 近 寄 り 難 過 ぎ る 。 それは王政クラブの面々にも言える事なのだが。 (側近の名を付けている癖に非公認だなんて滑稽だというのがリリーガードの言だ。) ちなみに、両者のどちらかが生徒会長になった後に、生徒会副会長やら書記やら会計を決めるという変わった選挙制度が今回については適用されている。 それは、茜と跡部の絶大な人気の為に起こった現象である。 「まぁ、負けたからと言って副会長なんて役職につくような大人しい性格の跡部なんて知らないけれど。」 今現在の時点での、投票予想の結果がプリントされた用紙を茜は眺めた。 1600人の生徒中、跡部の固定票は200、茜の固定票は100。 これはお互いの男女テニス部の部員の数である。 男テニ部員は200人、女テニ部員は100人。 跡部が倍近い。 戦いはどちらがより多く浮動票を獲得するか。 浮動票も、けれど、リリーガードの人数は232人、王政クラブが189人いる。 それを踏まえて固定票を出すと、跡部は389、茜は332。 「けれど、氷帝の生徒の1000人以上が男子よ。私の魅力と能力にひれ伏さない男は、男子テニス部員以外、いないわ。」 プリント用紙には跡部800票、茜800票とプリントしてあった。 勿論当日の欠席やその他の事情も考えれば、総数で1600票になることはないだろう。 けれど、現在の時点での予想は、跡部と茜が五分だった。 茜 VS 跡部 二大怪獣も裸足で逃げだす選挙戦争が、始まっていた。 「ぁあ?」 「そやから、姫さんと跡部の駅貼りのポスターが剥がされてるんやて」 何故、氷帝学園の選挙であるのに駅貼りのポスターなどがあるのか。 茜も跡部も金に物を言わせたからだ。 勝たなくてはいけない。 お互いのプライドにかけて。 「また刷って貼りゃいいだろうが。」 金持ち発言に新レギュラー陣は溜息を吐いた。 しかし、跡部の徹夜はすでに三日を数えており、テニス部の面々も新部長の為にと尽力していた。 準レギュラーの日吉も駆り出している。 氷帝学園ホスト部、男子テニス部。 跡部のポスターはテニス部レギュラーが後ろに立ち、跡部を薔薇とするならば、彼らを交えて花束にでもしたかのような、そんな選挙ポスターだった。 駅に貼ってあることもあり、アイドルグループのポスターだと思う人間も少なくないだろう。 彼らが後押ししているために、600人いる女子生徒の500人は獲得したようなものだった。 残りは浮動の男子生徒をいかに跡部に引き込むかだ。 「ハッ勝つのは俺だ……!」 跡部は、眠気を訴える頭をフル回転させ、部活に選挙にと全力で挑んでいた。 「御陵院先輩が生徒会長になったらかなり学園が変わると思うぜ」 「そうかなぁ?あの人って結構わがままだし……跡部先輩のほうが安心だなぁ。」 「なに言ってるんだよ、中学卒業したら音楽院に行くほど優秀なんだし、絶対いい学校になるって!」 「うーん……でも、跡部先輩のほうが話とかよく聞いてくれそうじゃない?御陵院先輩って好きなことしかし無さそう。」 「はぁ?御陵院先輩の方が絶対親身になってくれるに決まってんじゃん。」 「それはないよー。自分の事にしか興味ない人だよー。」 そんなやりとりが普通に教室内で飛ぶようになった。 リリーガードは、善意を装い茜の手助けをし、茜がいかに優秀であり素晴らしいかを世間話のように説いていた。 ぶっちゃけ、話を聞かされているほうはウンザリしていたが。 王政クラブは、陰でメンバーを増やし、男子生徒については投票の話をしながら、地味に地味に地味ーに、茜を批判していた。 偶然、リリーガードが茜の素晴らしさを説き、王政クラブが茜を批判すると言う会話を耳にしたテニス部レギュラー陣(+準レギュ)は触らぬ神に祟り無しとばかりに無視したのだった。 否、御陵院茜という少女は触らずとも祟りそうだと、誰かは思っていたようだが。 選挙当日、茜は体育館で歌い、スピーチするという、パフォーマンスを行った。 美しい肢体を惜しげもなく晒した露出の多いドレスは、男子生徒の視線を奪い、女子生徒に羨望の溜息を吐かせる。 既に選挙のやり方ではないが、己の能力を見せ、魅力を引き出すという点においては、間違っていないのかもしれなかった。 スピーチも説得力と共に、生徒に希望を持たせ、やる気を出させるようなもので。 本気を出した茜の実力に、跡部は目を顰めた。 それは、実は茜のドレス姿に男として思うところがあったと言うのも、あるのだが。 茜は自分の魅力をよくわかっていたし、魅せ方も人心の掌握方法も跡部に負けずとも劣らなかった。 ……学園の選挙と言う点を失念していなければ。 途中まで、跡部もその点に気づいていなかったのだが、これは氷帝学園内の選挙である。 だから、地道にこつこつと、跡部は、生徒達の自分に対する評判を上げていった。 茜のように、ステージで魅せ付ける良さではなくていい。 学校の備品が壊れていれば、率先して自分の手ずから直し、男だろうが女だろうが親切にしまくった。 茜のパフォーマンス的な、アイドル的な人気の方はテニス部のやつらに任せ、地道に地道に”跡部って偉そうだけど実はいいやつじゃん”と”跡部って結構気が効く”という評判を積み上げていった。 もともと、お互いカリスマ性と知名度においては知らないものがいなかったのだ。 能力的にも、どちらが会長をやっても申し分ない。 あとは、こういった評判だけ。 しいて言えば、心から信頼できる仲間が居た事が、そしてその仲間が氷帝学園内において絶大な人気を誇っていた事が、跡部にとって、救いだったのだ。 そして、投票の結果は茜771票、跡部778票。 「負けたわ。」 選挙後、コートの隅で小学生のようにしゃがみこんだ茜は悔しそうに唇を噛んだ。 氷帝学園・帝王、跡部景吾 彼が誕生した日は 氷帝学園・女帝、御陵院茜 の消えた日だった。 普段では見られぬ茜らしからぬ凹み方に、跡部は自然と笑ってしまう。 「ま、てめぇもよくやったんじゃねぇの?」 声をかけてやれば、悔しさから滲んだ涙のために、潤む瞳を跡部に向けた茜は、そして、睨みつけた。 視線が語っている。 ”跡部の癖に私に勝ってるんじゃないわよ”と。 図らずも、それを本能で瞬間的に理解した跡部は、加虐的な勝利者の笑みを浮かべた。 それを見た茜は屈辱から白雪色の頬を赤く染め、潤んだ瞳と濡れた睫毛と、寄せた柳眉を持って跡部を睨む。 支配欲のようなものが満たされた跡部は一層笑みを濃くする。 しかし、それは、ともすれば茜に見蕩れてしまうそうな自分を叱咤する意味も含めてあった。 怒っている顔すら、屈辱に歪む表情すら、美しい。 御陵院茜はそんな少女だった。 性格がアレな分神様が他を熱心に綺麗にしてやったのだろう。 しかし、副生徒会長の選挙で、立候補していない茜に1400人以上の投票があり 「そんな、負けたから二番目だなんて惨めなのは嫌よ!」 と駄々を捏ねまくりながらも、生徒達の後押しにより、生徒会副会長・御陵院茜は誕生した。 そして、今、中学三年の二人はというと。 「どういうつもりかしら?」 「うるせぇよ。アレが最善だろうが。」 「文芸部は在学中に小説家を輩出したのよ?」 「アーン?だからって予算を増やすのか?実績を残せなきゃ金は出せねぇのかよ?他の部に示しがつかねぇだろ。」 「そんな事ないわよ。部活動を頑張ろうって、皆思うに決まっているわ。」 「御陵院以外のやつらはこれでいいって言ったのを聞いてなかったのか?」 「私は、よくないと思っているのよ。この私が、良くないと言っているのよ。」 こんな感じで喧喧囂囂だとか。 |