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 氷帝学園のテニス部部室にはレギュラーの数だけPCがある。
 そのPCはLANで繋がっており、当たり前にチャット可能だ。無論、ネットにも繋がっている。
 だが、誰に見られるか解ったものではないので、大抵のレギュラーは必要最低限のデータしか保存していないし、必要最低限のネットサーフィンしかしない。
 ただ、忍足のPCの壁紙が、●クラ大戦2のレニ・●ルヒシュトラーセであることも、周知の事実だ。
 キーボードを指で叩いていた日吉が跡部に声をかけた。
 跡部は部誌以外にも部員のデータの管理もしているので、本来の目的できちんとPCを使っているのは彼が殆どだった。
 その作業を覚えなければいけない日吉もまた、PC作業をする事が多かった。
 が、今彼が見ているものは、インターネットのホームページだった。
「ちょっと気になって調べたんですけど」
「あん?」
御陵院先輩のお兄さん、弥永って聞いた名前だと思って」
「で?」
「タイのとても有名なムエタイスタジアムでチャンピオンになってます。去年新設された団体の新設記念の大会で、ムエタイの伝説を倒して、初代チャンピオンにもなってますね」
「……さすが、あいつの兄貴だな。俺の方でも 御陵院に聞き覚えがあって確かめてみたが、十七でハーバード卒業してやがる。ウィリアム=サイディスの再来だとよ――それから、忍足の情報によると=ヒルデブランドと言えば欧米映画で新進気鋭の人気急上昇中若手俳優らしいな。某国女王の恋人だってのがスクープされてるらしいが」
「……跡部部長」
「何も言うな」




 御陵院は高笑いしていた。
 いつもの如く清らかで美しい長く細く引き締まった白く繊細な脚を、惜しげもなく……本当に腿の付け根から、足首まで曝け出している。
 風が強いためにスカートがばっさばっさとはためいている所為だ。
 しかも、観客席の最上段に仁王立ちしているものだから、全見えだ。
「じょーうしょーうりっかいだい! ……が、どうしたことかしら、これは。立海の女子テニス部は歯ごたえがあると聞いていたのだけれど」

 すげえ、嫌な高笑いだ。

 肩で息をしている原涼香が悔しげにその脚――ではなく、を睨む。
 は、筋肉がつき引き締まっているものの、跡部や原、他の誰かに比べるべくもなく華奢だ。
 だからこそは、パワーやスピードを殺すことに関しては随一であり、パワーショット&スピードショット系を操るプレイヤーには天敵と言えた。
 九鬼某ではないが”原は弱くなかった。が強かっただけ”なのだ。
「常勝立海あと一つ!――で、全敗だった訳だけれど。伊織もナヲミも私が精魂こめて育てたプレイヤーですもの。男子にばかり力を入れている立海女子テニス部に、氷帝女子テニス部が負けるはずなどないわ!」
 で、また高笑いである。
 腹が立つほど大声で、しかし、清楚ささえ感じる声音で、は高笑いしている。
 ちなみに、汗だくになりつつも勝利したは試合後喜びのあまり観客席最上段に登ったのである。
 某は高いところが好きなのだろう。
 風に煽られてスカートがばさばさと音を立てている。

 切原がその生脚を眺めているのを咎めだてるものは誰も居ない。
 自身も、見られても気にしていないわけだが。
 誰もの高笑いを止めないのは、それが美しささえ伴っているからである。
 いつまでも見ていたいと思わせる美しい顔が、ものすごい笑っているのは愛らしすぎた。
 が、跡部は違う。
 いつも見ているから慣れたというのもあるが。
 それより。
「次は俺とてめぇでミクスドだろうが」
「あら?今負けた原さんに少しは休憩くらい上げてもいいのじゃなくて?」
 この女、唯我独尊につき。
「まあ、いいわ。立海を殲滅するわよ。跡部、氷の世界を発動なさい」
「てめえに命令される謂れはねぇよ」
「勝つのは氷帝!負けるの立海!」
 跡部の言葉など聞かず、がコールを要求する。
 部員達の”勝つのは氷帝!負けるの立海!”コールが最高潮に達すると、はあるポーズをとった。
 即ち、人差指を立て左右に腕を開くという、あのポーズだ。
 コールが変わった。
『勝者は御陵院!敗者は真田!』
 ……氷帝女子テニス部部長と、立海男子テニス部副部長の嫌なコラボレーションである。
 で、勿論最後は……
『勝者は……』

 「 私 よ ! 」

 そりゃ、もう、楽しそうだった。
 は全身全霊楽しそうだった。
 怡楽という単語を具現化したら今の になりそうだった。
 人の注目を浴びることに慣れきっているは、そりゃあ、もう、全力で楽しそうだった。
 その姿が”可愛い”と人の目に写る容姿を持っている為に、はカリスマを保持していた。
 そして、恒例の最上段からコートへの飛び降り行為。
 ふわりとコートに降り立った天使は、真田へ向ってにっこりと微笑んだ。
 無垢な、愛らしい、のその笑顔。
 心なしか、真田の頬が赤い。
 それに気付いた原の顔が険しいような悲しいようなそれに変わり――がそれを見落とすはずもなく、なにやら意味ありげに原の肩をそれとはわからない程度に、通り過ぎる瞬間、叩いた。
 原はキ、っとを睨む。

「勝つわよ、跡部。この間の立海道場破りで真田といい勝負をしたんでしょう?」
「当たり前だろ」

 つき出したの拳に、跡部は己の拳を軽く当てた。
 二人は、既に勝者の笑みを浮かべている。











 ――パァン!

 手が痺れるほど、と跡部は強く強くお互いの手を打ち合った。
 氷帝の勝利――それは、の笑顔と生脚でもって得られたといっても過言ではない。(過言です)
 二人は打ちつけた汗まみれの手をぐ、っと握しめ天を突き上げる。
「ねえ、跡部、私とあなたは?」
「組めば最強だ」
 手を離して、汗にまみれた身体を気にしないかのようにハグをする二人。
 ざ、っと顔が青くなる氷帝テニス部員。
 か、っと顔が赤くなる立海テニス部員。
「良くわかってるじゃない。特別に頭を撫でてあげてもいいわよ。ああ、もちろんシャワーを浴びてからだけれどね」
 おお、と変な感嘆の声が洩れる。
 偽恋人という立場になってから、二人の間柄は険悪そのものだったのだが。
 冗談を言い合う美男美女の様子に、立海テニス部員は羨望&驚愕&畏怖&関心&嫌悪……な眼差しを送る。
 氷帝テニス部員は、この後、が、またブリザードでも召還するのではないかとビクビクしている訳だが。
 このような状況は、天地がひっくり返ってもありえない。
 朝起きて「太陽が西から昇るようになったよ!」と西の空を指差されて、本当に太陽が昇っているのを目の当たりにする方が自然なことだ。


「ふぅン? ――仲、よさそ、だね」
 観客席最上段に座っていたが二人を見ていた。
 勿論――跡部も、もそれに気付いていた。
 だからこそのこの様子なのだが、氷帝テニス部員で気付いていたのは、向日と日吉のしりとりD2コンビのみだった。
(しりとり例:日向→向日→日吉→吉田→田中→中田→田西→西田→田宮→宮田→田村→村田→田嶋→嶋田→田丸→丸田→田崎→崎田→田井→井上→上谷→谷田……田が妙に多いのは、大抵逆にすれば苗字になるから。)
「やっべ。の兄貴きてるじゃん!」
 日吉にぼそぼそと耳打ちする向日。
 日吉は軽く顎を引いて頷き返した。
「気付かない振りしててくださいよ向日さん」
「わかってるって」
 という二人の会話も虚しく
「あー!姫さんのお兄さんやん!サインお願いしてもええですかっ?!」
 忍足が油性ペンと色紙を持って観客席に突っ込み、はにっこりとサインを書いて色紙を忍足に渡す。
 その営業スマイルに、が苦いものを飲んだような顔になる。
 そして、を泣かせることのできる人物の登場に、氷帝テニス部は騒然となった。が。
お兄様!もぉっやめてくださいよ!今日帰ってらっしゃった理由を覚えていないんですか?!各国の著名な方がご多忙の合間を縫って―― 「解ってるサ。。今行くよ」 ――余裕ぶってないで下さい!すでに34分もお待たせしてしまっているんですよ?!いいかげんにシスコンやめてください!」
 御陵院家の末弟、がどたばたと登場し、兄の手を引く。
 シスコンの言葉が超絶美少年から発せられた時の、皆の微妙な顔。
 そしては引かれるままゆっくりと腰を上げた。
 そして二人は連れ立って歩き出す。
 は「お騒がせして申し訳ありませんでした!」とぺっこりと頭を下げ、その場の女子全員の胸をきゅぅんとさせ
「マタネ〜」と何故かカタコトで口にしたがにこりと微笑むと、その場の女子全員の頬が染まったとか染まらないとか。
 そして、が忌々しげに眉を寄せてポツリと呟く。
「騒々しい兄弟ね」

 お前もだ、と言いたくなるのを、ぐっと堪えた向日だった。