全国大会男子団体ベスト4決定戦終了後。 「跡部。」 「んだよ。」 「頭、触ってもいいかしら……?」 全国大会ベスト4進出をかけた試合で、負けた氷帝学園男子テニス部部長に、これからベスト4進出戦をする予定の氷帝学園女子テニス部がかけた言葉はソレだった。 跡部が拒んでも全く動ぜず、御陵院=Damrosch=茜は今までないと言う程に自ら率先して跡部の頭を触りまくった。撫でまわした。 一通り撫で回して満足したらしい茜は「ふぅ」と幸せそうな溜息を吐いてうっとりと目を細めた。 落ち込むべき状況なのに、部員は皆呆気に取られている。 「さあ、楽しんだし、次は私達の試合よ。」 そりゃ、もうルンルン笑顔で女子レギュラーに声をかける茜。 これから全国大会、女子団体ベスト4決定戦が始まるのだ。 コートへ向う直前に、茜は表情を改めると男子テニス部の面々を振り向いて 「私達は全国制覇を成し遂げるわ。それは女子のほかの学校が弱かったからではなくて、氷帝が強かったからよ。肝に銘じておくことね。」 何故か、啖呵のようなものを切ったのだった。 しかも、酷く不本意そうに。 「テニスの王子様だか王様だか天才だか皇帝ペンギンだか、知らないけれど。一番強いのは私達。練習試合での事を思い出しなさい。全世界で一番強い学校は氷帝よ。」 女子レギュラーに発破をかける茜はシングルス3を受け持つ加藤の背を叩いた。 「必ず勝てるわ。遠慮なくぶちのめしなさい。氷帝の強さを知らしめるの。」 加藤は頷いてコートへと向かい、女子レギュラー陣はベンチに腰を下ろす茜の後に続く。 そして、茜は大きな声で 「 勝 つ の は ?! 」 コート外の氷帝学園生徒へ問いかけた。 茜の振る舞いに慣れていない相手校や観客、審判が一瞬固まる。 しかし、跡部や茜に慣れている氷帝学園生徒は違う。 男テニが負けたにもかかわらず、リリーガードが大きく茜にこたえた。 「「「「「「「「「「「「 氷 帝 !! 」」」」」」」」」」」」 そこからは生徒が自主的にコールを始める。 「勝つのは氷帝ッ 勝つのは氷帝ッ 勝つのは氷帝ッ 勝つのは氷帝ッ 勝つのは氷帝ッ 勝つのは氷帝ッ 」 茜は跡部並に余裕に満ちた笑みで試合を眺める。 そして、呟く。 「そう、勝つのは氷帝よ。」 艶然な勝利者の微笑と共に。 一方的な展開の試合が始まる。 「なあ、姫さん?」 ぞろぞろと美形ぞろいの氷帝男女テニス部レギュラーが歩く姿はかなり目立ったが、誰一人としてソレを気にする者もなかった。 茜や跡部はいるだけで目立つし、特に男子テニス部は氷帝ホスト部として近隣の学校は愚か、地元では有名な存在だ。 樺地が抱えている芥川は爆睡しているが。 「何よ?」 「なんで今日の試合1、2年中心やったん?」 「来年も強い氷帝の為に決まってるじゃないの。経験をつませたいの。」 つん、と細く形の良い顎を上げて偉そうに答える、茜。 鳳がおずおずと意見する。 「でも、だからって御陵院先輩が補欠なんて……」 そう、今日の試合、茜は補欠だったのだ。 勿論試合をする事はなく、シングルス3まで行く事もなかった。 「勝てるもの。私が補欠でも勝てるもの。何の問題もなくてよ。今日のレベルの相手なら。」 「……油断は身を滅ぼしますよ。」 ベスト8を勝ち取った相手に対しての茜の発言に日吉が苦々しげに進言する。 しかし茜は首を振った。 「油断ではないわ。男子は部員が多い分上と下の差が激しいけれど、女子は全員が高水準になるように私が育てたの。私が、育てたのよ。」 【私が】と強く繰り返す茜。 その言葉に呆れるやらと言った表情のレギュラー陣。 「油断はしないわ。必ず、全国制覇をしてみせる。だから、あなた達も大会が終わったからと気を抜かないことね。たっぷり練習相手になってもらうわよ。女テニが優勝するまで。」 その言葉に、鳳が微笑む。 茜はその微笑を軽く睨んだ。 「笑っている場合ではないでしょう。」 「でも、御陵院先輩、それって俺たちと一緒に全国制覇したいって事ですよね?」 「当たり前でしょう。大体、一度負けた相手に二度負けるとは思わなかったわよ。私がどれだけ悔しかったか解るかしら?! 全く! 関東大会では青学に負けるし、都大会では不動峰に負けるし、ちょっとは懲りないのかしら貴方達は! 私は今の氷帝が大好きなのよ! その辺りきちんと理解していて?!」 こぉ、細い腕を伸ばして拳でグリグリと鳳の頬を押しながら、本当に悔しそうに茜が言う。 効果音は、キィー!といった感じだ。 鳳がいたいいたいと連呼した。 試合に負けているレギュラー陣に向って、何の遠慮もないようだ。 「男女氷帝で全国制覇の予定だったのに……ああ、でも鳳は勝ったんだったわね。日吉!樺地!こっちに来なさい。グリグリするわ。」 鳳の頬から拳を引くと、樺地と日吉に向かってグッと拳を握ってみせる。 「ウス」 頷き、茜の傍まで素直に歩く樺地と 「嫌ですよ」 突っぱねる日吉。 茜はそれ以上日吉に何か言う事はなく、樺地の頬を背伸びしてグリグリしていた。 樺地は多少痛そうにしつつも素直にグリグリされる。 グリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリグリ 無言でグリグリする茜とグリグリされる樺地。 そして何も言わないレギュラー陣。 暫く後に跡部が口を開いた。 「悪かったな。」 その、言葉。 レギュラー陣が耳を疑った。 あの、跡部が。 謝った。 茜と樺地と跡部以外が歩みを止めた。 茜は今だに樺地をグリグリしながら歩いていたし、茜と跡部が歩くので樺地もついていく。 一瞬に呆気に取られていたレギュラー陣が足を踏み出す。 「許さない。」 酷く苛々した調子で茜は言う。 「許さないわ。私が最後の氷帝の生活で、一番楽しみにしていた事を奪ったんだもの。跡部も樺地も日吉も向日も許さないわ。泣いて土下座なさい!」 「誰がするか」 べし、と跡部は笑いながら茜の後頭部をたたいた。 茜は強く跡部を睨みつける。 「私は必ず優勝するわ。個人でも、団体でも。」 「ハッ、個人じゃ優勝してやるよ。」 「当たり前でしょう!また負けたらソレこそ本気で殴り倒すわ!大体何が王様よ!王子様に負けてるんじゃないの!謀反よ!下剋上よ!王様コールなんて二度としないで頂戴!恥ずかしくて死ねるわ!」 ぎゃあぎゃあと喚いた後に、茜は樺地をグリグリするのを止めた。 それから、道っぱただというのに 「勝つわよ!個人戦!氷帝レギュラーで上位10位に入らないヤツがいたら、私が本気で怒るわ!勝つのは氷帝よ!」 等と拳を振り上げて言うのだった。 五月蝿いと思ったらしいサラリーマンが茜を見やったが、茜の顔を見ると、感心するような顔になり、すれ違うその時まで――いや、すれ違っても振り向いて――茜を見つめていた。 美しい顔を怒らせている表情は、やはりそれでも美しい。 しかし、茜の言葉に、無茶言うなよ、と氷帝レギュラー全員が心の中で思った。 流石に茜の美形には慣れている。 が、跡部のような美少年と茜のような美少女に慣れてしまった彼らの今後が心配だ。 次の目標に向けて練習に励む男女テニス部の姿に、榊が感動の涙を流しているとかいないとか。 そして、BO-Z頭の跡部は、茜に、日に5度は頭をなでられ、6度目で「いい加減にしろ!」とキレ、毎日のように喧嘩しているとかいないとか。 |