夏の部活で健康的に日焼けした部員たちは茜命令で現在、全員和装だ。 日吉が不承不承場所提供した日吉家にも浴衣や甚平は山ほどあり、宍戸や芥川、鳥取などの見立てを日吉の母と茜は楽しそうにしていた。 甚平組は宍戸、日吉、向日、芥川。 浴衣組は跡部、忍足、滝、鳳、樺地、茜、鳥取。 日吉家の庭園では涼やかな水の音、部活後なのにやけに元気なレギュたちの話し声、そして素麺を啜る音が響き、揚げたての天ぷらの香ばしい匂いが食欲をそそる。 茜が物凄い我が侭を言って開催された【大流し素麺大会】である。 場所・日吉家 庭 素麺・日吉家 提供 天ぷら・日吉母の好意 衣装・日吉家貸出(一部) 茜とテニス部員がやったのは流し素麺の竹枠の設置と流水の確保だけだった。 ある意味で、主催は日吉家だ。 自分の思惑通りに進んだ事に満足そうに微笑む茜は、ちゅる、と素麺を啜った。 素麺が物凄く久しぶりの跡部は感慨深そうに椀に入っている細く白いそれを箸で掬って口に運ぶ。 向日は叩いた納豆と紫蘇を入れた特別仕様のつゆに素麺を絡めて、箸ではなくフォークで口に運んでいる。箸も使えるが、フォークの方が楽だと言うのが向日の言。 既によそった分は食し終えた芥川は、小鉢で山のように胡麻を擂りっては宍戸や忍足の椀に大量の擂り胡麻を勝手にぶち込んでいる。 鳳は薬味をいれずに、いりこ出汁のつゆを味わっていた。鳳家では洋食が多く、和食も昆布出汁が多いらしい。 宍戸は揚げたての海老の天ぷらをつゆに浸してさくさくと、何とも美味しそうに食べている。 全薬味を投入した忍足は天ぷらと素麺の一気食いをしつつ、無作法に見えない程度に行儀よく箸を進めていた。 片手でぱらりと落ちる髪を耳に掛けつつ、女性もかくやと言う優美な仕草で、滝が素麺を啜り、樺地は鳥取や加藤の手の届かない場所にある天ぷらや薬味を取ってやっている。 今だ何も口にしていない日吉が素麺のたっぷり盛られた笊を手に、菜箸を手に、言う。 「次、流しますよ」 素麺の流し手・日吉。やはり主催は日吉家のようだ。 「どんどん流しなさい」 茜が無駄に、部下に答えるように、鷹揚に頷いた。 冷水の流れる竹枠を素麺が泳ぐ。 「俺がゲットするC!」 「俺より先にとってみそ!」 「私に決まっているでしょう」 茜、芥川、向日が竹枠に殺到。 勝者は茜だった。 優雅な箸捌きで素麺を掴むとつゆにつけて美味しそうに啜った。勝ち誇った笑みを浮かべており、それがまた初めての算数のテストが100点だった子供のような笑顔だったので向日も芥川も悔しがるよりも先に、笑ってしまった。 日吉が機械のように一定間隔で次々と素麺の小さな塊を流していくのでほぼ順番に全員に回る。時折、芥川や向日が連続で取ったり、樺地が自分の分は取らずに人の分をとったり、宍戸が素麺よりも天ぷら重視だったりはしていたが。 ちなみに跡部はとるのが面倒だといい樺地に麺をとらせていた。 それを見た茜が 「子供じゃないんだから自分の事くらい自分で出来ないのかしら?」 とフフン、と馬鹿にしたように笑い 「ハッてめえと違って俺様ほどになると自分でやる必要なんかねぇんだよ」 と、跡部が、やはり莫迦にしたように言い返し 「あら?跡部ほど”お子様になると”自分でやらなくてもいいのね」 と嫣然と茜が微笑み、周りのレギュラー陣は二人のやりとりを心の底から思いっきり、思いっきり無視していた。 日吉家の広い日本庭園での流し素麺は、風流以前に最高級のフレンチレストランで缶のポタージュスープを飲むような違和感があったが、そこは氷帝テニス部員。何にでも慣れられる。 素麺と天ぷらが無くなり全員が食事に満足したところで日吉がいまだ何も食べていない事にやっと全員が気付く。 気付くが、鳳の謝罪に「気にするな」と答えたきり日吉が何も言わなかったので、皆そのまま流した。 これが帝っ子クオリティである。 直後、食後の運動と称して茜が跡部が日吉家・日本庭園でテニスを始めた。 部活後であり、全員テニスバッグを担いだまま日吉家に来ていたのだ。 「祖父の盆栽とか、灯篭とかにボールを当てないで下さいよ……」 止めるのもあきらめた日吉が注意だけを促す。 「わかっているわ」 「俺様を誰だと思ってやがる」 と、二人は日吉に答えたが、テニスはどんどん白熱し、ラリーというよりは試合になってくる。 滝と忍足が麦茶を飲みつつ「がんばりぃ」やら「茜ちゃん、今の良かったよ」などと言っていた。 そこに、芥川が茜の元へと歩き、2対1の試合が始まると、樺地が跡部の下へ行き、ダブルスが始まる。 本格的に試合の様相をていしてきたラリーは庭園に流れる小川をネットの変わりの境とし、コートは殆ど目測。 時折、鳳が「あ、今のアウトっぽいですよー」などと言っている。 ボールが庭園のそこかしこを飛び、玉砂利が幾つか割れた。それを見た日吉が少しばかり眉を寄せる。 途中から宍戸がポイントを数え始めた。 下駄の鼻緒が引っかかったのか、玉砂利に滑ったのか樺地が転びそうになりつつ返球した球が―― ドォンッ といい音を立てて石灯籠の傘の部分を、落とした。 大きさから見て茜の体重ほどもありそうなそれが。 落ちた。 砂埃と玉砂利の破片が辺りに舞い散る。 一瞬呆然とするレギュ陣だったが、茜は全く平然としていた。 「あら、やっぱり樺地のパワーはすごいわね」 茜は微笑み樺地を褒める。 「当たり前だろ?」と、何故か偉そうに答える跡部。 「ウ、ウス」 と二人に答えつつも、すぐさま日吉に、申し訳なさそうに樺地は謝る。 だが、そんな日吉に謝る樺地に、跡部と茜が 「「そんな事気にする必要は ないわ/ねぇよ」」 と偉そうに一言。 流石に日吉もカチンと来たらしい。 眉間に皺を寄せて跡部と茜を見る。 「アンタたち……いい加減にして下さい」 樺地には気にするなと言った日吉が跡部と茜を睨む。 鳳と忍足が日吉を宥めようと声をかけた。 声をかけようとした。 ところで。 どーんっ と、また一つ大きな音。 驚いた皆が顔を上げて音の元を探すと。 そして、夜空に咲く花火。 高台にある日吉の家は広く、少し遠めだがよく花火が見える。 それを知っていたらしい悪びれもしない茜が 「たーまやー!」 と楽しそうに叫べば、岳人と芥川が 「「かーぎやー!」」 と示し合わせたように叫ぶ。 その楽しそうな様子に、日吉は、ふー、と深く息を吐くと樺地と一緒に石灯籠の傘を何とか持ち上げ元に戻した。 盆栽を割られるよりはいいと考えたのだろう。 そうして、縁側に行儀よく座ったテニス部員達は麦茶を飲みつつ夏の暑さも忘れて花火を楽しむ。 ただ、日吉と樺地と鳳と加藤と鳥取の二年メンバーだけは後片付けに勤しんでいたけれど。 それでもまぁ、悪くは無い夏の過ごし方だと思っていた。 |