R.P.G

「最近、御陵院先輩、見ないね」
「静かでいい」
 鳳と日吉の会話に、樺地は「ウス」と相槌をうとうとして、に失礼だと気づき、それは飲み込んだ。
 しかし、いてもいなくても問題を発生させる=Damrosch・御陵院の嫌な意味での影響力を三人は痛感することになる。

 その日の部活の終わり、男女テニス部レギュラーは男子テニス部の部室に集められていた。樺地が、その一人ひとりの手にプリント用紙を配る。それを読んだ忍足が室内の沈黙を破った。
「なんやねん。これ」
ちょっと、跡部!アンタの所為で拉致られたじゃないの!寝て起きたらXXXXXX王国だったのよ?!ああ、本当にむかつくわ。お兄様も強硬手段をとったものだわ。絶対に恋愛結婚だったお母様は反対しているはずなのに。とりあえず、XXXXXX王国で結婚しろとか迫られているけれど今のところは強硬に断っているわ。XXXXXX王国だと13歳で結婚できるらしいんだけど、あんな化け物の嫁なんて、どんな生贄扱いなのかしら。本当に――略――と言う訳で、これが最後の連絡になるかも知れないわ。そもそも、携帯を最初に奪わなかったのは何でなのかしらね。お兄様の最後の慈悲なのかしら。それとも、お母様もお父様も、また私達がふざけていると微笑ましい判断をくだ――略――言いたい事は沢山あるけれど要点をまとめるとこうよ【ムカつくけれど跡部で許してあげるから私をXXXXXX王国までさっさと助けに来なさい】それから、女子テニス部をよろしくね。ああ、もう、予定していたコンサートの練習も満足に出来ないわ。ピアノを弾いても歌を歌っても化け物がいつも監視しているんだも――略――本葛でとろみをつけた、焼き目の香ばしいみたらし団子が食べたい――略――部屋のエッセンシャルオイルディフューザーを放置してきてしまったのよ。そのオイルの目詰ま――略――ロムルスとレムスの金缶の買い置きが――略――略――略――じゃあ、とにかくさっさと助けなさいよ。
御陵院先輩、携帯でこれだけ打ったんですねぇ……」
 鳳が感心したように言う。この長ったらしい文面を世界仕様である跡部の携帯に送ってきたらしい。ちなみに、跡部はこのメールの文面をの家族に一応送ったらしいのだが“は仲がいいからねぇ……まあ、も本気でやってるわけじゃないと思うよ”という父親の言葉を頂いたそうだ。
 ちなみに金缶とは猫のエサにそのような商品があるらしい。はそれを開ける時に飼い猫達がダッシュで自分に群がってくるのが大好きだったそうだ。大仰な名前の猫と、それをつけた飼い主にしては、なかなか庶民的な快感である。

「で、お前等に聞きてぇんだが、俺は助けに行くべきなのか?」

 あの帝王跡部様が他人の意見を聞かざるを得ない状況に追い込んだだけで、はこの学校で誰よりもトラブルメーカーであると証明されたようなものであった。
 忍足「まー行くべきやろ。男として」
 樺地「ウス……」
 宍戸「ほっとくのも寝覚め悪いよな」
 向日「行かなくてもいんじゃね?」
 滝「俺は行く必要はないと思うよ」
 鳳「俺は助けに行くべきだと思います!」

 芥川「俺も海外いきたいー!」
 日吉「どうでもいいんじゃないですか」
 全く空気を読む気のない芥川と日吉である。ただの旅行としか思っていない芥川に対して、夕飯をどうするか母親に聞かれた時の返答の方がまだ心がこもっている日吉。
「男子は行くが四、行かないが二、行きたいが一、回答放棄が一か」
 跡部が視線を向けると女子は仲間意識からか、全員が行った方がいいに票を投じた。樺地がホワイトボートに、行く(十一)行かない(二)行きたい(一)未回答(一)、と書いた。
「で、ここに御陵院の父親と母親の“行かない”と弟の“行く”を足しても行く方が多いのか……」
 げんなりとした跡部の様子に「跡部はどうするつもりなんや」と忍足が聞き、跡部は不愉快そうに柳眉を寄せた。
「決まってたらてめぇらに聞くかよ」
 ハッ! と悩んでいるくせに偉く尊大そうに跡部が答える。「何様のつもりだ?」と聞かれた瞬間に「跡部様」だと堂々と答えても笑われないだけの力を持った男は、なるほど違う。

 ◆◇◆

「日本より暑いんだな!」
 タンクトップにカーゴのハーフパンツ姿の向日が唯一の荷物であるウエストポーチを軽く叩く。センスのよいとは言えないウエストポーチだったが“手で荷物を持つのが嫌だ”という向日の要望を応えられるほどには大容量だった。向日は日差しを遮るように額に手を当てている。
「ふん……ハイヤーが来やがらねぇな」
 跡部は白い立て襟の清潔そうな、けれど少し着古されたような味のある半そでのシャツに、顔の半分が隠れるシャネルのサングラスに、麻のざっくりしたボトムで、はっきり言って少し年のいった白色人種にしか似合わないさりげないハイセンスファッションだった。もちろん、跡部は白人に負けず劣らず着こなしていたが他の人間であればA−boyと言われてしまいそうではある。ちなみに、当たり前のように手ぶらである。
「なぁなぁ跡部。やっぱこっちで両替してよかったやろ?」
 忍足はバックに“ドエム”とプリントされた半そでティーシャツに、コットンのボトムに、どこから持ってきたのがゴルフ場を髣髴とさせるサンバイザーをしていた。余裕で一泊は出来そうなふくらみ具合のリュックサックのストラップを片方の肩に背負っているがイケメンなので、精悍な登山家といった風貌になっている。しかし、跡部と同じく顔とスタイルがよくなければA−boyな格好であり、跡部は自分が似合うものを知っていてその格好だが、忍足は自分内での機能性を重視しての格好である。
 ちなみに、忍足は外貨両替の事を言っており、日本国内で両替するよりもこちらで両替した方がレートの関係で得だったらしい。跡部は「トラベラーズチェックで充分だろ」とは言ったが、やはり現地現金の細やかさにはトラベラーズチェックも敵わないだろう。
 そして、そろそろ服の描写をするのも飽きてきたので、簡単にいくことにしよう。
 ・滝:Tシャツ+コットンのボトム+ベルト+ミニボディバック。
 ・鳳:Tシャツ+ハーフパンツ+ベルト+リュック。
 ・芥川:タンク+田舎のヤンキー仕様スウェット。
 ・日吉:Tシャツ+半そでコットンシャツ+デニム+ベルト。
 ・樺地:Tシャツ+サロペット+麦藁帽子+大型ナップザック。
 ・宍戸:帽子+Tシャツ+ハーフパンツ+スポーツバッグ。
 荷物の量=やる気(もしくは気合)の度合いと考えてもらって間違いない。しかし、その気合が観光か買い物かの奪取の為にかは残念ながらわからなかった。
 しかし、忍足と宍戸は気合が入りすぎだった。さすが、ラブロマンティストといい人。そして芥川と日吉は入らなすぎだった。さすが空気を読む気のない二人組。

 XXXXXX王国は日本より温かく、海は綺麗であったし、港も活気があり、日本でも港町に行くと時代遅れな感じを受けつつ懐かしいような気持ちになるが、そんな感じの海の玄関であった。
 港から少し離れた切り立った岩場では真っ黒に日に焼けた男性が魚を釣り、近くのタイドプールでは子供達が小魚やらを追っている。何とものどかで、これが旅行であればのんびりと過ごせただろう。
 荷物は全て予約しておいたホテルへと運ばせ、とりあえずは呼んでいたハイヤーに乗り込み、の囚われている(?)王宮へと向う。はっきり言って、無策すぎると忍足と宍戸と鳳が跡部へアドバイスしたが、本来ならばそれを言うであろう滝や日吉は某CMのぴちょんくんように“もうどうにでもしてぇ〜”的ななげやりさでむっつりと黙り込んでいた。
 否、滝はこのハプニングを楽しんでいるようでもあった。とりあえず、滝は日に焼けると火傷状になるらしく、日焼け止めをその白く滑らかな肌へ擦り込むことに余念がない。
 芥川はタクシーの窓を全開にして
 さて、話をすっ飛ばそう。跡部たちは、あっさりとの友人という事で迎え入れられた。跡部ッキンガム宮殿以上の大きさと豪華さに忍足などはデoズニー映画アラジンのテーマソング、ホール・ニュー・ワールドを裏声で口ずさむほどだった。つまり、そんな感じ。
「こんにちは」
 通された客間に居たのはの兄だった。一瞬で空気が凍る。
 これが漫画であれば、の兄、の背景には 超 絶 美 形 ! と大文字で、まるで効果音のように書かれただろう。この滑らかな皮膚を剥いでしまえば、顔の下にあるのは筋肉と骨と眼球と……そんなものなのだろうが、皮膚一枚がどれほど大事なのかをは他人に知らしめていた。まぁ、氷帝ホスト部――曰く氷帝テニス部は全員似たようなところがあるが。
「やっぱり来たね。残念ながら国王も王妃もお忙しくてネ、王子達もそれぞれ仕事をしているヨ」
 微妙に語尾の巻き舌発音が、どこかのミュージカルの、赤いジャージを着ていたパワー馬鹿な誰かさんに似ていた。
 に座るよう促され、レギュラー陣は渋々腰を下ろした。出された紅茶を前に、いい人代表の宍戸がを軽く睨む。宍戸は、おそらく“俺の目の黒いうちは愛のない結婚なんてさせねぇ”とでも思っているのだろう。真っ当で素晴らしい思考である。惜しむらくは、鳳と宍戸以外のメンバーはそこまでに思いいれずになあなあで行動してしまっていることだ。誰か宍戸の爪の垢を煎じて飲ませろ。
さんには会えませんか?」
 跡部が聞いた。
 は女王をたぶらかす笑顔で「そんなに焦らないで、紅茶でも飲んだらどうかな」と促した。
 ちなみに、語尾をカタカナにすると某薔薇のマリアの、筆者の最萌えキャラが彷彿とされる。が、今はどうでもいいことだ。
くんがお姉さんに会えなくて寂しがっていましたよ。テニス部のこともありますし、一度さんに日本――」
 跡部は一口も紅茶を飲まずにそう付け足したが「俺パインジュースがいいC!」と挙手した芥川に遮られた。
「氷もジュース固めたヤツ!」
 わがまま、極まれリ。
 さすがにパインジュースを凍らせた氷はなかったらしいが、氷の代わりに使う小さな丸い保冷剤を入れてもらい、味が薄まることはなかった。ここで一度レストランのように誰が何を飲むか聞かれ、その通りの飲み物が配られるまで話が中断される。

 芥川、KY。

は今、花嫁修業中だからあんまりジャマしないで欲しいんだけれど、そんなに言うなら会わせてあげようか」
 の言葉に、跡部は意外だと思いながらも謝礼を口にしようとし「でも、準備に時間がかかるから、ここでゆっくりしててヨ。メイドが呼びにくるからね」と、遮られた。
 その後、しばらくは懐を探りあうような会話を続け、十五分も経った頃、時折茶々を入れていた部員たちが、誰も一言も発さないことに気づき、おかしいと跡部が見回すと、回りの部員たちはソファに寝そべって寝息を立てていた。
「何を盛った?」
 敬語を使う気も失せたらしい跡部がを遠慮なく睨む。なるほど、準備に時間がかかるという方便は、薬の効く時間を計っていたのか。
「大丈夫、命とかには影響ないヨ。ねむーくなるだけだね。跡部クンの紅茶にも入ってるんだけど、なんで飲まなかったんだい?」
「外で出された飲食物には毒が入っていると思え、と青学の乾に教わったんだ」
 こいつ、結構根に持つタイプである。そんな苦々しげな跡部の言いようにが笑う。目を細めた超絶美青年は、やはりどこかしらと似通った点があり、跡部は少しだけ嫌な気分になった。
「で、どうするんだい。君一人で、これから?」
「そっちがどうするかによる」
 自分よりも幼い子供が、言葉を選びながら応酬してくるのが楽しいのか、は笑みを崩さない――跡部は膝の上で組んでいた手を下ろして「とりあえず、を連れて帰りたいんだが」と先ほど言っていたことを違う言葉でなぞる。
「こないださァ――」
 しかし、はふっと遠くを見てから首を振った。全く別の話題を口にする気らしい。
 跡部は不愉快そうに眉を寄せたが、口は挟まなかった。
「婚前初夜だって、あのデブ――」
 あのデブ、と言うのがの相手の王子であると跡部はすぐにわかった。デブ、と言うの口調には嫌悪が滲んでいる。
「と、を寝室に放り込んで鍵をかけたんだけどさ、翌朝、昏倒したデブの介抱と、窓割って逃げ出したを掴まえるのとでさ、大変だったんだよ。テープを張って窓ガラスを割るなんて泥棒技術をどこで身につけたのか、俺は不思議でならないんだ」
 跡部はがそんなスキルを身につけていることうんざりとしたが、あのデブ王子との恐怖の一夜を察するに、彼女が純粋に可哀想に思えてきた。
「デブ、臭いしさ。気持ち悪いし。けど、そこが付け入るトコロだしね。俺はそろそろ結婚したい人がいるんだけど、残念ながらウチは血筋がね。普通だからさ」
 御陵院家の血筋が普通ならば、日本の中流家庭の宍戸の家や、クリーニング屋の芥川の家は普通以下なのだろうか。そのあたりのことは全く気にしない跡部は、の長広舌に、なるほどの兄だと変な部分で納得した。
 しかし、血筋が普通では結婚できない相手、と考えた跡部は、少し前の日吉との会話での自分の台詞を思い出した。
『――略――某国女王の恋人だってのがスクープされてるらしいがな』

 なるほど。

「まぁね。国民にね、示さないとね。ホラ、どっかの王子は一般人と付き合っていたけど、結局破綻しただろう? 俺は名声とか、冨とかは、あるんだよ。あと能力とかね。ただ、血筋がよくない。だから、にデブと結婚してもらって、王女の兄の座を手に入れようとしているわけなんだ。偉い人たちはそういうのが好きなんだよね」
 跡部は、あまりに自分勝手な言い分に本気で頭痛がした。こめかみに手を当てている。しかも、素直に話しすぎである。
 しかも、その自分勝手さがにそっくりでそっくりで御陵院家の父母は子育てが下手すぎると思った。似たような性格の跡部の癖に。
「それでが不幸になってもか」
「なーに言ってるんだ。昔ッから政略結婚なんてのはあっただろう? それに、人を見た目で判断するものじゃないよ。まぁ、俺は、血筋の低い俺と結婚することであの人に迷惑をかけたくないっていうのが一番大きいのだけれどね」
 自分勝手もここまで極められると、いっそ清々しい。自分勝手についてはと並ぶ跡部だが、さすがにほどではないと自分のレベルを確認してしまう。
「で、俺にそんな事を言ってどうするつもりなんだ?」
 跡部は、さて、一人でこの部屋から逃げてを探し出して日本へ帰るとしても、残していく部員たちが何をされるだろうか。そして、よく考えなくても王家なのだから、もちろん警察と喧嘩する羽目になるかもしれない。
 XXXXXX王国で犯罪者のレッテルを貼られるのは嬉しくないが、まあ、その辺りは跡部家と榊家との両親に何とかしてもらうとして――さて、どうするべきか。毛足の長い絨毯はふわふわと跡部の思考を見守っているようだった。
「理由が分かった所で気持ちよく日本に帰ってもらおうか」
「悪いが、余計胸糞悪くなってるんだ」
 正直、跡部はが好きではないが、まあ、部活の仲間であるし、あのデブ王子となす術もなく結婚させられるのは少し可哀想である。
 そう、はあれでも一応仲間であるし、いけ好かないが、能力は確かだ。あんな化け物の嫁にしていいような娘ではない――と思うあたり跡部は身内びいきである。
 しかし、跡部の言葉を聞いたは“わかってないなぁ〜ボンズ”とでも言いたそうに首を振る。
「俺は急いでるんだよ。王母が……彼女の母親が今、具合悪いんだよね。いつ死ぬかわからないし、死んじゃったら……まァ喪中って言うのかナ。丸一年は結婚できないんだよ。スウィーテストは来年四十路になっちゃうから、三十代のうちに結婚したい。俺が彼女の地位を狙って結婚したいわけじゃないってことも示したいしネ」
 ほんっとーに自分勝手な主義である。しかし、スウィーテスト……それを口頭で言ってのけるに跡部はなんだか嫌な汗が流れた。
 それに、は確かよりも八歳上の二十二歳。相手が三十九歳というコトは余裕で十七歳差である。下手をしたら母子の年齢差だ。ちなみに弟はの四歳下で、現在十歳である。
 さて、どうするべきか。
はどこに居るんだ?」
「君達には日本に帰ってもらうよ」
 は、跡部の問いに笑顔で答えた。跡部は、舌打ちをし、現われたドキサバ仕様の黒スーツのSPを睨む。そして立ち上がり――
を探してくる! 滝! 日吉! ここは任せたぞ!」
 その指示に驚いたのはとSPだけではなく、滝と日吉も同じく驚いた。
「やるねーバレてたんだ?」
「あんな茶葉の開いてねぇ香りのねぇ紅茶をお前が飲むかよ。日吉も他人の家じゃ滅多に飲み食いしねぇしな」
「仕方ないですね……」
 めずらしく、日吉は空気を読んで寝た振りをしていたらしい。滝は面白がって寝た振りをしていたのだろう。
 跡部は「じゃあな」と言い、部屋を出――それを阻止しようと腕を伸ばしたSPの顔面に滝が紅茶のポッドを投げつけた。純金製のそれは顔の形に軽く凹み、ぬるい茶をSPへと降り注ぐ。SPは顔を押さえたがすぐに次が来る。
 日吉は真っ正直に挑んでくるSPに、まず机を恐ろしく乱暴に蹴り上げ、SPもテニス部員も一緒くた被害を受けると理解して、それを思いっきり蹴りつけた。

 一瞬で阿鼻叫喚。

「日吉!」
 滝の声に、日吉は意図を察して走る。
 滝が廊下に据え付けられていた剣を手に取る。
 部屋を出た日吉がすぐさま観音開きのドアを閉める。
 同時にドアの二つの取っ手に滝が剣を差し入れる。
 一瞬で閂のように、丈夫なドアが、鋼鉄製の剣によって確りと封を施される。
「RPGゲームみたいだ」
 滝が楽しそうに唇を舐めて跡部を追い走り出す。
「跡部部長! 手分けして探しますか?!」
 日吉は先を走る跡部に問う。跡部は振り向きもせず「ああ、見つけたやつが日本まで連れて帰れ!」と指示を飛ばす。
 一方、閉められた部屋では、日吉の蹴り飛ばした机にガンゴン当たって目が覚めた部員たちとSPとの乱闘が始まっていた。
 SPが銃を取ろうとするたびに「No Shoot!」と命令しながら、は微笑んだ。
 ちなみに、喧嘩が初めてな鳳はパニック状態で「わああああああっ!」と言いながら、えげつない攻撃を無意識にやっており宍戸がちょっと引いていた。

 豪奢な絨毯の敷かれた廊下は走り辛かったが、跡部は廊下を素晴らしいスピードで駆けてゆく。自分同様、他の奴らは放っておいても大丈夫だろう。仮にも氷帝でレギュラーを張るほどの実力者だ。王家の護衛は手ごわいだろうが、逃げることだけに専念すれば出来なくはないはずだ。樺地を置いてきてしまったことだけが跡部の心残りだった。樺地ならば心配はないが、“置いてきてしまった”という事実が、跡部には少し、痛い。しかし、樺地が自分を理解してくれるであろうことも、跡部にはわかる。樺地は跡部の行動を理解し、納得してくれるという確信だけがあった。
 だから、気がとがめても、心が痛くとも、跡部は、を探す。ドアを開けるたびに護衛を呼ばれたりしても、だ。
 跡部はを探す。
 あれでも、は樺地よりは信頼できないのだ。