正直に、正面突破はさすがの跡部でも無理だ。 そう、言うならば―― 一人見つけたら三十人が来ると思え王宮警備隊。 茜を探すべく、赤い絨毯の敷き詰められた階段を、駆け上がった。しかし、踊り場にて四人ほどの筋骨隆々とした男が拳銃を構えられた。 今回は茜を拉致同然に無理矢理に連れてきている向こうに非があるので、さすがに殺されないだろうとタカを括っていたのだが突きつけられた銃口にげんなりする。幼い頃、誘拐された時に突きつけられたそれは、正直、戦いたい相手ではない。 だがしかし跡部も無策で来たわけではない。薄型の防刃防弾ベストをシャツの下に着ている。この国で銃の所持は届さえ出せば合法であるし、いまやハワイやグァムでも銃を撃つことは出来る。それなりの腕前だと確信出来るほどには跡部は幼い頃から修練を積んである。警備隊に見えないようにいつでも抜けるよう、銃を準備しておく。 しかし、部員達が大きな怪我を負えば責任を取るのは跡部である。仲間のテニス生命を奪うようなことがあれば、跡部はどうするべきか――などと一瞬マイナス方向へ考えたが、よくよく考えれば茜が「助けに来い」と言える程度の状況なのだと思い出した。それで、跡部はここへ来ることへ踏み切ったのだった。それを忘れるほどに動揺していた自分に、跡部は少しばかり驚いた。 跡部は樺地ほど茜を信頼も信用も出来ないが、仲間の命が危なくなるような場所に「助けに来い」などとは言わないだろう。それに、メールの文章もかなり余裕がありそうに見えた。 が、同じ武器を持っていても、実際に相手に銃を向けられるというのはさすがの跡部でも軽く心臓が暴れるほどのインパクトである。 堂々とした跡部の様子に警備隊は跡部が侵入者かどうか測りかねている様だ。王宮に来た客にしては軽装過ぎるのも、どこか引っかかるらしい。 跡部は、けれど、堂々と真っ直ぐ歩き、とりあえず相手の出方を緊張しつつ見ると言う行動に出た。そもそも、発砲するつもりなら、すでにしているだろうし――いや、するつもりなら、もうどこかで部員たちが撃たれる音が聞こえてもいいはずだ。 消音器サウンド・サイレンサーなどと日本語で言われる装置もあるが、銃声を完璧に消すことは出来ない――なので跡部は個人的に日本語では減音器サウンド・サプレッサーと言う方が正しいと思っている――跡部は今回マズルタイプのものを取り付けさせたが、ただ単に発砲したことを隠したいわけではなく、サプレッサーを使用しないと銃声で鼓膜をやられる心配があるからというそれだけだった。 つまり、それほどの音なのだ。 この距離で発砲すればいくらサプレッサーを使用しているとはいえ聞こえぬはずがない。 さすがにどれだけ自己中心的でも、妹の仲間を殺すほど、絆も自己中ではないようだった。 という事は、日本で喧嘩する程度の危険だ。 それならばテニス部仲間は全員無事だろう。跡部はすっきりとした気持ちで階上へ向う階段に足をかけた。それまで、どうするべきか迷っていた警備隊が跡部の肩に手を乗せ、引きとめようとする。 「日吉ぃぃぃっ!!!」 という怒号と共にテーブルが投げつけられたのはその時だった。警備隊がテーブルの強襲に何人か倒れた。 憤怒の表情をした割れた額から少量の血を流しつつ向日がブチ切れた様子でそのあたりのものを投げつけまくっている。正直、跡部も危ない。 「てっめぇ! テーブル思いっきり俺の顔に当たっただろ!」 残念ながら跡部は日吉ではないので、警備隊を向日が足止めしている隙に、飛来物をよけながら階上へと駆け上がった。途中で向日も、日吉とは別方向に来たことに気づいたらしく、明らかに“マズった! ”という顔で逆方向にダッシュしながら「すんませんっしたー!」と警備隊に向って手を合わせて頭を下げていた。 なかなかいいタイミングでの向日の乱入に、跡部の中の向日ポイントがプラス三された。そして向日に怪我をさせた日吉にプラス三ポイントされ――プラスかよ。 「侑士! あいつら銃持ってるって! やっべぇって!」 本気で顔をゆがめて皮膚を青く染めている向日に、堂々と飄々している跡部の様子を見て余裕の戻った忍足が妙に偉そうに言う。 「アホ。撃つつもりやったら岳人がテーブル投げた時に撃っとるやろ」 銃を初めて間近で見て青い顔をしない方がどうかしているのだが。 まあ、そんな漫才ペアはどうでもいい。 ◇◆◇ 滝と日吉は黙々と茜を探していた。途中で警備隊に突き飛ばされたメイドを介抱したので、最初に居た客間に程近い場所だった。メイドが溢したコーヒーを全身に浴びた二人は、英語の出来るメイド頭に一時的にボーイの格好をさせられていた。ボーイの衣装は純和風な滝と日吉には全く似合わなかったのだが、スタイリストTAKIの着こなしファッションチェックで、なかなか似合っていると言えるほどになった。洗濯と乾燥とが完全に終わるのは四十分後だそうだ。 「ハプニングだったけど、目暗ましにはいいねー」 滝が機嫌よさそうに言い、日吉は淡々とそうですね、と応えた。 跡部が上に行ったのを見て二人は黙々と客間のある二階をぐるりと回ることにした。時折ドアを開けた部屋に人がいても、英語で堂々と話せば、なんとかなった。 「しかし……なんで俺達、こんなことしてんですかね」 調べ終わった部屋の、ほこりをかぶったドアを閉めながら日吉が疲れたように言う。どうみても物置としか思えない、扉の造形も他に比べれば貧乏臭く暗い部屋に居るわけはないだろうと思いながら、それでもわずかの可能性を潰していく。 「ま、一応、茜は仲間だからね。あれと政略結婚させるのは可哀想だし――面白いし? 日吉は何でついてきたの?」 言葉通りに、滝は面白そうに笑う。しかし、どこか古式微笑アルカイック・スマイルにも似た、ちょっとした得体の知れなさも演出していたが、その微笑を気にかける人間はいなかった。 「……多分、御陵院先輩を不憫に思ったんじゃないでしょうか」 まるで他人事のような言い方に、滝がくすりと笑う。 「人間って長く居ると情が湧くからねー。あんなにとんでもない性格なのにね。御陵院・Damrosch=茜の不幸を願う会とか、あるらしいよ」 日吉は曖昧に首を振り、それから“ない方がおかしいです”とぼそりと言った。「うん、まあ、そうだよね」と滝がさらりと髪をかき上げながら、笑った。 ◇◆◇ さて、ここで、筆者の趣味に語らせて頂こう。もちろん、読む必要はまったくないし、読んでも読まなくても内容に影響はない。筆者はハンドガンよりもSMG――サブマシンガンが大好きである。少しアンティークな感じではあるが、シカゴタイプライターの異名をとる“トンプソンサブマシンガン”が筆者の好みのサブマシンガンだ。グリップが木製であることが、またいい味を出しているのである。タタタタタッとまるでタイプライターのような連射音なのでそう言われる。ギャングスターのステイタスシンボルだったこともあり、ゲームなどにもイングラムサブマシンガン(ちなみに映画バトルロワイヤルでは桐山和雄がイングラムM11で敵を殺しまくっていたと記憶している。しかしイングラムは連射速度が速く、あのような状況では本来あっという間に弾切れになるはずだ。装弾数が三十弾程度で、確か一秒で十五弾初程度は発射するので、持って三秒がいいところである)と並んでよく登場するかなり有名なマシンガンの一つである。弾もよく選びあわせればかなり強力で凶悪な武器になる。筆者は、今はもう名称を変えたが、ウィンチェスター社のホローポイントのブラックタロン黒爪(現レンジャーSXT・レンジャータロン)と言う弾が、名前を含めて――ブラックタロンという凶悪な名前の所為でCopKiller(警官殺し)の異名をとったが、普通のホローポイント弾である――好きだった。また、ボートテイル型のd……<ただいま自粛させておりますので少々お待ち下さい>……貫通力を考えて弾t……<ただいま黙らせていますので少々お待ち下さい>……ハンドガン、つまり拳じゅu……<ただいまの放送に大変見苦しい所がございました。大変申し訳ございませんでした。お詫び申し上げます>…… トンプソンサブマシンガンのグリップテイルで、窓ガラスをバリバリと割った茜は一仕事終えたとでも言うように「ふう」と息を吐き、額の汗を拭う仕草をした。テープで貼り付けられた破片は床に音を立てずにそっと置かれた。 「全く、防弾ガラスを割るなんて一苦労じゃないの」 防弾ガラス割れるのかよ。 ちなみに、現在の茜の格好は全裸だ。 ミルク色の滑らかな肌に引き締まった腹部や太股は、けれど、女性らしいやわらかな脂肪で覆われており、まだ少女くささの抜けないものの、驚くほどの美しさだった。サブマシンガンを片手に、三〇ミリメートル超えの激分厚い防弾ガラス割ってても。 ちなみに、なぜ全裸かと言うと絆にひん剥かれたのだ。屋外に逃げたりしないようにと。XXXXXX王国で女が全裸で歩けば、それだけで死刑になる場合もある。いくら王族の婚約者候補とて、法律はいかんともしがたい。 しかし、閉じ込められた部屋の床の隠れ収納の中にトンプソンサブマシンガン――他にもいくつかのハンドガンがあったのだが――があったのは行幸だった。とりあえず、窓伝いに隣の部屋へ行き、何か着れるものを探そう。 それまでは――バッツン! ――カーテンレールがひしゃげるほど思いっきり全体重をかけて茜は細密な刺繍のなされたカーテンを引き剥ぐと、身体へぐるりと巻きつけ、首の後ろでワンピースのように結んでしまう。そうして、豪奢なカーテンをぐるりと巻きアンティークなサブマシンガンを掴み、キラキラと光を反射する散乱したガラスの中に立ち尽くす自分の姿が、据え付けられていた豪奢な鏡に映ると「あら、まるでミネルバのようじゃないの」とまんざらでもなさそうに、栗色の柔らかい髪をわざと荒れたようにセットした。余裕である。 今朝から、色々と騒がしいので、きっと跡部たちが自分の思惑通りに、警備隊をひきつけてくれているだろう。 よっこらせ、と年寄りくさい声をかけながら、外部に人のいないことを確認して、ガラスに気をつけながら窓から身を乗り出したところで、下の窓が開き、にゅっと飛び出た明るい頭が茜の視界に入った。慌てて顔を引く前に、茜へ顔を向けたその人物は満面の笑みで「見っけたー!」と日本語で叫んだ。 「……芥川?」 茜は珍しく驚きに目をパチパチと瞬かせた。長い栗色の睫毛がどこか不安そうに揺れ動くのは、まるで金の稲の穂が風に優美にたなびく姿に似ていた。まるで赤ん坊のように青みを帯びた潤む茜の瞳は、宝石よりもなお輝かしい。なんか、凄い久々に茜の美形を形容したような気がする。 「茜ちゃん見っけー! 俺ってマジマジすっげー! 待ってて、今行くから!」 芥川は笑顔で手を伸ばし、わしっと窓の桟をを掴んだ。が、窓枠に未だに張り付いている割れたガラスの欠片が利き腕ではないとはいえ手にわずかに刺さり、イタイイタイと弱音を吐いた。しかし、それでも、よじ登ろうとしたそれを離さない。珍しく芥川が空気を読んでいる。 「止めなさい芥川。怪我をするわ」 茜は、そんな芥川に愛情めいたものを抱きながら、今にも血が流れてしまいそうなその手に自分の手を添え「私が下りるわ。確り受け止めなさい」堂々と命令するとひょいと窓枠を飛び越し「ぇ?!」と、芥川が反応する間もなく猫のような動きで芥川のいる階下の開け放たれた窓の枠へ足をつけたが、バランスが悪い。 「わわっ!?」 つんのめって落ちそうになった茜を芥川が抱きとめるように支え、半ば倒れこむように室内に引っ張り込む。 打ち合わせもない急な茜の行動にさしもの芥川も苦笑いを浮かべていた。ちなみに、芥川が茜の腰の辺りを抱いており、茜は芥川を押し倒しているような体制だったが“ドキンッ”とか“カァッ”とか“わ、悪ぃっ! ”とか“なっ何してんのよ! ”とか“ホント悪い! ごめん!! ”みたいな少女漫画展開的な雰囲気は何処にもなかった。 が。 「ちょっ茜ちゃんそのカッコ!!?!」 太ももどころか“大事な場所だけは何とか隠してます! ”な茜の格好に、さすがの芥川が顔を赤くする。 「ああ、お兄様に服を剥がれたのよ……全く、嫁入り前の美少女に何をしてくださるのかしら。芥川……の服も同じくらいの露出度だわね」 伸びきっている着古したタンクトップにやはり着古した感じのヤンキー仕様のスウェット姿の芥川に、はぁ、と溜息を吐いた茜は、服を探しに行きたいと芥川に言い、現在が客間から三階上がった五階であることを芥川が告げると「六階に衣装室があるわ。行きましょう」とズンズン歩き出し、芥川はあわあわとその後を追った。茜は、絆は絶対に彼らを撃たないから、銃の発砲は恐れることはないと芥川に告げる。 芥川の不思議そうな顔にズンズン廊下を突き進みながら「そもそも、このうち」――王宮と王家を“このうち”よばわりである――「の人たちは血を見るのが嫌いで、完全に菜食主義者なほどなのよ。それに、みんな温和でいい国だわ。あの王子が居なければ、だけれど」と説明しながらも、いつ、どこで警備隊に見つかるかわからない為に手などを繋いで動きを阻害するようなことはしていなかった。 が、芥川が思いっきり名前を叫んでおいて、警備隊が気づかないわけなどなかったのだ。 |