E.N.D

 あー、映像戻りました? まだ? こまったな……えっ音声?

 こほん。先ほどは大変失礼致しました。
 放送事故によりまして皆様には多大なご迷惑をお掛けいたしまして誠に申し訳ございません。
 忍足何某の行動により映像が撮れませんでしたので簡単に説明しますと、

 
 Yes We Can.
 I Can Fly.
 しました。

 取り残された忍足と宍戸とが丸を三つ逆三角形に並べたようなボーリングのボール顔をしている最中でございます。

 では、現場の誰かさーん!

 ◆◇◆

 場所は変わって王宮内。跡部による全力疾走で走りきるのに最低でも三分かかりそうな廊下で、樺地はのそのそ歩いていた。
 暴力は出来るだけ控えるように樺地は言われていたので(たぶん、王族や警備隊と戦って怪我でもさせたら傷害事件とかいろんなことになって大変だからだろう)、とりあえず警備隊に引き立てられるまま歩いた。手足に拘束はされていなかったので良かったが、警備隊の会話の内容を聞いていると、どうも樺地たちを警察に突き出すかデブの王子にまずは相談するかで揉めてはいるようだった。その中で何人かが、やはり御陵院のような家柄の悪い人間には性質の悪い人間がかかわってくるというようなことも言っていた。
 生きるって大変だ、と樺地は思った。思っただけで口にはしなかった。XXXXX王国語は聞き取れるが喋ることができないので、口にしても日本語になっただろうけれど。
 格闘技は野蛮だろうし、俳優も俗っぽすぎるだろうし、十七歳でハーバードを卒業したとはいえ学ばかりでは意味がないと言われるだろう。そういえばの弟のは幼稚園から学習院だと聞いた。公家や華族といった家柄的な血筋が、御陵院家にないことを、もしかしたら御陵院の偉い人は気にしているのかもしれないし、せめて好きな人に負担をかけたくないというの気持ちを樺地はわからないでもなかったが、でも、はまだ中三の女の子なのだから、こういうやりかたは酷いと感じていた。きっと普通じゃない。じゃない普通の女の子だったら泣くどころか一生心の傷になったはず。樺地は、自分の妹を花よ蝶よと可愛がっていたので、の対応は全く理解できなかった。
 樺地にとっての跡部のような存在が、これからに現われるかもしれないし、そうなったら自由と力がないと何も出来ない。力は樺地は腕力と言う意味でしかないので、せめて自由になる協力はしようと思っていた。ので、階段に差し掛かり、登るようにと警備隊員に促されたところで、とりあえず芥川の腕を掴んでごろごろどかーんと落ちて、受身を取って、目を回した芥川を背負って無駄に広い廊下を走り抜けて一番近い階段を上がってまた走って上がって上がって走って走って下りて走って下りて上上下下左右左右BA下りて下りて走ってメイドさんに驚かれて隠れて携帯電話で忍足からのメールを読んで日吉を探すことにした。日吉は、滝と一緒に私服に着替えていたので、王宮内では目立つだろう。きっと容易に探せる。
 
 そして一〇分後、芥川を抱えた樺地が、応接間のソファに転がされた日吉を見つけ、軽く肩を叩いた。起きなかったので仕方なく、肩に抱えた。日吉の下敷きになった芥川がつぶれた蛙のような声を出したが、樺地はあまり気にもせずに歩む。
 一分もしないで日吉が下ろせと怒ったので樺地は丁寧に下ろしてやった。日吉は不服そうな顔をして、同じ体格だったら勝った、と言った。樺地はウス、とうなづいた。とりあえず背景には点描を散りばめてみた。
 それから、階段を下りた。
 めずらしく日吉が、バツが悪いのか色々と話しをしたので樺地は大人しく聞いていた。滝が警報が鳴らないように悪戯をしていたことだとか、の蹴りは異常に重いだとか、さっきは疲れたから休んでいただけだとか、そもそもは助けに来なくても一人で帰れたんじゃないかとか、とつとつと話す日吉に、樺地もウスウスと答える。
 目が覚めたジローは、なんだか樺地と日吉の雰囲気が良かったので珍しく空気を読んで寝た振りをしていた。歩くのが面倒だったわけでは絶対にない。ただ、自分の髪が頬にかかって鬱陶しかったので、芥川は軽く払った。

 ◆◇◆

 向日は忍足からの連絡を貰って、普通にお邪魔しましたと王宮本殿から出た。滝と鳳のおかげで何とか問題なく出られたが、鳳は「宍戸さん大丈夫かな」と呟いていたので向日は何気に鳳は酷い人間だと判を押した。
「どーすんだ?」
「さあ? あとは中のメンバーに任せればいいんじゃないかな」
 滝がぐるりと王宮の本殿から召使のための宿舎やら、グラウンド二十周分くらいの直線でマラソンが出来そうな距離がある門やら、森のような庭やらを眺めてから、溜息をついた。ちなみに森のような庭は国民に公園として開放されている。そんなまったりした王国だ。正門に近い場所では、観光客に宮殿の写真を売る露天商さえいた。鳳はそういう露天商によく捉まる者の筆頭だ。
 にしても、この熱い気温の中を率先して歩きたいと思うのはよほどのマゾか皮膚の強い人間だけだと滝は思いながら、すぐに滲んできた汗を手の甲で拭う。ふと見ると岳人のうなじにも鳳の首元にもじわりと汗が滲んでいて、首と額は汗が出やすいのか、などと思う余裕が滝にはあった。
 いくら沖縄以下の小さな国の、アットホームな王宮とはいえ、そこでどたばたしたわりには氷帝メンバーは全員余裕があった。そもそも、なんとなく全体的に馬鹿馬鹿しいのである。王族なんて。リアルもリアリティもない。首相や総理ならなんとなく実感が湧かないでもなかったが、より恐ろしいものとしては、教師や、親戚の嫌なおじさんや、怒ったときの母親などの方が現実感があった。王族なんて。王宮なんて。とくにドライだと言われる滝は――残念ながらクールだと言われたことはない。いつだって、ドライだった――やっぱりこれがゲームのように感じられた。滝は恐らく、教師や母親やクラスメイトに反対意見を言うほうが、警視庁のトップや総理大臣に意見を言うほうが気疲れすると思っている。なんとはなしに振り仰いだ王宮は、高かった。ここに来る間に、社内から眺めた市街地は、爆撃などの痕はないし汚れてもいなかったけれど、王宮の壁が結界となっているのではないかと思うほどに丈夫な壁一枚で世界が違うものだなと思った。観光で来たかったけれど、今度はもう少し涼しいところに旅行に行きたいと思う滝だった。
 とりあえず、と向日は言って、敷地の外に出ようぜ、と滝と鳳を促した。中でのことは残っている樺地と日吉と芥川にまかせればいい。向日は最初はビビッたし興奮したし、それなりにを助けなくては、と思っていたが、今はこんなん俺らになんか出来るワケねーよ、というのが正直な気持ちである。跡部やは戦える力があるのかもしれないが、向日は引っ掻き回して逃げるのが関の山だ。黒く日焼けした、一見して怠惰だとわかる大人が王宮の庭木の根元で寝転がっているのを横目で見ながら、向日はガリガリ頭をかいた。
 鳳は、宍戸が大丈夫かが気になって仕方なかったが、とりあえず跡部の言うようにしておけば間違いはないと信じていたし、信頼もしていた。逆に言えば自分の行動の方が信用できない。不審者なので王宮警備隊に捕まるかと思ったが、跡部の言うとおりに堂々として、何も知らないふりをしたら、普通に出られた。メイドの柔らかな笑みまでいただいた。さらにはXXXXXX国の地図付きのパンフレットまで貰ってしまった。鳳の理解の及ぶところではない。日本の企業や警察だったら、もっとあやしんでうたがっていただろう。よほど犯罪の少ない国なのだなと鳳は思った。
 これからどうすればいいのか、鳳は困りながら視線で庭園内を眺める。

 ◆◇◆

 王宮の庭木の枝に、落下傘を引っ掛けたはぶらぶらと振り子のように揺れていた。揺れるたびに枝がしなり、はらはらと数枚の緑が流れ落ちる。
 首根っこを引っつかまれた猫のように大人しくしていたは揺れが収まると、もそもそと落下傘を外して、やはり猫のように身軽に身体を躍らせながら柔らかい芝を踏む。は久々の外に、らしくもなく感動した。先ほどから震えていた滝の携帯を開いてみると、忍足が全員にあてたメールが何通かと、跡部からの作戦メールが届いていた。

「あら?」

 自分がずいぶん早まったことをしたのだということには気づいたが、たらたら動いている跡部が悪い、というふうに決め付けた。そもそも、跡部に助けに来いと言ったのは跡部の家柄を評価してのことだ。小さな国なら三つほど買えると言う、第二次世界大戦後の財閥解体すら逃げ通した跡部家の力を、利用しない手はない。
 それに、他の部員を巻き込むのはかわいそうだと思ったのもあれば、跡部に王子役をまかせるのが自然の流れだと思ったこともある。ひどく嫌だが、あれでも一応は恋人的な立場を装わせているのだから、跡部の実力を兄に見せ付ければ、多少面倒くさがるくらいはさせられると、その程度には跡部を、は評価している。
 それに併せて、脱出のために、第三王子の兄や、父王や王宮内の人間やらに上手く下地を作っておいた。可哀想な囚われのお姫様、というような感じで演技をしまくった。父王は若干と三男の結婚に乗り気ではあるが、基本的には国際社会にもきちんと対応できる常識人物だったので「出来れば結婚して欲しいけど、無理はしなくていいんだよ?」という感じのスタンスでいた。まあ、その言葉のまま「イヤです」とはだって言わない。メイドやらにじんわりと心中の不安を漏らすという形で下地は作った。皇族に求愛された女性はそれから逃れるためにそそくさと他の男性と結婚するものだが、いかんせんは中学三年生で、結婚できる国は少ないし、父がそれはそれは反対するだろう。
 とにもかくにも敵は兄と第三王子だ。第三王子はただの雑魚キャラなので、本当の敵は兄だ。
 そして、両親。
 両親は嫌いではない。むしろ好きだ。を好きなようにさせてくれるし、心配もしてくれる。だが――娘よりも息子に甘かった。娘に対しては「可愛い」「可愛い」だが、息子はすごいし間違ったことはしないだろう、と思っている。ああ、なんという親の偉大な愛情だ。兄が何かしても兄妹喧嘩くらいにしか思わない。で力があり反撃しまくるので、両親はトムとジェリーを見るような目でを見ている。

 しかし、さすがに裸に剥かれたときは殺意が芽生えた。
 いくら強いとはいえだって女だ。いつかは政略結婚も仕方ないかな、とぼんやりと思っていたが、それは今ではない。
「殺す」
 と呟いたがしっくりしなかった。
「死ねばいいのに」
 と呟いてみた。こちらの方がしっくりした。自分で手を下したくない上、心痛さえ味わいたくない。どこかでのたれ死なないだろうか。そんな可愛げのある兄ではないが。

 不意に、幼い頃に誘拐された記憶を引っ張り出す。幼児にも近かった、児童だったは、家柄の為に危険な目には何度もあった。その中でも己の大好きだったボディガードが目の前で殺されたあの時は、自分の家を呪った。
 あのときに比べればこんなものはなんでもない。不安はある。だが、相手がどれくらい本気かくらいはわかる。兄は本気で自分を姫にしたがっている。
 あのボディガードの仇をうってくれたのは兄だ。単独でを誘拐犯の手から助け出してくれたのも兄だ。それは、自分が兄に属するものだと思われているからなのだと理解している。
 だから、自分に属する妹を、平気であんなデブと結婚させようとする。
 妹は自分のものだから自分の好きにしていい、と、だから他人が手を出すな、と、兄は絶対的に思っている。
 けれど、あのデブはまだまだだ。あれなら逃げ切れる。
「場数が違うのよ場数が」
 殺されはしない。なぜならば兄は自分を姫にしたいからだ。国際指名手配もありえない。その為に跡部を呼んだのだから。全力であの跡部の家柄を利用してやる。
 それだけの確信が持てればなんだって出来る。

御陵院先輩!」

 大丈夫ですか?! と、遠くから駆けてきた大きな犬のような後輩を見て、は嫣然と微笑んだ。跡部だけを呼んでも、こうやって迎に来てくれる後輩の前で、めそめそ兄の行動に傷ついてなどいられない。
 とりあえずは屹然と顔を上げて、こちらに走ってきた鳳に抱きついてみた。あんまりほっとしたので、は自分の心が思ったよりも疲れていたことに気づいた。鳳が、やけに「大丈夫です!」と言うのがどこか滑稽だった。「みんながいますから!」という言葉には、むしろ微笑ましさすら感じた。
じゃん、元気出せよ」と鳳の背後で、彼女の顔を覗こうと跳ねた向日だとか「お疲れ様。面白い体験だったよ」と何でもなさそうに言う滝だとかの気配を感じて、思う。
 ほんとうに、あんなクソあにきしねばいいのに。
 そんな、品のない言葉を思い浮かべると、自分ではなくなったような気がして、なんだかおかしかった。
 ふう、と呼吸を整える。
 見上げた空は、青々とした南国の木の葉に遮られて、空かすようにしか見えなかった。それでも、窓ガラス越しでない、久々の太陽は、気持ちが良い。こんな気持ちになったのも久しぶりだということに、はやっと気づく。
 その時、雷鳴にも似た轟音を撒き散らしながら、陽光を遮るものがあった。
 王宮の庭園でだらだらしていた大人や、サッカーで遊んでいた子供達が、次々に顔を上げていくさまは、敵の気配を感じた愛らしい草食の哺乳動物のようでもあった。
 しかし、は即座に周囲を見回すと、ウサイン・ボルトを脳内でイメージしながら全力で走り出した。効果音はばひゅんで、砂埃も必須。急に鳳を突き飛ばすようにして、ドレスのスカートを両手でもっふりと持ち上げてわっさわっさ走り出したに、鳳は驚いて追いかけようとしたが、それは滝に止められた。
はとりあえず、王子様が来たから大丈夫だよ。それより、俺達は俺達で逃げないと。跡部はあれで海外育ちの筋金入りのフェミニストだから」
 女は助けても、男の俺達の逃げ道までは、きっと確保してないよ、と滝はさっさと王宮の庭園から立ち去るべく正門へ向かって歩き出す。おろおろとと滝に視線を配っていた鳳は、向日が滝についてつまらなさそうに歩き出したのを見て、二人を慌てて追いかける。

 ◆◇◆

 上空からは南国特有の植物の濃い緑が、まるで大地と言う青空を隠す雲のように見えた。
 王宮の広さは氷帝学園の幼稚舎と中等部をひっくるめた敷地の広さにも匹敵するだろう。この国土でこの規模であれば、日本の皇居にも引けを取るまい。
「――アァン? 御陵院が落ちた?」
 チャーターしたヘリは、やけに白髪をくりくりと巻いたやせ細った黒い枯れ木のような老人をパイロットとして王宮上空を漂っている。思ったよりも、王宮上空を飛行する許可を得るのに時間がかかったが、丸腰であることと跡部による袖の下が効いて、少し前に許可が下りた。そもそも、部族の小競り合い以外は戦争も宗教的争いもない国だから、意識が薄いのだろう。
 迷子だった跡部は、連絡を貰ってからは颯爽と王宮から飛び出して、ハイヤーに離陸場まで送らせ、王宮上空まで戻ったのだが、目的の人物が予定の場所にいなかった。そして、携帯電話から響く忍足の笑い声が跡部を向かえたのだった。
 あのバカ、と口の中で呟いてから、下界を覗くが、樹木が多すぎて、王宮庭園で遊ぶ人間が多すぎて、すぐに発見できそうもない。そこに向日からの着信があった。ちなみに海外での通話には別料金がかかるため、それらは跡部が支払うという話がついている。
 そんな跡部が「なんだ」とぞんざいに通話を開始する。
さー、正門の方に走ってるから、跡部に知らせておけって、滝が」
 滝の携帯はどうした、と跡部は思ったが、彼はあんまりにも無駄なことはしない趣味だったので「わかった。ありがとよ」とだけ向日に言って、通話を終える。
 は馬鹿だったが馬鹿ではなかったので、跡部はその思考を読むことが出来た。あんまりに馬鹿で無邪気で無垢で変態だと、思考をトレースするのにも時間がかかるが、は変態と言う意味で馬鹿だったが、頭は良かったために合理的に、要領よく、判断する。
 パイロットに、王宮から正門までを繋ぐ巨大な白路の中間点を目指すようにXXXXXX語で伝える。その中間点には国王の像があり――これは国王が代替わりするたびに金属を溶かして、再度鋳造するということを、この国の歴史を調べているときに跡部は知った――像の眼前に広がる小学校のトラックほどの平地が存在する。木陰のないその場所はひどく暑く、人々はそこを避けている。
 跡部が、そこへ着陸させるようにパイロットに重ねて言うと、ヒャッヒャともファッファともキョッキョともつかない日本語で発音できない言葉で老人は笑った。体が細く日本で言えばパンチパーマとアフロの中間のような髪形をしている老人はマッチのようなシルエットで、跡部は今更不安になったが、もう引き返せなかった。
 ヘリやセスナなどの免許を取るために、空中でエンジンを止めて、自由落下しながらそれを立て直すという訓練がある。
 跡部はそれに付き合ったことがあったが、その無重力状態を今体感するとは思わなかった。

 ◆◇◆

 御陵院はとりあえず、この遊びは楽しかったな、と思った。

 王宮一つを使った鬼ごっこは楽しかった。巻き込まれた第三王子も、妹も、楽しいなどとは欠片も思っていなかっただろうけれど。
 あの妹と、妹の友達の必死さは、見ていて楽しかった一所懸命に下地を作り、自分の目を盗んで友人に助けを求めるところなど、自分の妹ながらいじらしくて素晴らしいと思った。しかしまあ、姫でなくても良いから、後ろ盾のある家に嫁がせたいのも事実だ。
 王宮内の客間で国王に文書を書きあげたは、美貌をより一層魅惑的に見せる笑みを浮かべた。
 そして、対面に座っている宍戸と忍足が、先ほどから居心地悪そうにしているのに、声をかけた。ちなみに宍戸は少し前までに全力で食ってかかっていたが、思考が平行線を飛び越えて、その思考がまったく理解できなかったため、気持ち悪そうに口を閉ざしたのだった。

「今回は俺の負けを認めるヨ。連れて帰ればいい。だから、次は最悪大怪我くらいにレベルを上げる。――俺も鬼じゃないんだ。逃げ道の一つだけは作らないと。真実の愛なら乗り越えられるサ、きっとね」

 もうめっちゃ楽しそうにの兄、御陵院は微笑む。これが普通の人間であれば、にやけるだとか、ニヤニヤだとか、気持ち悪い笑みだとか表現されただろう。そんな、笑みを堪えられない顔をはしていた。
 宍戸は内心で、真実の愛……! とドン引きして、忍足は面倒くさい兄妹に頭を抱えたくなった。。

 ◆◇◆
 
 が平地に現れる前には、跡部の冷や汗は収まったが、覚悟もなく錐揉み回転で王宮上空から落下したダメージは胃にきている。それでも帝王は余裕の仁王立ちを披露した。
 高い気温と湿度が、より一層跡部の胃をなぶったが、表情だけはあくまで涼しく装った。手塚のポーカーフェイスを讃えたくなるほどの努力を要したが、そんな跡部の苦労も知らず
「来るのが遅いのよ」
 と、むっつりと跡部に文句をつける。そんな顔をわざとらしく愛らしいが、跡部は最近それが逆に癪に障るようになっていた。
「真打ちは遅れてくるもんなんだろ?」
「誰が真打ちなんだか」
 肩をすくめたに、跡部はパイロットに声をかけてから手を彼女に差し向ける。
「お手をどうぞ、レディ」
「しゅあー」
 わざと子供っぽく、そしてどこか悔しげには答えて、まるで御伽噺の王子とお姫様のように、白馬の馬車ならぬ白髪パイロットのヘリコプターに乗り込んだ。