秋季大運動会と言うものは、運動がとても苦手な私には酷く大変なもので、リハーサル時点でぐだぐだと文句を言ってしまいそうなくらい苦手なイベントの一つです。 若は、こういう大型イベントはあんまり好きじゃないみたいだけど、跡部先輩が やる気のない男子生徒を蹴り飛ばしそうなくらい、気合が入ってます。それに、運動会の締めの、全学年のリレーは、跡部先輩も若も出場選手なものだから、最近の若の運動量はたぶんすごいことになってると思う。 私の出る競技は男女混合二人三脚と(残念ながら若とでは身長が違いすぎるので私のペアの男の子はクラスでも背の低いと言われているタナカ君)、借り物競争(何で苦手な競争物が二つも……!)、応援合戦と(全生徒強制参加)、大玉ころがしと(同じく全員強制参加)、とても恥ずかしいのですが全学年女子のチアリーディング(ジャンケン負けたせいで……)です。 チアは応援合戦の一部なんだけれど……衣装が。 衣 装 が ……ッ! かの、マリア=シャラポワ様は言いました。 「私は背が高く(百八十三センチメートル!)手足が長いからミニスカートじゃないと似合わないのよ」 全くもってその通りです。拍手を送りたいくらいその通りだし、シャラポワ様のミニスカート姿はすごく似合っている。けど。 背が低くて、手足の短い私が、チアリーディングの衣装のミニスカートを履いて似合うわけがない。似合うわけがないのに。ていうか、ポンポンを振り回しながら動くなんて超絶技巧、私に出来るはずもないのに。まどかちゃんやればいいのに……! そりゃあ、氷帝の制服のスカートはデフォルトで短めだし、ミニスカートと言って差し支えないほど短い子もいる。私だって、膝下の長さにしたことなんて一度もないし。 けど。 ピンクと赤を基調としたノースリーブのセーラーみたいな(ちょっとコスプレみたいな)トップスには崩れた筆記体みたいな文字でHYOTEIと書いてあって、同色のアンダーは短パンがギリギリ見えるかと言うような恐ろしく短い、プリーツスカート。 本当に短くて短くて履きたくないと弱音を吐いた私に、ママはアンダースコートを買ってくれた。けど、運動会一回でしか使わないと思うんだけど……スコート。でも、ありがたかったので、いかにもアンダースコートっぽいかわいいのを選んで買ってもらった。 ちなみに氷帝では ついでに言えば前年度優勝は、白でした。 みんなが一所懸命がんばってるのとかは見るの、好きだし。こういうイベントとかって結構好きな方だと思うけど、でも、やっぱり運動は苦手……球技大会とか、運動会とか、なんで学校って運動に関するイベントが多いんだろう。ママはメタボにならなくていいじゃない、なんて言うけど、ママの料理でメタボにはならないと思うし……運動が身体にいいって言うのはわかってる。わかってるんだけど……! 特に競うような運動は苦手だなぁって思う。若は、そういう方が好きみたいだけど。 マラソンなら、疲れるだけで、自分ひとりでとっとこ走ればいいだけだから、運動会より全然ましなのになぁ。 明日の体育は合同で運動会の練習かあ……、と微妙な気分でベッドに沈んだ。 若が、運動会がんばってるんだから、私も頑張りたいんだけど、若のやる気を分けてもらいでもしなければ、駄目な気がする。 ◇◆◇ 「日吉君」 「なんだ」 「自覚が無いって怖いよね」 「何の事だ」 「香奈」 「は?」 「ヤマダ、さっきから写メしてるよ」 「……?」 「日吉君も鈍いね」 「何が言いたい」 「色んな子のチア姿をヤマダが盗撮してるって言ってるワケだ。あの位置だと、たぶん、香奈のスコートとかばっちり映ってるんじゃない? ――あ、いってらっしゃい。でも、暴力は……って先生に告げ口に行くところが日吉君らしいね。あ、ヤマダ携帯没収されてる。――っと、おつかれ、香奈」 ◇◆◇ はふはふ、と夏場の毛の長いわんこみたいな荒い息を吐いて、私はまどかちゃんの方へ歩み寄る。 チアと、生徒の応援をあわせる練習だったのだけれど、一生懸命やっている私を尻目に、まどかちゃんは若と喋っていた。 若は協調性があんまりないっぽくて、こういう全員参加のやつの練習は、めんどくさそうにしてて、まどかちゃんは何だか微妙な笑い方で若に話し掛けてた。 まどかちゃんは綺麗だから、若が、まどかちゃんを好きになっちゃうんじゃないかってちょっと心配しちゃったりして。私もチアじゃなければ一緒に話とかしてたんだろうな…… 「ホントに疲れたよ……あんなにアクロバティックにしなくてもいいのにね!」 あんなハードな運動をさせられたせいで、まだ心臓がどきどきしてる。胸に手を当てながら、肩を落として言うと、まどかちゃんがちょっと眉を寄せて首を傾げて私を見た。まどかちゃんは、そういう普通のしぐさもすごく綺麗できらきらしてる。跡部先輩もそうだけど、周りの空気を変えちゃう能力があるんだと思う。 「……どこもアクロバティックじゃなかったよ?」 「そ、そうかな?」 ものすごく怪訝そうに言われてしまった。何言ってるのこの子? みたいな顔で。 「うん」 ものすごくきっぱりと頷かれて私はちょっと戸惑ってしまう。 そうか、私はあんなに大変なのに、まどかちゃんから見ればそんなにアクロバティックでもないのか……てことは、若から見ても、そうなんだろうなぁ……ちょっと悔しいです、安西先生。こんなに頑張ったのに。 「香奈」 さっきまでの努力の無意味さ打ちひしがれていたら、さっきまでどこかへ行っていた若に声を掛けられて「なに?」って首をかしげる。 若は、何も答えないままで、ふわりと私の肩にジャージをかけた。 若のジャージはとても大きい。ジャージのすそは私の太ももまであって、まるでミニワンピみたいな長さ。なんでも、これから成長期でぐんぐん伸びるはずだからと、若にとっても、大きいサイズをお母様が購入したらしい。別に寒くないのに、と思って若を見上げると、若の中指がかなりの勢いで私のおでこと衝突した。 「――ッたぃ……何?」 おでこを抑えながら、理不尽な暴力に若を睨むと、若は腕を組んで偉そうに見下ろしてくる。ちょっと、顎を上げただけなのに物凄く意地悪そうな、尊大そうな態度に見えるから人間って不思議。 「いいから着てろ。それか、早く体操服とハーフパンツに着替えて来い」 命令形です。 有無を言わせないというのはこういう事を言うんだろうな、と思ってコクンと頷いた。もう、すぐに次の合同練習に入っちゃうから、着替えるのが面倒だったので、若のジャージに袖を通して、前のジッパーを上げる。 若のジャージは、本当に大きい。袖なんか、指までめいっぱい伸ばしても、全然指すら出せない。というか、私が小さいのも、ちょっとあるかもしれないけれど。余り過ぎた袖はまくれても、身丈が長くてチアのプリーツスカートも覆い隠されてしまう。うーん、傍目にはジャージしか着てないように見えるかも。それはちょっとかっこわるいなぁ……。 スカートに、ジャージの裾は入れられないし。着替えてきたほうがいいのかな。でも、ちょっとめんどくさい。 「日吉君。別の意味でやばいわコレ」 まどかちゃんの言葉の意味が解らなくて若を見ると、若は実に頭が痛そうな顔をしていた。 「有田」 若が人差し指を自分の胸あたりに当てると、まどかちゃんが頷いた。 「貸し一つね」 なんだか、二人の世界。まどかちゃんは頭がいいし、若も、普通の公立から中等部に受験して入ってきたって事は少なくともたぶん私より頭がいいし、お似合いの二人だなって思ったら、ちょっと寂しくなった。 別に、若がまどかちゃんを好きじゃないこと、まどかちゃんが若を好きじゃないこと、知ってるけど。若が私を好きなことも、知ってるけど。 じって、まどかちゃんの顔を見たら、可笑しそうに笑って、まどかちゃんがジャージを脱いで私に手渡す。 意味が解らなくて首を傾げていると、まどかちゃんが、私の着ている若のジャージのジッパーを下げ始めた。ちょっとびっくりして固まってしまったり。え、え、ってあわててしまったけど、若はただまどかちゃんのしてることを見てるだけで。私が凄く鈍いみたいでちょっと哀しいんですが。 ちっちゃな子みたいに、まどかちゃんにジャージを脱がされて、まどかちゃんはそのジャージを若に手渡して、気付いたらまどかちゃんのジャージを着せられた。 「あ!」 私が声を上げたことに若は不審そうに(せめて不思議そうであって欲しかった)まどかちゃんは首を傾げて私を見てくる。でも、私はそれどころじゃない。 そうだ、わたし。 恐ろしく短いスカートを履いているんだった……! 足がスースーするなぁ……と感じて、思い出した。叫びたい気分でダッシュして先生に許可を貰って更衣室で即行で着替えてグラウンドに戻ると、今度は詰襟やら袴やらを着た応援団との歌合せの練習になっていた。間に合わなかった……けど、あの格好でいるよりマシ。 よく見たら、チアの中できちんと体操服に着替えているのは私だけで、他の子はジャージを羽織ったり、スカートの下にハーフパンツや長ジャージを穿いてた。急いで、こそこそっと自分の場所へ戻る。私の後ろの席のまどかちゃんに「貸してくれてありがと」ってジャージを渡すと“人の服を着る時は下にはいているものが見えるような格好にしなさい”、と言われました。うん、それは普通だと思う。 私ってどれだけ馬鹿だと思われてるんだろう。女の子なんだからちゃんと可愛くするよ。女の子の綺麗は周りを癒すって、ちっちゃい頃に会った住職さんに言われたし(ノーメイクだったママがお説教されてたので、ママが誰かに怒られるところなんて珍しくてよく覚えてる)。 若は応援団員なので(これもジャンケンで負けた所為)、黒い詰襟に赤くて長い鉢巻をしてて、なんだかすごく新鮮な感じ。ブレザーも似合ってるけど、詰襟も似合うなぁ、なんてにやけてしまう。でも、詰襟だと、若の髪の色が薄いせいか、真面目な男子学生よりはちょっと世慣れた感じの雰囲気になってて、ちょっと可笑しい。 「白と赤の健闘を祈って――いくぜ! 三々七拍ォ子!」 まずは、跡部先輩が黒組の三々七拍子をやってから、赤、白と順番に同じような文句でやっていく。ちゃんと言う時は、 白組の団長は「白はカブだぁぁー!」とか「大根だぁー!」とか、ワケわからなくて、わからなすぎて逆に面白くて、まどかちゃんと笑いあった。 若は赤組の応援団員として、白手袋に黒い詰襟に金のボタンの暑そうな姿で、赤組の応援歌を歌わされてた。歌うのがちょっと苦手なのに、団長の向日先輩が「声が小さい!」とか、すごい気合だから、けっこう真面目に歌ってる若。そんな一所懸命な姿が、なんだか、可愛いなぁ、とか。途中で、真っ赤な誓いー! とか、向日先輩が叫んでて、時事ネタなのかな、とか。そういえば、白以外は二年生が団長って、なんだか珍しい気がする。もしかしたら、受験のために三年生は、こういうの、やりたがらなかったのかな? 応援合戦のあとは、団体競技の練習で、着替え終わった――もしくは着替えないままの応援団員がぞろぞろと自分の席に戻っていく。 男女に分かれてる席の一番男子よりの列な私は、隣が運よく若だったので、戻ってきた若に、こっそりと謝った。急に謝られて、不思議そうにしている若に「見苦しい物見せてごめん」と、もう一度謝る。 たぶん、若は私があの格好をしているのが嫌だから、ジャージを着せようとしたんだと思う。でも、若のジャージだと、すごくかっこ悪いことになってたから、まどかちゃんのを貸させたんじゃないかなって、さっき、着替えてるときに思った。 「……寒そうだっただけだ」 一言だけ言って、若は興味無さそうに前を向いた。 もうちょっと、聞きたいことがあったんだけど、若が照れている様なので、私はちょっと幸福な感じだった。うん。 ◇◆◇ 雨、降らないかな。 運動会当日、私は、起きてまずカーテンを開けて、綺麗な青空雲ひとつないよ大売出し中な空を睨む。 けれども、いつまでもそうしてもいられないのでシャワーを浴びてご飯を食べて制服に着替えて、動きやすいように髪を高めの位置で結ぶ。おだんごにしても良かったんだけど、下手にするとすぐに崩れちゃうから、これだけ。 それから、日焼け止めを塗って、ニキビ防止のパウダーをはたいて、色の付かないUVリップクリームをつけて、毛先にヘアグロスを塗って、運動会仕様の支度は完成。デオドラントのパウダースプレーは、シトラスの香りが若に不評だったから、新発売のチェリー香りのを、装備。汗を拭くためのタオルも、可愛さよりも、何度も洗ったおかげで給水率が宜しい布巾に見えなくもないプリントのものにした。 鞄に体操服とチア服とポンポンを詰め込んで準備万端。 「いってきまぁす」 電車に乗ると、いつものように若がドア付近に立っていたので、いつもみたいに合流すると、やっぱりいつもみたいに「おはよう」って言ってくれる。それだけのことなのに、なんだか今日はいつもより嬉しく感じてしまった。 そして、いつものように二人で学校へ向かう。私のポニーテイルが珍しかったのか、若がなんだか妙に乱暴にくいくいと引っ張ってきたけど、痛かったけど、運動会はやだけど、でも、こんな日でもこうやって一緒に登校できるのとか、かなり幸せだよね、こういうの。 タナカ君との二人三脚は三位。うん、微妙。 一位は赤、二位は黄色、三位は緑、四位は水色のリボンをもらう。体操服のどこかにつけなくちゃいけないんだけど、ちょっと失敗して、ピンが親指に刺さってしまって、ちっちゃな赤い血の玉がが浮き出てきた。このままじゃ体操服に血のしみが付いちゃうので、ちゅって指をなめてたら、隣に座ってる若が、呆れた顔で体操服の裾にリボンを止めてくれた。 ……私、なんだか最近すごく小さい子みたいな扱いをされてるみたい。ちなみに、若は、参加したレース物競技で、全部一位か二位。赤と黄色のリボンがひらひらしてて、グリフィンドールの寮生っぽくなってた。 次の借物競争は、借物が見つけられなかった時の為にとても曖昧に書いてある。 練習の時に私が引いたのは「おもしろいもの」。 とっさに近くにいた体育の先生のジャージを引っつかんでゴールしたけれど、それでもオーケーがもらえてしまうと言う代物なレース。けれど、私が札にたどり着いたのは一番遅くて、かなり焦って、急いで一番近い札を取ったら「すきなもの」と書いてあった。 そんなの、変なものじゃなかったら何だっていいのに、もう、ひとつしか思い浮かばなくなってた。 躊躇いなく直ぐ横の観客席につっこんで若の手を引っ張って、何か言おうとするのを無視して走り出す。だって、ビリだし、急がなくちゃだし。 でも、若以外のを選ぶなんて絶対やだって反射的に思ってしまったのが恥ずかしくて。 途中で諦めた若が、私の手を掴んで物凄いスピードで走ったので(本当に私は引き摺られるかと思った。足の長さ、違うのに。怖かった。きっと電車に服とかが挟まってしまって引きずられたらこんな感じだって思った)一位は無理だったけど、二位になった。 ゴールしたら、札の文字と、私の連れて来た若を見た係の鳳君が、なんだかすごく楽しそうに笑ってて、その顔を不審に思ったのか、若が鳳君を問い詰めて札の内容を吐かせてた。 私は、何故か、怒られた。 ◇◆◇ 午後の部開始と同時の応援合戦。先発は黒組のチアで金原先輩が凄く綺麗で見惚れてしまった。ああ、いいなあって純粋に思う。 私もアレくらいさまになればいいけれど……と思っていたら、凹んでしまった。けど、凹んでても仕方がないので、お昼に着替えたチアのユニフォームのままでぽんぽんをもそもそといじくってたら、若がなんだか呆れた目で、見下ろしてきて、ちょっと恥ずかしくなってやめた。 黒組のチアの半分くらいで、若に行ってきますって言って、移動開始。赤組のチアとしてポンポンを投げたり色々して頑張ってみて、席に戻ると若に、練習のときみたいにまたジャージを渡されたので大人しくはおりました。若はあんまりこういう格好が好きじゃないみたいです。 デートするときは、もっとさっぱりした格好のほうがいいのかな。今度、どんな服装が好きか聞いてみようかな。 ◇◆◇ 「香奈、ああいう可愛い感じの似合うよね」 「……」 「日吉君が似合わないって言ってたって言っちゃおうかな」 「有田」 「冗談」 「……」 「そんなに難しい顔しないでよ。それより見ないの? 日吉君」 「見てられるか」 「……純情」 「うるせえ」 |