| 「おにいちゃんなら、何を貰ったらうれしい?」 室内に暖房はきいているとはいえ、十一月も半ばに差し掛かったこの季節、妹の香奈はキャミソールの上にパーカーを羽織ると言う適当すぎる格好で、ソファに座っている俺の足元の床に腰を下ろし、かなり真剣に見つめてくる。 生意気にも、この中学一年生の妹には、よく出来た彼氏がおり、その彼氏の誕生日が来月頭の十二月五日にあるらしい。プレゼントでとても悩んでいる様子だ。 妹ながら必死な様子が可笑しくて、冗談っぽく笑う。 「なにって、そりゃあ……金?」 「却下」 即答する香奈の頭に手を置く。 普通よりも上程度に金のある家で育った俺達は、ある程度の努力で何でも手に入った。だから、改めて欲しい物といわれると困る。 ちなみに今欲しいのは車だが、参考にはならないだろう。 「まあ、別に変なもんじゃなきゃ、何貰ってもうれしいかな、俺は……香奈だったら何欲しい?」 首を傾げて見下ろすと、頭に手を置かれたまま香奈は少し唸った。 「ん――そりゃあ、欲しいものはいろいろあるよ。リップクリームとか、新しい服とか……でも、私の為に色々考えて選んでくれたら、何でも嬉しいよ」 根がマジメなので、答えもマジメだ。これで頭がよければ、本物の優等生だったろうに。 ああ、でも馬鹿な妹ほど可愛いものかもしれないなあ。 「それでいんじゃない?」 「でも、やっぱりあげるからには少しでも喜んで欲しいじゃん」 少し拗ねたようにしながら、自分の頭の上に乗っている俺の手首を握り、頭から離させる香奈。 何をするのかと思えば、手のひらを合わせてきた。もちろん、大きさでは俺の圧倒的勝利。 「だから、それを自分で考えなさいって。それだけで喜んでくれるんじゃない? 彼、マジメだし」 手のひらを離した香奈にそう言うと、考え込むように視線を床に落としている。 「ぅ……んん――そっかぁ……」 「そうそう。まあ、頑張ってくださいな」 俺の適当な応援にも、うん、と素直に頷いていた。 妹は可愛くないと言うけれど、うちの妹に限って言えば可愛いと思う。まあ、歳が離れている所為もあるんだろうけども。 恐らく、一歳年下の妹とかだったら、喧嘩しまくるような予感がする。 いや、特に深い意味はないですよ、ホント。 ◇◆◇ 十二月五日は若の誕生日だ。 十二月二十五日は一般的なイエス=キリストの誕生日だ。クリスマスと言う行事になっている。 つまりは、十二月は二回、若にプレゼントするワケで。 悩む……手作りだと、重すぎるかなあ……実用性で言えば勉強道具かテニス道具。アクセサリーとかは、若全然興味ないみたいだし。 私が祝いたくても、若が喜ばないなら、祝う意味がない。 でも、きっと若は私が心から祝えば喜んでくれると思う。 だから。それなら。 私が祝う+プレゼント=嬉しさ二倍って感じにしたいなー、って。 それに、付き合い始めて、初の誕生日、だし…… うーん…… 「うーん…… うぅぅぅ…… んぅー…… ぅー……っ 」 「だいじょーぶ?」 学園内の緑の多い場所で芝生の上で体育座りして唸っていたら、いきなり背後から声をかけられた。 まさか人が来るなんて思ってなかったから、しかも声をかけられるなんて思ってなかったから、心臓がドクンってして変な声が出てしまった。 驚きつつも、恐る恐る振り向いてみる。 白人のモデルさんみたいに綺麗な金色の髪が柔らかそうにふわふわ揺れている。 少し視線を下へ向けると大きい目と視線が合う。 不思議そうに私を見ていて、もう少し視線を下げると、制服のネクタイが目に入って、二年の先輩だということがわかった。 あ、そういえば、若とラリーしているのを見たことがある。 レギュラーの……「芥川、先輩……」 「腹痛い?」 「やっ……ぇ……げ、元気です……」 ヤンキー座りして首を傾げて私の顔色を窺う芥川先輩に、思わずどもりつつも答える。 私が唸っていたから、具合が悪いと勘違いしたのかな? それにしても、私が芥川先輩を知っているという事には頓着していないみたい。 こうやって二人で話すのは初めてだけど、学園内で多大な人気を誇るテニス部レギュラーなら、知られていて当然なのかもしれない。このあいだハロウィンパーティーにも行ったし……芥川先輩とは会わなかったけど。 「ならいーけどさ。俺、寝るからそこどいてくんねえ? そこが一番日当たりいいんだよ」 「ぇ……あ、はい」 もそもそと一メートル強程移動すると「そこで正座」と指定される。言われたとおりに座ると、芥川先輩は何の断りも無く私の膝に頭を乗せたあんど腰に腕を回された。 一瞬で突然のこと。 びっくりして、身体が震える。 「なっ?! ちょ……芥川先輩!!」 「つっかまーえた。おまえ、日吉の彼女だろ?」 にやーっと、芥川先輩が“悪戯成功! ”とでも言いたそうな顔で笑って私を見上げてくるけれど、もう私はいっぱいいっぱい。だって、男の子と、こんなの初めてだし! 「どうでもいいからはなっ離れてくださ……!」 「さっきなんで唸ってたの?」 「は、離してくれたら答えます!」 私の言葉に、芥川先輩は拗ねたみたいに「ちぇっ」と軽い舌打ちをする。 でも、それはポーズみたいなものみたいで、すぐに笑って、ごろん、と芝生の上に転がって、私を見上げてきた。たぶん、ただからかうつもりだったんだ。 そして、大きな目をキラキラさせて、興味深々って感じで私の顔をじぃっと見つめてくる。 私は、ちょっと居心地悪くなりながら、その興味しんしんな瞳から逃れられずに、ゆっくりと口を開いた。 「プレゼントのことを考えてたんです。それと何で私のこと知ってるんですか?」 そう、顔くらいは見たことがあったとしても、若と付き合ってるってことまで。 「小曾根香奈ちゃん、一年生で日吉若の彼女! 忍足情報! んで、プレゼントって日吉にあげるやつ?」 忍足先輩情報……隠しているわけじゃないけど、やっぱりバレてたんだ。恥ずかしく思っていたら直球ど真ん中なことを尋ねられた。驚くより、感心してしまった。芥川先輩って部員の誕生日まで覚えてるの? すごいなあ、芥川先輩。 ちょっとだけ黙った私に、芥川先輩はきょとんとした様子。私は少しだけ笑ってから、頷いた。 「そうです。若に、何を上げようかなって、悩み中です」 「えー? それなら、絶対喜ぶやつがあるじゃん」 さらっと、にっと、言われた台詞。私は驚いて、ちょっと身を乗り出す。 「え? 何ですか?」 「香奈ちゃんの気持ちをあげればいいじゃん。日吉がして欲しいこととか、してやれば? 俺なんかいっつもカタタタキケンだC!」 肩叩き券が、なんだか魔法の呪文みたいな発音だったけど――その言葉に、なるほど、と頷く気持ちとでもなあ、と否定する気持ち、両方が沸いてきた。 何をしてほしいか、聞いてみるだけ聞いてみようかな……だけど、それじゃサプライズとしては……んー…… 「検討してみます。芥川先輩は、それがうれしいんですか?」 「え? 俺? 俺はねームースポッキー食いたいな。そんで、パウダービーズのクッションが欲C。あ、あとアディダスのバッシュも欲Cし、あとあとRPGゲームだろ? 新しいゲーム機だろ? あ、あと新しい携帯ゲーム機だろ? あとはジンギスカンに……」 延々と続く、欲しい物の列挙。 喋っている芥川先輩の顔が、とても楽しそうで、キラキラしてて、つられて笑う。 「よっジローなにしてんだ?」 のっし。 と、私の背中に、何か、が。いえ、誰か、が。 「あ、あの?」 私の問いは、誰にも聞こえなかったよう。 「あー岳人じゃん! 何って、昼寝!」 元気に、右手を挙手して答える芥川先輩。岳人というのは恐らく向日岳人先輩。 背後から圧し掛かられ、半分以上体重を乗せてるっぽい向日先輩に、私がなんと言ったものやらと思案していると。 「おっ珍しくジロー起きてるじゃんか。ヨッシーと何して……ってこいつヨッシーじゃねえ!」 バっと離れた向日先輩の方を、乱れた髪を梳きながら首を捻って見る。 ヨッシー、という人と私を勘違いしていたみたいで、そのあわてぶりに、きょとんとしてしまう。 芥川先輩は心底可笑しそうに笑った。 「ほらほら、香奈ちゃん! 日吉の彼女のさー」 紹介された。けれど。 私の様子に、向日先輩が「知ってる知ってる! 侑士から聞いてたし、俺ら一応顔見知りなんだ」と私の頭を犬を撫でるみたいにわしゃわしゃ撫でる。そうしたら芥川先輩が「なーんだ。岳人知ってたんだ……つまんないC〜」と本気でしょげた感じで言ってた。 芥川先輩も向日先輩も、すごく人懐っこいなぁ。明るいというか。 「で、お前ら何してんだよ。こんなとこで。不倫? 不倫?」 不倫と言う言葉に慌てた私を完全に無視して、芥川先輩が「昼寝とプレゼント」と答えた。 何だよそれ、と向日先輩。 ほら日吉の誕生日、と芥川先輩。 ンなもん知るかよ、と向日先輩。 香奈ちゃんはプレゼント考えてるんだって、と芥川先輩。 へえ日吉って何か欲しいものあんのか? 、と向日先輩。 そういえば、ぬれせんべいスキだって言ってた、と芥川先輩。 よくそんなこと教えてもらったなー日吉に、と感心する向日先輩。 芥川先輩も向日先輩も、自分のほしい物を並べ立てた後、ステーショナリーやテニス道具でよさそうなのを考えてくれて。 でも、最後にはこう言った。 『自分のために色々考えてくれたなら、それだけで結構 嬉しい』 好きだから、悩む。好きだから、困る。好きだから、切ない。 でも、だけど、若のことをかんがえるとき。 ああ、好きだなぁ……って、実感するとき。 あの、あったかいきもち。しあわせなきもち。 若にも、そう感じてもらえたら。 そうか。 一番大事なのは、そこか。 サプライズも、いいけど。プレゼントも、いいけど。 けど。 私は若を驚かせたいけれど喜ばせたいけれど、私は若に幸せになってほしいんだ。 私を好きになってよかったなって思ってもらいたいんだ。 ◇◆◇ 「誕生日おめでとう。おはよう、若」 「ああ。ありがとう」 さらりと言われた言葉に、俺もさらりと返す。 ただ、香奈が、とても嬉しそうな顔をしていたので、それで満足だ。 たったそれだけのことで誕生日も悪くないと思える。 「今日も、混んでるね。体育、外でマラソンだよ。ヤだなぁ……」 香奈はいつも通りに、捨てられた犬のような目でどよりと淀んだ空を見上げていた。 雪は降らないだろうが、この季節、天気が悪ければ、とても寒い。 それに加えなくても、香奈は特に走るタイプの運動が致命的に苦手だ。だからと言って跳ぶのが得意だとか、そういうことも全くないけれど。 「女子は三キロだろ。男子は五キロだぞ」 はっきり言って、五キロメートルなど、俺にとって問題ではないが。ただ、香奈にとっての三キロはある意味で致命的だろう。 試合などで五キロメートルも走っていないのに体力が落ちるのは、緊張し、感覚を鋭敏にしているためだ――と、そんな事を思っていると香奈が口を開いた。 「男子と女子じゃ体力が違うんですよ」 「女子の中でも体力皆無の癖に、よく言うな?」 右目を眇めて、わざと意識して意地悪気に言ってやると、香奈は変な顔をして押し黙った。 それから、俺の顔を見上げて、何か言おうとし……口を閉ざす。そして俯いた。 「別に、香奈の運動神経が悪いことは解ってるし」 少しばかり面倒くささも感じるが、落ち込んだような一連の香奈の動作と表情に慌てた気持ちのほうが強く、軽くフォローしてみたが。 「や、うん、まあ……えーと。ごめんね?」 「は?」 「卒業までには、若と同じペースで、一緒に走れるように頑張るかr」「無理」 俺の即答に、香奈は憤るよりも思わず笑ってしまったらしい。 香奈の笑顔に、俺もつられて笑った。 そろそろ学園前駅だ。 線路切替の為に車体が揺れるだろうと予測し、吊り輪を掴んでいた手に力を籠める。 香奈も、それを悟ったのか、控えめに俺のコートの裾をつかむと、さりげなく踏ん張った。 毎日見ているのだが、その様子が可笑しく、毎日少し笑いそうになる。 学園最寄駅で降りると、俺たちは新鮮な空気を貪る。 毎朝の事ながら、通勤・通学ラッシュというのは本当に寿命を縮めると思う。 電車から降りた香奈は、なぜか鞄を手にホームでくるくる回っていた。 「あー。だいじょうぶそう!」 声もでかいし、少し挙動不審で近づきがたい。 無視して歩もうかと駅のホームで逡巡したが、香奈のほうから声をかけてきた。 「はい、誕生日プレゼント。電車の中じゃ渡せないでしょ?」 嬉しそうに香奈が笑う。受け取りながら、ありがとうと返す。 「開けていいか?」 「え……だ、ダメだよ!」 必死に首を振る様子に、可愛いな、と思う。 別にいいだろう、付き合っている相手を可愛いと思うなんて、別に異常じゃないはずだ。 それでも、少し照れてしまって、表情が崩れないようにそれなりの精神力を要した。 それから、俺は少しだけ落胆したような表情を作って「わかった」とだけ言うと頷いてみせる。 その表情をどう取ったのかは知らないが、香奈は再度慌てたように言う。 「ちが……っ別に変なものじゃないから! 恥ずかしいだけだから!」 「解ってる。早く行くぞ。朝練遅刻したくない」 安堵したのか、香奈は笑みを浮かべると歩き出した俺の隣より少し後ろを付いて来た。 俺はその腕を掴んで軽く引っ張り、隣を歩かせ、手を離す。 一瞬だけ香奈は驚いた表情を浮かべたが、そのまま俺の隣を歩き何が嬉しいのか笑っている。 ◇◆◇ 制服をハンガーに掛け、教科書を本棚にしまい、普段着に着替えた。 その動作も、いつもより心持ち早くなってしまっていたのに、俺は心の中で苦笑する。 香奈が渡した少し大きめの箱には、華美ではないリボンの飾りが付いていた。 開けてみると、中にはラッピングの包みがいくつか。 まず、一つ目の包装には『ぬれせんべい発祥の地・銚子産 高級ぬれせんべい』が 二つ目の包装には黒地に刺繍の入ったリストバンドが 三つ目の包装には妙に洗練された一見それと解らないデザインの爪きりが 四つ目の包装にはウィンブルドンなどテニスの有名大会のDVDが 五つ目の包装には手作りらしいクッキーが 全ての包みを取り出し終えた最後に封筒が一通。 なるほど、あの場で開けなくて良かった。確かに変なものではないが、量が多すぎる。 変なキャラクターのシールを剥がし封筒を開けてみると妙な丸文字と角張った文字が合体されたような、それでいて読みやすい字が現れた。
偏差値いくつだよ、これ。 誕生日は漢字なのに感謝は平仮名って訳わかんねぇ。と言うか。 「恥ずかしい奴……」 香奈も。俺も。 ああ、やばい。 今、絶対に俺の顔は赤い。なんでこんな稚拙な文章で嬉しいんだ。 何度も下書きして消した後が薄っすら見える。なんで、これだけの文章を書くのにこんなに必死なんだよあいつ。 ああ、本当に……馬鹿で可愛いとはこういうことか。 とりあえず、折角だしプレゼントの礼は手紙で伝えよう。 母方の祖父母に送ることにも久しく使っていないレターセットをあけることも少ない引出しから取り出し、筆箱から鉛筆を取り出す。下手な宿題よりも、時間がかかりそうだった。 ただ、書き出しだけは決まっている。
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