雨雨降れ降れ。
 夏の匂いがするね、と言って笑った香奈に、俺は首を傾げた。
 アスファルトのなんとなく刺すような、粘るような感覚に、俺は地面を蹴る。香奈はほんの少しだけ早歩きで、俺の隣に付いて来る。
 今日は、部活が早めに終わったので、いつもと同じように電車に乗ってから、香奈を家まで送ってやることになったのだが、一緒にいられる時間が延びたことを喜んでいるのは、おそらく俺だけではないだろう。
「若は解らないかなあ? 夏の匂い、するよ」
 五月も後半になり、確かに日によっては温かさではなく暑さを感じるようになったが、夏の気候ではないだろう。梅雨を知らせるような、じとりと灰色をした空を見上げる。
香奈はなんだか嬉しそうに笑って、ねだるように俺の手の甲に、自分の手の甲を当ててくる。
 彼女が望んでいる行動は起こさずに、歩調だけ、少しだけ、ゆっくりとゆっくりと。
 そんな俺に焦れて、俺の手に指を絡めてくる香奈の様子を可愛らしいと思う。
 最初の頃は、こんな事だけで照れてしまい、手など満足に繋げもしなかったが、人は変われば変わるものだ。
「……空気が湿ってる」
 夏の匂いうんぬんはわからなかったので、とりあえず、そう答える。
「もうすぐ梅雨だしね。相合傘しようね」
「嫌だ」
 わくわくした瞳で俺を見上げてくる香奈を、ちらりと見下ろし――他の女子には怖いと評されるが――かすかな溜息とともに吐き出した。
香奈はふてくされた小さな子供のような表情で少しだけ強く俺の手を握る。
「どうせ、駅までだよ。いいでしょ?」
「嫌だ」
「いいじゃん」
「良くない」
 押し問答とはこういう事を言うのではないだろうか。
 付き合い始めてから、彼女のイベントへの執着心や、こういった細かい事への憧れは俺を疲れさせる。その疲れはテニスや武術をやった後のような爽快感こそないけれど、気持ちいいと感じてしまう類の疲れだとは口が避けても言わないが。結局、俺は、こんな我がままも香奈のものならば可愛らしいと感じてしまうようになっているらしい。
「俺が傘を持ったら、香奈が濡れるし、香奈が傘を持ったら俺の頭に当たるだろ」
 どちらかと言えば小柄な香奈は、俺が傘を持ったら、傘の位置が高すぎて、濡れてしまうだろう。
 また、香奈が傘を持てば、かなり高く上げないと俺の頭は傘に当たるだろうし、一応は彼女に傘持ちなどさせたくないと思う程度には、プライドはある。今、俺が車道側を歩いているように。レストランで、香奈を奥のソファ席に座らせるように。そんな、自己満足にも似た、マナーと言えばそれまでのものだけれど。
香奈は俺の言った事の意味がわかったらしく嬉しそうに笑って俺の手を引っ張った。
 思わず俺は立ち止って「なんだ?」と彼女を見下ろす。
「大好き」
 とても嬉しそうに笑う彼女に、俺は握っていた香奈の手を引いて歩き出す。
「でも、大丈夫。若の頭に当たらないように持つから」
 そう言い「だから、ね?」と香奈がねだってくる。
 どうやって断ろうか思案しているうちに、二階建てのこぢんまりとした前庭に、いつも花の咲いている香奈の家までついてしまった。
 無言だった俺をどうとったのか、香奈はひどく嬉しそうに笑っている。

 ああ、いつかは絶対に相合傘というものをされてしまうだろう。
 別に女を甘やかすつもりではなかったしイベントなどにも興味は無い。けれど、香奈が笑っているなら、まあいいか、と、そう思えてしまう。
「じゃあな」
 そう言って手を離そうとした俺の、その手を香奈は強く引っ張り、わずかに前のめりになった俺の頬へ、背伸びをして口付けた。
 それが終わると香奈は満足そうに笑って手を離す。
「また明日ね、若」
「チビ」
 急なことに、溜息をつきたい気分で刺々しくそう言い放つと香奈は、足りないように笑った。
「チビでも、ちゅーできればそれでいいんですよー」
 そう言った香奈は、本当に嬉しそうに笑い、そして、僅かに頬を染めて、じゃあね! と大きく手を振って玄関へ消えて行った。
 俺は苦笑して頬を撫でながら、久々に家まで送り届けた事を何となく感慨深く思って、もう一度香奈の家を振り返る。

 ◇◆◇

 六月一日の午前は快晴だった上に天気予報でも終日晴れだったのだが、午後から梅雨時という言葉と示し合わせたように雨が降っていた。
 常に折り畳み傘を常備している俺は、教室の窓にざあざあと音を立てて当たる雨粒を少しだけ眺め、教室内の「雨降ってンよ……」「最悪……」「傘持って来てない」「私は持ってきたー」「お前は置き傘だろ? 埃かぶってんじゃねえの?」「誰かのパクろかなあ」「雨止まないかな……」等と言う雑談を耳にしながら、今日の部活は体育館を使えるのだろうかとぼんやり考えた。

「日吉ー」
「鳳か……何だ?」
 呼ばれて顔を上げると、隣のクラスの鳳が、顔を出して、俺の名を呼んで手招きしていた。
 いかにも面倒だ、と言わんばかりに俺はのっそりと立ち上がりそちらへ歩く。湿った空気が纏わりつくようで、少し気分が悪い所為もあったと思うが、かなり不機嫌そうな声が出た。
 しかし、クラス内の女子の僅かに浮き立った声が聞こえてきたので、急いで鳳の腕をつかんで教室から離れる。鳳は身長も高く、顔も甘く、人当たりも良いので、テニス部二年レギュラーの中では一番人気があり、一緒にいると女子生徒がうるさい。
 半ば引きずられた鳳は少し情けない顔で俺について来た。それを確認するとすぐに手を離し――正直、香奈以外の人間の手など、しかも男のものなど長く触れていたいものではない――歩きついた階段の手摺に寄りかかりながら尋ねる。

「なんだ?」
「え、っと、今日はレギュと準レギュは室内の方で練習だってさ」
「そうか、わざわざすまないな」
「いや、それだけじゃなくて……」
 なんだかおどおどと話してくる鳳に俺は眉を顰めてその顔を見た。
 睨まれたと思ったのか、鳳は俺を見下ろしながら眉尻を下げた。
 まるで叱られた犬だ。
「いいからさっさと言え」
 階段を二段程昇り、高い位置に立った俺の声に叱咤されたように、ビクっと肩を竦ませる、鳳。なんだ、このシチュエーションは。俺が鳳を苛めているみたいじゃないか。
 階段から背を離して溜息を吐いてやると、意を決したように鳳は口を開いた。
「あの……日吉って折りたたみ傘もってたよな? 貸してくれない?」
「俺に濡れて帰れと」
「えっ?! いやっそうじゃない! そうじゃないんだけど……」
「結果的にはそういう事だろ」
まどかも俺も、傘持ってなくて……今日、一緒に帰るから、まどか、濡らして帰したくないし……」
 言い訳がましく言い募る長太郎の主張は我がままだったが、気持ちは解らなくもない。
香奈は必ず鞄に折り畳み傘を入れているから、俺はそういう心配が無いのだけれど、確かにテニス部の練習に付き合っていたら傘に入れてくれる友人は全員帰ってしまうだろう。男子テニス部は、氷帝内でも練習時間が遅く、必然帰り時間も遅くなる。
 鳳は困り果てて俺に頼みに来たらしい。全く、どいつもこいつも、男は女に弱い。
 師範の父と、のんびりとした母の力関係も、そういう所から来ているのだろう。

「解った。その代り、今度、練習付き合えよ。リターンだけ」
 意図してを浮かべ、階段上から鳳を見下ろすと、嬉しそうな顔が一転悲しそうな顔になった。サーブ以外は役に立たないと言ったようなものだから、さすがの鳳でもへこんだのだろう。俺にびしょ濡れになれというのだからこの位は当然の報いだ。
 下剋上まではいかないが、自分が優位に立っていると感じるのは気分がいいものだ。
 複雑そうな鳳に笑いそうになる声を抑えて、俺は自分の教室へと歩き出す。
「教室にあるから付いて来いよ」
「うん、ありがとう、日吉」
 まだ、少し情けなくはあったが、後ろから聞こえた鳳の声はどこか安堵したらしい声で、少しだけ笑った。

 午後最後の授業の前に香奈にメールを打つ。
香奈は、美術室などで俺の部活の終わりを待つことも良くあるけれど、今日は待たれては困る。俺に傘のない状況で雨が降っていれば香奈は絶対に相合傘をしたがる。俺は、それはなんだかしたくなかった。深い理由があるわけではないが、なんとなく、まだ嫌だ。俺が傘を持つにしても、折りたたみの傘でこの身長差ならば香奈の肩は濡れてしまうだろうし。

 “練習があるから、先に帰ってくれ”

 鳳には意外だと言われたが俺だって携帯くらいメールと通話程度には使える。アドレス帳はいまいち使いこなせていないが。そもそも、携帯がなるのが煩わしい。振動が煩わしい。連絡が来るかもしれないと思わなくてはいけないところが煩わしい。
 けれど、送ってすぐに香奈から返信があった。

 “待ってちゃダメ?”

 その文面を読んだ直後、待っていられても困ると返信しようと思ったが、国語教師が教室に入ってきたので、返信は出来なかった。
 授業が終わればすぐにホームルーム。そしてホームルームが終わり、部室に向かいながら【駄目だ】とメールしたいと思ったけれど、返信が煩わしくなって、やめた。
 そもそも、こういった電子機器は便利だとは思うが、面倒なのだ。

 体育館の二面のコートにネットを張る。半分はバスケ部が使っているために天井から仕切りの網が垂れ下がっていた。
 鳳が体育館の指定の場所に立てたポールに、樺地がせっせと用具室から持ってきたネットを俺が張るという流れ作業だ。今日は雨であったため、準レギュラーまでは強制参加だが、平部員は自由参加で、だからこういった雑用は必然的に二年の役目になる。
 体育館の上部にぐるりとある移動用の通路には男子テニス部を見に来た――というか跡部先輩に黄色い声を浴びせかけに来た女子生徒で溢れかえっていた。テニス部のコートは普通の生徒は入りにくいが、体育館ではそんな事もないらしい。声が反響してうるさかった。
 顔を上げると跡部部長と、目が合った。
 手伝う気もなく、女共のうるさい声に眉を顰めた俺を見て、跡部部長は笑った。
 今日こそ下剋上してやる。

 ◇◆◇

 皆がシャワーを浴び終えて、跡部部長と一緒に部誌を書き、部室の鍵を職員室へ返すと、結構な時間になってしまった。季節柄空はまだ夕刻という感じに明るくはあったが、流石にこの時間にもなると湿度よりも肌寒さが際立った。雨が降っているので余計にそう感じるのだろう。
 そうして三年の下駄箱前で跡部部長と別れ、俺と樺地は二年の下駄箱へ向かう。
「お前、傘持ってるか?」
「ウス」
 わずかにうなづく様子を見、少し頼んでみる。
  流石にこの冷たい雨に打たれて帰りたいとは、俺でも思わなかった。十中八九風邪を引くに決まっている。
「悪いけど駅まで入れてってもらえないか?」
「……ウス」
 俺が傘を持っていないことが意外だったらしく、樺地は少しだけ俺を見ていたが、こくりと頷いた。樺地を化け物呼ばわりしているくせに、こういった時には頼り、そしていい奴だなどと思う俺は都合が良いなと、苦笑したくなった。
 けれど、一度や二度技を見ただけでコピーできる能力など持っていれば、そいつは化け物だろう。俺の独特なフォームは、幼い頃から古武術をやっていなければ有効に働かないのだが、樺地は……まずい、イラついて来た。他人の能力に嫉妬してどうするんだ。
 俺は、俺だ。俺の力で下剋上するのだ。
「肩濡れちまうよな。悪い」
 下駄箱から靴を取り出し、上履きをしまいながら、内心を悟られないようにそんな言葉を吐くと樺地は少し黙った。それから昇降口をゆっくりと指差す。
「日吉、いる」
 主語も目的語も抜けた言葉に俺が首を傾げて振り返り、その指の指し示す方向を見ると―― い や が っ た 。

 さすがにもう帰っているだろうと思った俺が馬鹿だったのか。靴を履いている俺を見つけた 香奈が、飼い主を見つけた犬のように嬉しそうに笑う。
 そんな 香奈を見た樺地は「お疲れ様、です」と言ってさっさと帰ってしまった。 香奈は、そんな樺地に「お疲れ様ー」と何が楽しいのか手を振って見送っている。
 こうなったら、仕方がない。
 俺は靴を履き終えると、昇降口へ向い、柱に寄りかかって俺をニコニコと見ている香奈の頭をはたいた。
「いたっ何っ若?」
 少し拗ねた様に頭を押さえて見上げてくる香奈の頬が赤い事に気付き、俺は心底、溜息を吐いた。その様子に、香奈の肩がびくりと揺れる。
「め、迷惑だったか……」 「どれ位ここで待ってたんだ? 教室でも良かっただろ、待つだけなら」
 言外に、迷惑ではない、というニュアンスを滲ませて言うと香奈は照れた様に頬を擦って言う。
まどかちゃんから、レギュの練習終わったよってメール貰ってからだから……どれくらいかな」
 携帯を取り出して確認しようとする手は僅かに震えていて、携帯を取り落としそうになる。それを僅かに膝を落として、落下を阻止してキャッチする。
「さすが若。すごい!」
 すると香奈はやけに明るい笑みと無駄な拍手をくれた。その様子に、携帯を香奈へ渡しながら俺はまたも溜息。
「一時間半も待ってんじゃねえよ」
「すれ違ったら嫌だなぁって……ごめんね?」
 許しを請うように、申し訳なさそうに手を合わせて顔を覗き込んでくるものだから、窘める事も出来ない。
 何度目かの溜息を俺は吐いた。
「もう、いい。傘貸せ。鳳に傘貸しちまってねえんだよ」
「うんっ! ――あれ?」
 とても嬉しそうに笑って、頷き、鞄を探し始めた香奈の手がピタ、っと止まる。鞄を床に置き、中のものを一つずつ取り出してから、一つずつ全てをしまい直すと「今日に限って忘れてました」と、眉を寄せ、神妙そうに「悪魔の仕業だ」と言う香奈の頭を再度、軽くはたく。
 そして溜息。
 今日、何度目かなんて、もう数えていない。
 濡れて帰るか、どうしようか。
 俺だけなら濡れてもかまわないが、香奈を濡らすのは酷く戸惑う。
 理不尽な怒りを鳳に向けた後、職員室で忘れ物の傘がないか聞いてみようときびすをかえした、瞬間、空が光る。
 直後に轟音が響き、雷か、と ちらりと空を見上げる俺に衝撃が走った。

香奈に、まったく遠慮のない頭突きを食らって、しかもそこは鳩尾で、古武術をやっているとは言え、さしもの俺も思わず呻いた。
 何をするんだ! と叱り飛ばそうと相手を見た瞬間、けれど、そんな気持ちはなくなってしまった。
香奈は、僅かに震えながら俺に抱きついていた。普段なら、少し照れてしまいそうなシチュエーションだが、あまりに強く、すがりついてくるので、そんな気持ちすら起きない。
 震える香奈の頭をなだめるように撫でてやると半泣きの、怯えた小動物みたいな瞳とかち合った。顔面蒼白、という言葉を、今俺は本当に理解したと思う。
「雷、苦手だったのか……」
 傘で帰っていたら、往来でこの状況になっていたのかと思うと、傘を忘れた香奈に少し感謝した。
「大丈夫。学校には避雷針があるし、滅多な事じゃ落ちない大丈夫だから。落ち着け」
 そこでまた一つ稲光と、地面に振動が走るほどの轟音。
「だっ……もーやだぁっ……」
 最初の“だっ”の意味はよくわからないが、思わず漏れたらしい。同い年とは思えない、その様子に、半ば父親気分になりつつ、背を軽く撫で叩いて落ち着かせてやる。そういえば、俺の幼馴染は、台風やら雷やらは大好きではしゃいでいたなと、思い出す。
 恐怖で呼吸が速くなってしまい、足に力が入らなくなってしまっているらしい香奈を引きずって、仕方なく、校舎の奥に向かいながら話しかける。昇降口に比べれば少しは音も光もマシになるだろう。それから、意識を雷からそらせるために、顔を近づけて声をかける。
「そういえば、なんで鳳は有田と付き合い始めたんだ?」
 いきなりの俺の質問に香奈はきょとん、と俺を見上げた。
 思惑通り、雷から意識が逸れたようだ。名門氷帝学園中等部に所属しているくせに、こんなに馬鹿でいいのだろうかと、少し憐れな気持にならないでもなかった。
「え? ……っと、まどかちゃんがチョータにしつこいくらいアタックして、最後は泣き落としたって聞いたよ? ホントかしらないけど」
「……こう言っちゃ悪いかもしれないけど、俺はそういうのうざい」
「若、女の子が泣いても“ウルサイ”くらいにしか思わない感じする」
「そうだな」
「そこは否定しようよ」
「事実だから仕方ないだろ。大体、泣く理由が解らない」
「なんか、感極まっちゃうって言うか……?」
「感情に左右されすぎだろ」
「欲望に忠実よりマシだよ」
「どうだかな。俺みたいに理性的じゃないとな」
「すっごい負けず嫌いの癖に……感情的じゃん。若だって……けっこう子供っぽいし」
「ところで、雷やんだし、雨も小降りになってるから、職員室で傘余ってないか聞いてくる。腕はなせ」
「え? あ? うん」
 俺の言葉に、香奈はパッと手を離し、外を眺めた。そして「ホントだ……」と小さく呟く様子に少し笑う。
 いつの間に……、と首をひねっている香奈に昇降口で待っているように言い、俺は足早に職員室へ向かうと、忘れ物の、所有者不明の傘を借りて戻った。
 それを見た香奈は顔全体で不機嫌そうになる。
「なんで二本……」
香奈はかなり不服そうだった。
「二人いるからだろ。送ってやるからさっさと帰るぞ。今日も途中で降りて家まで送ってやるから」
 俺と香奈の家は路線こそ違えどさほど遠くない。自転車で十五分程度だろうか。まれに、香奈が学校帰りに家に遊びに来て、徒歩で送る事も珍しくない。
 飄々と言った俺のセリフに香奈は頬を膨らませた。
「うわ、ふぐみてえ」
 あまりに子供らしい仕草に呆れながら茶化して、香奈に背を向けて足を踏み出す。
「あっ! ちょっ……待って!」
 傘を差してさっさと歩き出した俺を必死で追う姿が何だかおかしくて、傘を持っていない手を香奈に差し出してやる。
香奈は一瞬だけ俺と、俺の手を見たが、すぐに笑ってやっぱり傘を持っていない手で俺の手を取り、歩き出す。

 何でも香奈の思い通りにいかせるのは少し悔しい。
 だから、ご希望の相合傘はもう少しお預けにしてやろう、とそんな事を思いながら、香奈の小さな暖かい手に指を絡めた。