君に傷つけられる。
 食後のまったりムード教室内で私は手のひらを……手のひらの中にあるものをじっと見つめてどうしようかなって悩んでいた。
 そこに、学食から帰ってきた赤也がやってきて、不思議そうに私を見る。
 少し首を傾げていたので、私も同じ方向にちょっとだけ首を傾げた。
香奈?」
 声をかけられた。
「ぅん?」
 声をかけ返す。
「何してんの?」
 聞かれた。
 手の中のピアスを赤也に見えるように転がしながら、私は溜息をついた。
「貰ったの」
「でも、香奈、穴開いて無いじゃん」
 赤也は、自分の耳たぶをつまんで、シルバーのピアスが光を反射した。
 右の耳に三つ、左の耳に二つピアスを開けている赤也は、流石にちょっと先生に注意されやすいけど、気にしてないみたい。
「ん。可愛いんだけどね……」
 キラッキラのスワロフスキーの小さなピンク色のハート形のクリスタルが淡いゴールドのポストにくっついてて、すごく可愛いピアス。
 何でも、この間、遊びに来たお兄ちゃんの彼女さんが、私に見繕ってくれたらしい。
 苺みたいな、さくらんぼみたいな、いい香りのお姉さんは、お兄ちゃんそっちのけで私にお化粧をしてくれて、髪の毛もコテで巻いてくれて、もう着なくなった服をくれて。
 そして後日、お姉さんがくれたピアスを、お兄ちゃんが困った顔で持ってきた。
「やっぱり、返した方がいいよね? 可愛いけど、つけれないんだし」
「プレゼント突っ返すってのも、ちょっと失礼っぽくねぇ?」
「赤也の頭に失礼って概念があるなんて知らなかった……」
「てっめ、俺を何だと思ってんだよ」
 怒った顔の赤也に、冗談だよ、ってちょっとだけ笑ってから、また手の中を見る。
 すごくかわいいの。
 すごくかわいいんだけど。
 ピアス。

 立海の高等部では、ピアスなんて珍しくも無いけれど、私はどうしても踏み切れない。
 だって、ねえ?
香奈、もしかして恐がってる?」
 赤也はにやり、と口の端っこだけをあげた、嫌な笑い方。
 すごく意地悪そうで思わず視線をそらす。
 何か弱みを握られたかもしれない。
「――〜〜別に? ただ、身体に傷つける必要も、ないでしょ……イヤリングだってあるんだし?」
 私の言葉を聞いているのかいないのか。
 赤也が、ちょっと笑ってるのが解った。
「ビビリ」
「……るさい」
 だって、注射だってスキじゃないのに……針が貫通するなんて想像するだけで怖い。痛い。
 というか想像しただけで痛くなってきた。
「開ける前に痛そうな顔すんなよ」
 くっく、と喉を鳴らして赤也が笑う。それから、駄々をこねる小さな子供を宥めるみたいにぽんぽん、と頭を撫でられた。
 教室の中でそんなコトをされて変な噂になったらどうしてくれるんだ、と私は急いで赤也の手を払った。若に比べても、それなりに世渡りも上手くて、テニスがとても巧い赤也は、子供っぽいところも含めて、立海の高等部ではかなりモテる。

 若も、氷帝の高等部で、女の子に人気があったりするのかな。
 不安は尽きないけれど、三日に一度は必ず電話をして、お互いの近況を報告して、電話の向こうで優しく笑ってくれるから、そんな不安はすぐに無くなる。
 ただ、やっぱり、昔ほどまめには会えなくて、それが、とても寂しいけれど。
 私がピアスを睨んだまま喋らなかったので、赤也は大きく、わざとらしく溜息を吐いた。びく、と思わず肩が揺れる。
「別に、赤也の手が汚いとか思ってるわけじゃないよ?」
 私の言葉に、赤也が面白そうに、アリスのチェシャ猫みたいに笑う。
「わぁーかってるって。――授業まで二十五分あるな……よッし、来いよ、香奈
 教室の上にある時計を見た赤也が、子供っぽく、にっこり笑って、ピアスを乗せていない方の私の手を無理矢理握って強引に椅子から立たせてくる。若以外の人の体温にちょっとドキドキしてしまったけど、赤也が女の子の手を取ることなんて普通のことだし、過剰反応しちゃいけないって言い聞かせる。そして、赤也は、来いよ、と手をひっぱってきた。
 え、なに?
 どこへいくの?
 強引な手のひらと、赤也の笑顔と、さっきまでの会話を思い出して、びくびくと内心で怯えてしまう。

 なんか、ぜったい、

「いや、いかない」
 ぶるぶる、と首を横に振ると最近、少しだけ染めた(あんまり明るいの、きっと若は嫌いだと思うから、ニュアンスが変わる程度にちょっとだけ)髪の毛がふわふわ揺れてほっぺたに当たった。

 いや、もう、わかってますよ!
 自分の顔が引きつってるなんて!
 だからって、そんなに嬉しそうな顔で私の腕を引っ張らないで!
 サドだ!

 すでになんかもう泣きそうな私と、すっごいイイ笑顔の赤也。
「あ、あかや……ほんとやめて……」
 懇願。
「やーだね」
 ベロを出して、心底楽しそうに笑う赤也。そういう子供っぽい仕草や表情がとっても良く似合うのは知ってるよ。
 でも、今はそんな事どうでもいい。
 赤也のひっぱろうとしている教室の出口とは反対側に逃げようと力を込めると、私の手首をびくともしないまま掴んだ赤也が「俺から逃げられると思ってンの?」と、それはそれはすごくすごく楽しそうで。
 私は最終兵器を発動準備。
「――泣くよ?」
 というか、すでに半分発動しかけていて、私の声は震えていて、教室内の注目度八十パーセント。超高視聴率。
 これ、赤也だからフザけた感じになってるけど、これが若だったら修羅場にしか見えなくて大変だろうなって思ったりした。

 この状況で、さすがに赤也もバツが悪そうに頭をかく。
 でも、私の手は離さない。
「なあ? 別にピアス開けんのって痛くないよな?」
 そうして、近くに居たクラスメイトの女の子に赤也は笑顔で尋ねる。
 あ、まずい、聴衆を味方につける気だ。
「うん。最初ちょっとちくっとするだけだよ?」
 私たちの話の内容に大体当たりをつけたクラスメイトに笑顔で説明される私。
 そのちくっていうのが怖いんですよ。肉に針を刺すなんて、マゾですか? ナントカ民族の儀式ですか?
「なんだ、小曾根ピアスあけんの?」
 近くにいた男の子も、どうしたどうしたと興味深そうに声をかけてくる。
「彼氏からピアスもらったけど、ホール開けんのが怖いんだって」
 うろたえてる私を笑って、ビビリだよなー、って笑う赤也。
 ていうか、彼氏からじゃないよ!?
 勝手に創作しないで……と愕然としていると、それを聞いたクラスの女の子が「小曾根さん、別にそんなに恐がるほどじゃないよ? 折角、彼氏がピアスくれたんなら、しないと可哀想だし」なんて、私を説得モード。

 私は泣きそうになりながら、売られる仔牛の気持ちで教室から引きずられていきました。
 ドナドナドーナードーナー……
 そういえば、牛も、産まれたらすぐに耳にタグつけられるんだっけ。

 ◇◆◇

「ピアッサー? ああ、持っちょるよ」
 未開封のピアッサーを二つ、赤也に向って放る仁王先輩。
 赤也は私の手を離さないまま、もう片方の手で二つとも器用にキャッチした。
 というか、一年の三階の教室から二年の二階の教室まで、ずっと手首を引っ張られたままだった私はものすごーく居心地の悪い視線を全身で受け止めるハメになった。何度も言いますが、赤也はファンクラブとまでは言わないもののおっかけ? みたいな子達がたくさんいる。そういう子たちの視線が全身に刺さってそりゃあ、痛いのなんのって……もう。
 赤也がピアッサーのお金を払おうとするのを私が制そうとして、仁王先輩が「金なんかいらん」と笑った。そうしたら赤也が「貢物ッスか! モテる男は違うッスね!」と茶化して、今度は近場にあった古語辞典を仁王先輩が赤也に投げつけて、片手で私、片手でピアッサーを持ってる赤也は一瞬反応が遅れて、思いっきり顔面で辞書をキャッチしてた。痛そう。
「開けるんじゃろ? この辺の教室じゃと、教師に見つかるかもしれんからついて来な」
 未だに居心地の悪い私と、いてぇー……と私の手を引っ張ったままうずくまる赤也に、詐欺師スマイルを見せた仁王先輩は、使われていない教室に、案内した。なんだか、針がねっぽいもので、その教室のドアを開けていたのがすごく気になる。
 でも、そんな事を気にする間もなく椅子に座らされて、ちっちゃな、マキロンみたいなので耳を濡らされて、もう、ほんと……あああ、なんだか、どんどん話が進んで、どんどん舞台が整えられていく……。
 身体に穴をあけるとかなんでそんな怖い……
「まだ何もしてないじゃろ?」
 カチンコチンに固まった私に仁王先輩ですら呆れた声をかけてくる。
 でも、だって、勝手に血の気が引く。
 こわい。
 赤也がペンで穴を開けるところにマークをつけて、ピアッサーを私の耳に……
「や、やっぱヤだ……やめよ……?」
 赤也に訴える声が震えてしまう。
 ほんと、ほんと恐いんですけど……!
 苦笑してピアッサーを持つ赤也の手を凝視する私に、仁王先輩が背後から真田の張り手の方が痛いから安心せぇとか何とかそんなことを言ったけど、私は真田先輩に頬を張られたことなんて一度もないので比べようもない。
「んな怖いなら、目、瞑ってろって。あと、動くなよー、危ないから」
 止める気、全くナシ!?
 こわいこわいこわいこわい……!!

 ぎゅっと目を瞑った瞬間、ガチャという感じの、思ったより軽い感じの音が耳元でした。
 じわり、と痛みが耳に広がった。
 じんじんして耳たぶがあったかくなったみたいだ。
「ほら、もーいっこは日吉くんにやってもらいな」
 呆然とする私の手に使っていないピアッサーを乗せながら赤也はもう使えなくなった用済みのピアッサーをゴミ箱へ放った。ナイスシュートだったけど、そんなのを褒め称える余裕はなかった。
「痛そうだし、無理すんなって。怖かったんだろ?」
 樹脂製の透明なピアスが突き刺さった私の右耳を人差指で少し撫でてから赤也が笑う。笑うとこじゃないと思うんですけど。
 でも、今すぐ、もう一個、なんて。
 無理!

「わ、わかった」
 頷くだけ頷いて、二度と使わないだろうと思いながらも、押し返したら今すぐ赤也にもういっこ穴をあけられそうでピアッサーをぎゅうっと手で握る。
 赤也は仁王先輩と話があるからって私に先教室へ戻るように言った。
 私は頷いて、それから、仁王先輩にお礼を言って、二年の教室を後にした。
 風に触れるだけでも耳がじんじんと痛い。

 ◇◆◇

 みょーに楽しそうに笑う仁王先輩を睨む。
「よぉ、我慢したの?」
 きゅ、っと目を瞑った香奈は、恐怖からか睫毛が震えていて、針を押し込んだ瞬間、痛みに小さく唇を噛んでいた。
 超可愛かった。
 本気で超可愛かった。
 可愛すぎてむかついた。
「いいんッスよ。俺が香奈の処女耳奪ったんで」
 正直に言うと何も良くねぇけど。香奈は日吉君の彼女だし。
「右だけじゃろ?」
 からかってくる仁王先輩が真剣にむかつく。
「お初はもらったんでいいんですってば! ……あーちくしょ。鈍感女……!」
「そういうところも好いとるくせにのう」
「うるさいっス」
 仁王先輩が物凄く可笑しそうに笑うから、俺は色んな事にほんっきでムカついてきた。
 日吉君より先に、オレが香奈に会ってれば、って思う。
 正直、ドラマとかみたいに、奪ってやりたくなる。
 あんな、古武術テニス野郎……いや、まあ、テニスは上手いけど。……のどこがいいんだよ。と、思う。
 のに。
 日吉君の事を話すときや、日吉君に会った次の日の香奈は、ホントにビビるほど綺麗だし。
 香奈が幸せならそれでいいんだ、なんて思えねーけど。
 オレは、生まれて初めて、ある意味、心底からの敗北感と言うか“俺じゃ絶対に叶わない”つーのを感じ取っていたりする訳で。
 いや、本気になれば、違う意味で日吉よりオレを好きにさせることは出来ると思うし、日吉とは違う意味で幸せに出来るとも思うけど。

 でも、少なくとも、オレは、香奈にあの笑顔はさせらんないと思う。
 だから。
「いいッス。あんな顔、見れたんで」
 そう。いいんだ俺は。
 ぜってー日吉君と別れるとかになったら香奈は絶対泣くだろうし。無理に別れさせて付き合ったとしても絶対後ろめたいって思いそうだし。
 つか、香奈のことを思って身を引くとか、俺かっこよくね?
「紳士じゃのう」
「イイ女紹介して下さいよー」
「俺はお前ほどモテやせん」
 超大嘘じゃん。

 ◇◆◇

 若に部屋で待っているように言ってから、ママが作ったシフォンケーキを切って、ディップ皿にゆるめの生クリームをよそって、紅茶を淹れて準備万端。
 テニスの練習が早く終わったという若は、学校でシャワーを浴びて、そのままうちに来たらしいので疲労回復にいいかなと思って市販のチョコレートをオマケにつけて。
 私がお菓子と飲み物の乗ったトレイを持って自分の部屋に戻ると、若は、フローリングのクッションに腰掛けて本を読んで待っていた。
「おまたせ」
 と言うと、少しだけ顔を上げて「ああ」と小さく頷く若。本は手放さないまま。
 そんな仕草も、懐かしくて、ローテーブルにトレイを置いてから、読書の邪魔にならないよう、後ろから若に抱きついた。
 シャワーを浴びたからか、若からは清潔な石鹸の香りがして、何だかそれだけで愛しいと言うのでしょうか、そんな気持ちが溢れてしまって困る。
「何だよ」
 なんて、ちょっとぶっきらぼう。
 でも、少し身じろぎしただけで、腕を払ったり、逃げたりしない。それが、なんだか、とても嬉しい。大好きだなぁって思う。
「好きな気持ちが溢れたの」
「馬鹿だろ」
 私の言葉に、若は本当に少しだけ笑って、抱きしめられるままに、だけど本のページを片手で押さえて、もう片方の手で、若を抱きしめている私の腕を軽く撫でた。そんなちょっとした触れ合いが嬉しくて、幸せ。
 若も、少しは寂しいと思ってくれてたんでしょう?
「何読んでるの?」
 少し身を乗り出して若の肩越しに読んでる本の文章を見ようとすると「東亰異聞。小野不由美」と簡潔な返答。私も社交辞令的に聞いてみる。
「面白い?」
「屍鬼の方が好きだ。俺は」
 答えながら、若はしおりの紐を開いていたページに挟んでから本を閉じて、ローテーブルに置いた。
 その本を目で追うと、若が私の腕の中でゆっくり振り向いたので、私は抱きしめていた腕をそっと離して、フローリングに腰を下ろす。
 じ、っと。
 若の切れ長の目が、私を見て。
 何だろう。
 そんなふうに見られると緊張するんだけど……
香奈、耳」
 若が、自分の耳を指差して、やっぱり、簡潔に聞いてくる。
 曖昧に頷いて返すけど、なんだか、若に見つけられたのが恥ずかしい。
 若、ピアスとか好きじゃなさそうだなって、いうのも、あるけど。何か、恥ずかしい。
「――ん……あの、知り合いの、お姉さんに、ピアス、もらって……それで……」
 隠すように右手で耳を抑えながら言うと、若は目を眇めた。
 不機嫌とは違う表情だけど……これは、訝しい……って感じかな。
「右だけなのか?」
 聞きながら、耳を押さえる私の手に、若の手が触れる。
「え、うん……赤也が、左は若にやってもらえって……なんでだろうね」
 そこで、若が、不機嫌な雰囲気になったのが何となくわかる。ちょっとだけ、目を細めて、ピアスを眺める視線が刺々しい。
 若に初めて会う人は睨まれてると思うだろうな。これは、若的には、まだ睨むって領域じゃない。
 けど、不機嫌ではあるようです。
「切原がやったのか?」
 声が刺々しい。
 若の視線が、居心地が悪くて、耳に添えていた手を、ゆっくり下ろして、若の肩の上に、機嫌をとるみたいに置いてみる。
「……ぅ、ん?」
 ちょっとだけ頷く私を見て、大きく溜息を吐く若に、思わず身体が震えた。怒られるのがイヤというより、折角、久々に二人でいられるのに、不機嫌にさせてしまったことが、申し訳なくて。
 どうしたら若の機嫌が直るかなって困ってたら、右耳のピアスに、若の指先がそっと触れた。
「変な事されなかったか?」
 若のセリフに、ちょっと苦笑してしまう。
「……赤也って、若に信用無いんだね」
 いくらなんでも、赤也が可哀想だと思うけど。
 若は、少しだけ眉間に力を入れて、ゆっくり私の耳のピアスから手を離した。
「何かあってからじゃ遅いだろ」
 なんて、パパみたいなこと、言ってる。赤也には悪いけど、若のこういう嫉妬しちゃうトコとか、可愛いなって思って、私は大事にされてるなぁって実感する。それが嬉しくて、ちょっと笑っちゃったら、若が、眉間にしわを寄せた。
「そんなことしないよ、赤也は」
「そんなにあいつを信用してるのか?」
 私が赤也をフォローすると、若の声音に刺が混ざる。
「……若のヤキモチやき」
 可笑しくって、でも嬉しくって、笑ってしまう。
 ヤキモチやきな若も大好きだよ。今、そう言ったら、嫌そうな顔をされそうだから、言わないけど。
 不機嫌そうな若だったけど、溜息を吐いた後は、ちょっといつも通りに戻った。
「悪かったな。……で、あるのか?」
 あるのか? 何が?
 首を傾げて若を見ると、若は顎を軽く上げた。
「何……? ……あ……うん。ある、けど……い、痛いから、やだな……」
 少し尖り気味の顎を勺って示されたのは、右耳のピアス。
 若の言ってる事の意味がわかって、でも……だからビビる。
 だって……痛かったし……。

「切原にはやらせたのにか?」

「その言い方、ずるい」
 本当に、その言い方、ずるいよ。
 私は少し若を睨んでから、仕方ないなって気持ちで苦笑して、ちょっとまってて、と告げる。
 部屋を出て、仁王先輩に貰ってからリビングの救急箱に仕舞いこんでいたピアッサーと消毒液を取り出して、部屋に戻る。
 若と向かい合うように座って「ちゃんと右耳と同じ位置に打ってね」って念を押しながら若にピアッサーと消毒液を渡す。若は受け取ったそれをローテーブルに置いてから、私の顎に手を添えて、ちょっと乱暴に顔を上げさせる。でも、痛くはなくて、一応、若も力加減してるのかな、なんて思ったり。
 若に顎を持たれたままで、しっかり目が合う。
 何となく、居心地が悪くて目を瞑ると、若に耳を撫でられて、くすぐったくてちょっと笑ってしまった。
 そうこうしているうちに、ピアッサーを耳たぶにあてられる。
 胸が縮むような感覚に、思わず、身体がびくっと震えた。
「動くなよ」
 無意識に、縋るように若のシャツの裾を握ったとき、聞き覚えのある軽い音が耳のすぐ傍で鳴った。
 それから、じんわりと、痺れるように広がる痛み。
「やっぱ、いたい……」
 うめきながら目を開けると、どこか満足そうな若の顔。
 針が刺さったばかりの耳を撫でられて、ちょっとだけ若を睨む。
 痛いのに……サドめ。

 でも。
 赤也の時は痛いだけだったのに。
 若だと。
 なんだか、嬉しいなって。
 若が私にしてくれたのが。
 すごく嬉しい。
 このピアスホールは大事にしよう。
 若が、私につけた傷痕。
 大事にすれば、死ぬまで残るもの。

「今度は、こっちに来いよ。似合いそうなの、買ってやる」
 若は、撫ぜると言うよりも、触れると言うよりも、掠める、という表現が近い感じで何度も、自分の付けた傷を確かめているようだった。
 私は、わずかな熱と痛みを感じながら、よくわからないけど、胸いっぱいに広がった幸福感に笑う。
 若、ピアスとかしないくせに、私には買ってくれるんだ、とか、ちょっと可笑しい。
 ちょっとマゾなのかな……傷つけられて、喜ぶなんて。
 でも、赤也の時はただ、怖かった。

 でも。
 若だから。
 嬉しいのも。
 幸せなのも。
 全部。
 若だから。

 全部、若がくれてるんだよ。

「可愛いの、買ってね」
 返事の変わりに、今つけられたばかりの傷に、若が唇を落とした。