| 雑貨を手にした香奈は見ているだけでも楽しいのか色違いのものを手にとって並べてみたり、目の高さまで持ち上げてくるりと回してみたりしている。 俺がこういったものに興味のないことを理解しているからか、早く選ばなければという気迫みたいなものが、その楽しそうだけれど忙しない香奈の動作から伝わってきて面白い。 陶磁器の重そうな筆洗いを両手で持っているのを少し離れた場所で眺めていると、 ふいに気付いた。 香奈の指が細い、という事に。 それは不健康な意味ではなく、まだどこか子供の面影を残した柔らかそうな指は、健康的な日本人らしい薄いオレンジを帯びていて、綺麗に整えられた小さい爪はつやつやと薄い桃色を溶かし込んだ乳白色をしていた。 唐突に気付いたそれに、動揺めいたものが胸中を占める。今更だけれど、今更だからこそ、驚いた。 ほとんど無意識に自分の手を見下ろし、今度は自分の指の太さを知る。 こんな事で俺と香奈の性差に気付き、なんとなく不思議になりながら、まめを潰したせいで硬くなっている自分の指の根元の皮膚を指先で辿る。硬い感触が自分の指先を反発するような手触り。 息を吐いて腕を組み、香奈が商品を選び終えるのを待ちながら、彼女の柔らかい手がためらいがちに、けれど色々なものに触れていくのを見守り、細い指がしなやかに動くさまを眺めていた。 ただ見ているだけなのに香奈の指の動きが強烈な何かで直接心に焼き付けられ、その動きに脳の一部が熱くなる。そして、あれに触れたいと願い始めた自分に気づく。 やっと選び終えたのか、香奈は先ほど触れていた陶磁器のつるりとした白い筆洗いを手にするとレジへと持っていく。 「買い終わったか?」 商品の入った紙袋を手に、やって来た香奈に問う。 「ん。とりあえずココで買える物はコレで終わり」 またせてゴメン、とひらひらと振る香奈に気にするなと首を横に振りながら、香奈の手の中にあった紙袋を奪う。慌てて自分で持つからと言い出す香奈に言葉を返さないまま、彼女の手のひらの柔らかい皮膚を撫でてから、華奢なそれを握る。 そうしてから、さほど人通りの多くないショッピングモールを外へと向って歩き出すと、香奈はもう自分で持つとは言い張らずに、ありがとうと伝えてきた。 その言葉に被せるかたちで、言う。 「お前、手、小さいよな」 大きさを確かめるように、何度か指の腹で滑らかな香奈の手の皮膚を撫で、手のひらを軽く握りこむと、香奈が俺の手を握り返してくる。 「若が大きいんだと思うよ。テニスやってる人って、手が大きそうなイメージ」 「そうか?」 うん、と頷いた香奈は、機嫌よさそうに俺の隣を歩いている。 不思議なものだ、と、思う。香奈の手指はふわりとして柔らかく、手に心地よい感触だけれど、俺の手は硬く、香奈の手には俺の骨や筋や硬い皮膚が当たっているだろう。それでも、香奈は俺に手を取られるとそれが当たり前のように受け入れるし、香奈自身が俺の手を取ることもある。 「これからどうするんだ?」 「これからどうしよっかー。お腹減ってる?」 いや、と答えると少し思案した香奈が、きゅっと俺の手を握ってきた。それから細い首を傾げて俺の顔を覗き込むようにして視線を合わせてくる。その仕草は香奈の癖で、おそらく香奈は俺がその仕草を何となく好んでいることを無意識に感じているんだろう。 「じゃ、もーちょっと買い物に付き合ってもらってもいい? 新宿行きたい。つや消しメディウムと白い絵の具と筆買いたい」 無駄に物品を告げながらのその申し出には、短く肯定返してやる。 ありがと、と嬉しそうに香奈が笑い、繋いでいる柔らかな手で俺の硬い手を持ち上げた。そうして香奈はやはり柔らかくすべらかな、繋いでいないもう片方の手を、持ち上げた俺の手の甲にかぶせた。触れた体温は、すぐに離れて、香奈はまた手のひらを下におろした。 その体温を名残惜しく思いながら、香奈の歩調に合わせてゆっくりと歩いていく。 少なくとも俺は、とても小さい子供ならばともかく、男の手をとろうとは思わない。それは俺が男だからなのかもしれないが、少なくとも、フォークダンスで男子が余ったために女子側に回されたやつと俺は極力手を合わせないようにしたものだ。試合での握手となればそれはまた別問題だが、特に率先して男の手を握りたいとは思わない。 今まで、当たり前に香奈と手を繋いでいたけれど、何だか今日はそれが特別な行為に思えてきて、少しだけおかしい。 二人で手を繋いで歩きながら、とりとめのない話をすることが、俺にとって当たり前だという事実。それがとても贅沢なことだと気付いて、それに慣れきっていた自分に、恐怖に近いものと喜びに近いものが綯い交ぜになる。 二人でこうやって手をつなぐ事は、もう、特別ではない。特別なことではないからこそ、特別ではないことが、特別なんだと、噛み締めるように思う。 俺が香奈以外の女と、もし手を繋ぐ事があっても、それはただただイレギュラーなことで特別でも当たり前でもない。 香奈だから、俺と手を握ることが当たり前で、それは特別で、とても幸せで贅沢なことなんじゃないだろうか。 「若ー?」 先ほどから口を噤んでいた香奈が、野外に出るなり唐突に俺の名を呼び、注意を引かせる。視線を香奈へ向けると、彼女は嬉しそうに笑った。 「あのね、今すごい幸せかも」 「馬鹿か」 まるで俺の思考を読んだかのようなタイミングで告げられた香奈の言葉を、乱暴な単語で乱暴に蹴散らす。そんな俺をたしなめるように、硬い節くれだった手を、香奈はその細い指と柔らかい手のひらとをもって包み込むように強く握った。 |