| やってしまった。 白いまな板にぽたりと赤い血が落ちる。 あとからあとから溢れてくるので蛇口を捻って傷口の血を洗い流してからキッチンペーパーでぎゅっと押さえる。 「えーと、絆創膏。ばんそーこー」 さて、絆創膏はどこにしまったんだっけ。 「香奈、お前、何やってるんだ?」 「っわ?!」 絆創膏を探し始めた私に、背後から声が掛かる。 氷帝の大学に進学した私の恋人とは、今年の春から一緒に暮らしていた。 ていうか、一週間くらい前から。 私の方が帰宅が早かったので、腕によりをかけてご飯をつくって、若を驚かせようと思ってたのに、私の方が驚いているとは、これいかに。 仕方がないので振り返って血の滲んだキッチンペーパーを巻きつけてある指を見せる。 若は眉に皺を寄せて馬鹿なやつとでも言いたそうだった。 「絆創膏なら、電話の……ああ、いい、俺が取る」 途中まで説明して、でもそれ以上説明するのが面倒になったみたいで、若が動いた。 電話を乗せているキャスターの引き出しから救急箱を取り出した若は少し大きめの絆創膏と少し小さめの絆創膏を手にとった。 「座れ」 命令です。 命令に素直に従ってる私は若に調教を受けた犬のようです。 ソファに座った私の手に、若の大きな手が重ねられる。 若は床に膝を付き「見せてみろ」とまたも命令。 「ん」 軽く頷くと傷口を押さえていた手を離すと、若が血止めに使われたキッチンペーパーを取り払った。 途端にじわじわと血が滲む。 若は一瞬でどちらの絆創膏を使うか判断すると、切り傷用の薬をチューブから指にとって傷口に塗りつけ、あっと言う間に絆創膏を巻いた。 「ありがと」 「ドウイタシマシテ」 うわーすごく適当だ。 でもまあ、いっか。 「何笑ってるんだよ」 救急箱を片付けながら、若が変な物でも見るような眼で私を見た。 「今日のご飯はカレイの煮つけと水菜のサラダといんげん豆の白和えと豆乳味噌スープ……の予定。キライなものあった?」 「ない」 「好きなものはあった?」 「鰈の煮付けは好きだ。味付けによるけどな」 そっかそっか。じゃあ、頑張って煮付けましょう。 なんて、もうほとんど終わってるんだけど。 若の為にご飯を作るって、自分の為に作るよりずっと楽しい。 おばさん程じゃないけど、若に美味しいって思って貰えるご飯を作るのが目標。 だけど。 美味しいって言ってくれても不味いって言っても、若は出された物は全部食べてくれる。 隠し味は愛なんて言うけど、どちらかと言うと、若の私への愛ってヤツが、私の料理を、美味しくても不味くても、全部を食べるっていう行動に繋がっているんじゃなかろうか。 とか。 「だから、何笑ってるんだよ」 「若と居ると、すっごい幸せだから。笑っちゃうんです」 「馬鹿か」 膝を床に着いていた若は私の怪我をした指先に軽く唇を押し付けると手を離してゆっくり立ち上がった。 「香奈――夕飯、楽しみにしてる」 ああ、もう、ほんと、嬉しすぎる。 腕によりをかけるからね! 「但し、余り気合入れて怪我するなよ」 反論どころか、ぐうの音も出ませんでした。 |