| 日吉家の若さんが、私の座っているソファの前の、床に腰を下ろしてローテーブルにティッシュを二枚敷いて爪を切っています。 お風呂からあがった私は何となく俯きがちなその左肩に左足のふくらはぎを乗せてみたりしてみました。 「香奈、お前……人を足台にするな」 にべもなく言い放ちながら、爪を切り終えた若が、自分の肩に乗っている私の左足を撫でた。 さわさわと、触れるか触れないかの位置。 「、……っ」 くすぐったくて、我慢しようと思ったら、鼻から息が漏れてしまう。 それを聞いた若が笑うものだから、吐息がかかって更にくすぐったい。 「くすぐったいです、先生」 素直に言ってみる。 「香奈が、俺を足台にしたからな」 反省しろ、とか、そんな事を言いながら、若はそっと私の足に顔を寄せて、何度か軽くキスした。 色素の薄い、若のさらさらの髪が私の皮膚をくすぐって、とうとう私は身悶えながら、くすぐったいを連呼して掴まった足を逃がそうとばたばた暴れるハメになってしまう。 そんな私の反応が面白いのか、更には切りそろえたばかりの爪を立てるようにして指先で足の裏をくすぐってきやがります、若様。 腹筋が痛くなって涙出てきたくらいで「もーしません!」と私が訴えて、やっと若はくすぐるのをやめてくれた。 けれど、 「っ……ちょ……なーめーなーいーでー」 くすぐるのやめてくれたと思ったら今度は囚われの私の足に舌を這わせ始めました、若さん。 結局くすぐったいんだけど。 でも、それよりも。 「ちょ、ホント、やめっ」 懇願混じりに言うと「香奈?」なんて、何か問題でも? みたいな声で。いじめっこだ。それでも、唇をふくらはぎの柔らかいところにくっつけたままの若に、小さな子供を落ち着かせるように優しく撫でられる。 ちょっと言いづらいなぁ、とか思いつつ。 「――えっちぃ気分になるからです」 素直に答えてみます。恥ずかしい。ちょっと顔が赤いかもしれません。だって、なんか熱いし、心臓、ちょっとどきどきしてるし。全力二十メートル走くらいかな、これは。 そしたら、若がまたちょっと笑った。 で、また人の脚を舐めるんですけど、この人。 「……えろし」 ぼそり。 「っい、!」 噛まれた。 噛まれました。 「噛む事ないじゃん……」 「香奈が変なことを言うからだ」 そんなふうに悪びれないで、若は言って、赤く歯型がついた所を、今度は親猫が仔猫にするように優しく何度も舐められる。 まあ、えっちぃ気分はおかげで吹き飛びましたけど。 「えろしじゃなくてメトセラだ」 はー、と息を吐いてソファの背凭れにぽすんと背中を預ける。 若はやっぱり私の足を撫でながら。 「知らない」 「あー、そっか、若、ヤングアダルトノベル読まないもんね。吸血鬼みたいなものかな」 「いや、十二国記は読んだ。その前に屍鬼を読んでたしな――あと、香奈が大泣きしてた乙一とか」 「若、泣かなかったね」 「男は、滅多に泣くべきじゃない」 なんて、すごく若らしい。 ちょっと笑ってしまう。きっと若には泣くような内容じゃなかったんだろうな。 「そんな事ないよ。お兄ちゃん、一緒に映画観た時とか泣いてるよ?」 「好きな女の前でも?」 「し、しらない、けど……」 返事に詰まる私に、若はやっぱり少し笑って。今日はちょっと機嫌がいいみたいで、肩から私の足を下ろすと、切断された爪の死骸をティッシュに包んで立ち上がった。それをぼーっと見上げる。 若がゴミ箱にティッシュを捨てて、私の座ってるソファまで戻ってきた。大きな右手を伸ばされたので、ちいさな左手で握ってみた。ぐい、と手を引っ張って、私を立ち上がらせる若。 夜中にトイレに起きちゃった子供同士みたいに手をつないで、二人して、てとてとと寝室へ向いつつ照明を落としてリビングを後にする。 「続きはベッドで?」 冗談めかして聞いてみる。ちょっと照れが入ってるのが自分でも解って。 若は照れてる私に、なんだか機嫌良さそうに。 「女王様のお望みのままに」 茶化しながら答えた。 |