| 若菜ちゃんと龍星くんを寝かしつけて、パソコンで仕事をしようと電源を入れたら、デスクトップに見慣れないフォルダがあった。 簡潔に“写真”とだけ名付けられている。 仕事で使った、今までの店舗内装の写真は、現場の名前のフォルダで保管してるし、少なくとも私が作ったフォルダじゃない。 何だろう? と思ってカチカチとクリックしてみると、中には更にいくつかのフォルダが入っていた。 カーソルを画面上で滑らせて、“寝顔”と名前でほとんど内容を予測できるフォルダをまたクリックすると双子ちゃんの寝顔や何かが沢山入っていた。 私の撮ったものと、若の撮ったものが日付順に並んでいる。 若菜ちゃんと龍星くんが六カ月くらいになった頃に新しく買ったデジタルカメラは人間の目には判別できないほどの画素数で、一枚一枚のファイルサイズが異常に大きい。けれど、親馬鹿な私は、少しでも綺麗に若菜ちゃんと龍星くんの一瞬一瞬を、こうやって切り取って大事にしたかったから、若に相談して、相場よりちょっと高めのものを、安く売ってるお店で買った。 一時期は「香奈。 お前、写真家にでもなるつもりか?」と呆れられるほど若菜ちゃんと龍星くんの写真を撮りまくっていた。自動追尾オートフォーカス機能や手ぶれ・被写体ぶれ補正機能や動体解析機能があるのに、もう何が映ってるのかわからない写真も量産して、若に呆れられたりとかしてた。最近では、前よりも写真を撮る回数は減ったけれど。 最初はカメラにはまりまくっていた頃の私が撮った若菜ちゃんと龍星くんの写真がいっぱいで、もう、わかりやすいほど親ばかな視線ばっかりだった。 けれど、途中から、若が撮ったらしい写真が増えてくる。 若菜ちゃんと龍星くんが、変な体勢で絡まって寝てる写真とか、私が若菜ちゃんをあやしていて一緒に寝ちゃったときの写真とか、若菜ちゃんがはいはいしてる途中でローテーブルの下で力尽きて寝ちゃってる写真とか、仕事が終わって机で寝てしまっている私の写真とかまで入っていた。写真撮る暇があるなら毛布かけるとか、ベッドにつれてくとか、してくれてもいいのに。 今度、仕返しに若の写真を撮ってやろうと思いながら。 若の目から見た私たちというのがすごく新鮮で、しかも、なんだか、すごく愛されちゃってるなって写真からも不思議と伝わってくる。 すごい、優しい視点。 若菜ちゃんの写真も、龍星くんの写真も、私の写真も、全部、見てるだけで、撮影者の被写体に対する愛情が、伝わってくる。 何だか温かい気持ちが心の中に、噴水みたいな勢いで溢れてくる。 「もー……」 触っちゃいけないのに、何だか恥ずかしくて液晶画面にそっと手をついて、俯き加減で額も画面にくっつける。 からかうつもりで私の写真まで、撮ったのかもしれないけど。 こんな視線で見られてるなんて、思い知らされたら、違う意味で恥ずかしいよ。 ねえ、若、いつもこんな視線で私たちを見てるの? 写真を見ているだけで、なんだか、若の腕に抱きしめられているような感じが、してしまう。 彼の心音さえ、思い出して。 向日先輩とかに「日吉が小曾根のこと、こんなふうに言ってた!」とか報告されたときみたいな、なんか、恥ずかしいのと照れるのと嬉しいのが混ざったような、そんな気持ちになって、勝手に顔が熱くなるのがわかった。 ああ、もう、ホント、好きすぎる。 本人もいないのに、勝手にときめいて、心臓がちょっと元気になってきたりとか。 写真って、すごい。若の、撮っている人の、感情まで伝えてくれるなんて、すごい高機能。若が私たちを、こんなにやさしい目で見てくれてるなんて、知らなかった。 「もー……ホント大好きだ、馬鹿若」 思わず呟いた言葉は、誰も聞いていないのに、照れくさくて、思わず“馬鹿”とかつけちゃったり。 「誰が馬鹿だって?」 急に背後から聞こえた、ダンナサマの声に悪い事なんか、隠す事なんか一つもないのに驚くほど身体がビクンとはねた。 顔を上げられないまま、なんだか、私だけこんなに恥ずかしいような気持ちにされてる事が悔しくて、ちょっと刺々しく聞いてみる。 「なんで、まだ起きてるの?」 「香奈が起きてるからだ」 なにそれ。 そう思ったけど、すぐ後ろに若が立ってるのがわかって、恥ずかしくて顔が上げられない。 大体、若の所為だよ。 若が、こんな、写真撮るから、恥ずかしくて顔、上げられない。 「で、日吉香奈さん? どこの誰が馬鹿だって?」 意地悪。サド。聞こえてるくせに。その前に言った言葉だって、絶対聞こえてるくせに。わざと聞いてくるなんて。馬鹿若。略してばかし。言わないけど。ていうか、本当に恥ずかしいよ。 ああ、あなたが、こんなに優しくてこんなに愛しい視線で私たちを見ていたなんて。 そんなこと、知ってしまったら、恥ずかしくて顔なんか上げられない。 きっと、振り向けば、ちょっと意地悪気に笑った若がいるんだ。 「若、写真家になればいいよ」 悔しい。 私ばっかり、なんか恥ずかしくて。 私だって、若のこと、大好きなのに。 なんか、わかんないけど、悔しい。 こんなに、愛してる目で、見られてた、なんて。 今まで気付かなくて、それも、悔しくて。 ああ、もう、ホントに若が好きだ。 「は?」 「ああ、でも、私たち以外もこういう視線で見なきゃ駄目だよね……それは無理か」 「香奈、何言ってるんだ?」 不思議そうというか、訝しげな若の声に「なんでもない」と返す。 気付かないものなんだなぁ……。 いつも、若と一緒に居るのに、こんなふうに、客観的に、若が私たちを愛してるんだって、見せられると、照れるよ。 黙ってると、デスクの上のパソコンから少し離れた場所に、若はそっとマグカップを置いた。湯気と共に薫ってくるのは、今、私がはまってるホットワインレモネードの匂い。若は、私がこうやって夜遅くまで仕事をする時は、紅茶を淹れてくれたり、ココアをいれてくれたりして、言葉じゃなくて態度で頑張れって言ってくれる。 けれど、若は、今度は私を包むようにデスクの縁に両手を置いて、その行動に私は、ますます顔を上げられない。前にはパソコン、左は若の左腕、すぐ後ろに若、右は若の右腕、と完全に包囲される。 今も、若は、この写真を撮った時のような、こんな優しくて温かい視線で私のことを見ているんだろうか。とか。思うと。本気で照れる。 顔が勝手に俯いて、ずる、と額を画面上で滑らせた。 「液晶なんだから触るなよ」 画面に添えている私の手に若の手が重なる。ちょっとひやっとしたけど、すぐに馴染んで、私たちの体温が混ざってく。 ああ、本当に若が好きだ。 そう思えることが嬉しい。 あんな視線で見つめられていた事が、嬉しい。 好き過ぎて、困るくらい。 「香奈、どうかしたのか?」 それでも無言の私に、最初のからかい口調は消えて、少し心配そうな声音で聞いてくれる。 私が画面にくっついてる所為で、若には何も見えないから、何が起こってるかわからないみたい。 「香奈?」 呼ばれたけど、ああ、なんだかもう、恥ずかしすぎて。 何も応えないでいる私の首筋が、若の溜息にくすぐられる。 心臓の鼓動をおさえるために、ゆっくり息を吸って、吐いて。 「若、私のこと大好きなんだね」 くやしくて、恥ずかしくて、嬉しくて、そう言ってやる。 私だって、若が大好きなのに。 世界中に散らばってる“愛”というものを精一杯かき集めても、きっと、私が若に伝えたい愛には届かないんじゃないかって思う程、大好き。 今度、絶対に若の写真を撮ってやる。 それで、若も、こんなに私が愛してるってことを思い知ればいいんだ。 「耳を真っ赤にさせて言う台詞じゃないな」 でも、その言葉に、若は照れたりとかはしなかった。 私の耳たぶに唇をくっつけて、面白そうに若は応える。 「それに、今更だろ?」 勝ち誇ったような、耳に吹き込まれた その声。 「仕事の邪魔だからどっか行っちゃえ」 なんて言ってしまって。 照れ隠しだってバレバレのその台詞に、若が可笑しそうに、くって喉を鳴らして笑ったのが聞こえた。 |