| ひざの上に若菜を乗せた香奈は、ソファに腰を下ろして冊子を捲りつつ「若菜ちゃんはどれがいいと思う?」などと聞いていた。 けれど、若菜はうとうととしていて、香奈の言葉など耳に入っていないようだった。もうそろそろで、少し前に眠ってしまった龍星の後を追いそうな感じの若菜だが、抱き上げて部屋へ運ぼうとするとぱっちりと目を開けて起きていることをアピールしてくる。 若菜は今、夜更かしにはまっている。余計なことを覚えたものだ。 もともと寝起きが悪いのに、最近は輪をかけて悪い。一緒に寝ればいいのかと、俺も香奈も就寝時間を早めて一緒に寝てやったのだが、そうではないらしく、俺たちがベッドに入って眠っても、若菜は部屋の電気を消すと、何をそんなにと思うほど嫌がり、怒った。 実力行使で寝かせようとした時は、色々と大変だった上、五回に四回は、さらに眠る時間が遅くなったので、香奈は、九時を過ぎても若菜をベッドへは運ばずに、ひざの上に乗せている。朝は無理やりに、普段どおりに起こしているので、寝つきの良い若菜は、遅くなれば睡魔に勝てず勝手に寝てくれる。とくに大好きな泥遊びをした日は、興奮しすぎて疲れるのか、夕食後にすぐに眠った。香奈が泥のついた洗濯物と格闘しなくてはいけないため、毎日それをさせるわけにもいかないのが難点だ。 眠いために半目になっている若菜は人相が悪い。刀の切っ先で切れ込みを入れたような目元は、可哀想なほど俺の子供のころにそっくりだった。けれど、着せられている寝巻きは、妙に少女趣味な、白と薄灰を基調として濃い桃色の刺繍やら飾りやらの施された柔らかなものだったので、性別不明な幼児に見える。 伸ばしている髪は、香奈が毎朝結っているが、龍星の服を着て髪を切れば、若菜はほとんど男に見えただろうと思う。 「んー?」 俺が二人を眺めていることに気づいた香奈は、視線を上げて不思議そうに首をかしげた。俺は、集中できていなかった、塾生の提出したプリント採点を止めて、尋ねる。 「何見てるんだ?」 「通販の母の日特集。お義母さんに何贈ろうかなって。若は何がいいと思う?」 そんなことで悩んでいたのかと呆れるような気持ちで答える。 「別に、そんな気を使わなくていい」 「そういうわけにも、いかないでしょ。いっぱいご迷惑かけてるし、いっぱい助けてもらってるし。カーネーションじゃぁ、普通すぎるかなぁ。粉引きのまな板皿が欲しいって言ってたことがあるけど、でも、あんまりお金はかけられないし」 真剣に悩んでいるらしい香奈へ向け「じゃあ、俺もお義母さんに何か贈るか」と言うと、香奈はうつらとしている若菜の頭を撫でつつ「うん。きっと喜ぶよ、ママ」と微笑んでから「お義母さんは、何が好きかなぁ?」と、再び俺に尋ねてくる。 「お前なら何を貰ったらうれしい?」 逆に聞き返したが 「えっ別に何もいらない。いつもお世話になってるし」 全く参考にもならないし、返答の方向がいつものことながらずれていた。 仕方がないので、家の掃除を手伝うととても喜ぶぞと答えたが、配置も何も知らない人に手伝われても引っ掻き回されて困るだけでしょ、と苦笑を返された。 「お庭の草むしりとかならいいかもしれないけど少しはお金をかけないとね」 と続けてから、香奈はあることに気づいたようだった。 笑みの形に細めた瞳で俺を見る彼女に、軽く首肯を返し、おかしなポーズで寝入っている若菜をそっと抱き上げてベッドまで運んでやる。 眠っているときは何か不思議な化学物質でも分泌しているのではないかと言うほど、凶悪に愛らしい。起きてしまえば、とくに若菜は、俺や香奈とは正反対と言いたくなるほどのマシンガントークとわがままで、とても疲れるのだけれど。 それでも、眠っているときは、その頬に思わず触れたくなる。若菜の中にある、俺の遺伝子がそうさせるのか、それとも、幼児と言うのはすべからく魅惑的な頬を持っているのか、父親だという意識が、これは俺の血を引いた子だという意識が、俺にそう感じさせるのか。わからないけれど。 結局、俺の家へは、母の好きな銘柄のアイスクリームを沖縄の甲斐さんに送ってもらい――香奈と同業の平古場さんに頼んだところ、何故か甲斐さんが送ってきてくれた――、祖母の好きな魚を漬けたものを取り寄せ、持って行ったようだった。喜んでもらえてよかったー、とにこにこしている香奈と、アイスクリームは自分のものだと勘違いしていたために少しむすっとしている若菜と、いつも通り香奈にべったりとして絵本の朗読をねだっている龍星が、リビングでごろごろしている。 昼食は香奈の実家で、夕食は俺の実家で、一日中あちらへこちらへと移動していた双子は、テニス時の越前リョーマ並にテンションが上がっていたが、帰宅した途端にだらけはじめた。疲れたのだろう。 ちなみに、朴念仁の俺が選んだカーネーションの花束を、お義母さんはこんなの初めてもらったわと喜んでくれた。少なくとも表面上はそう見えた。お義兄さんは「ちょっと若君見習ってよ」とお義母さんに言われ「若君、余計なことしなくていいから」と俺に八つ当たりのようなものをしてきたが、まあ、親しんでもらえている証拠だろう。おそらく。たぶん。おおよそ。からかわれているのかもしれないが。 龍星にねだられ、絵本を探そうとし始めた香奈に気づき、腕時計で時間を確認する。 「若菜、龍星、今日はお父さんと風呂に入ろうか」 それなりの時間になっていることを知り、香奈の行動をとめるために問いかける。 ソファに腰を下ろし、何故かバタ足の練習をしているように見える双子は、俺の言葉に二人ともドラマチックなシマリスのようにこちらを見た。 ソファ横のマガジンラックを物色し始めていた香奈が、不思議そうに俺と子供たちへ、交互に視線を送る。 普段はどちらがどちらと入るかなどを四人で話すのだが、断定に近い形の俺の言葉を不思議に思ったのだろう。「どうしたの?」と尋ねてくる。 それに答えずにいると、双子が、気に入りの風呂場用玩具を持ち出していそいそと俺の元へやってくる。風呂に入る気満々だ。香奈は、そんな俺たちの様子に左右に首を傾げてから「いってらっしゃい」とリビングから送り出した。 風呂場では、若菜はにこにこと機嫌が良さそうにしていたし、龍星はきちんと俺との約束を守ったとアピールするように、両手を重ねて自分の口元を隠す。幼いけれど、二人ともきちんと言い聞かせれば理解する。今日のアイスクリームの件は、少々てこずったが、それでも若菜は最終的には泣くことをやめたし、納得しないまでも我慢はしていた。まだ幼いのだから、納得までは望まない。 さて、風呂から上がってからが勝負だ。勝負ではないけれど、それでも勝負だと真っ先に考えるあたり、中学の頃から俺は、あまり変わっていない。これは、俺の人格の基本が、という意味だけれど。多分、本当の根本の部分というのは、あまり変わらないのだろう。ということは、若菜はきっと、大きくなっても前向きで、龍星は根本的には臆病なままなのだろうなと、想像する。 風呂上りに、若菜は裸で駆け出したが、タオルを投網に見立てて捕まえた。そして、若菜の髪をドライヤーで乾かしてやり、リビングに戻る。龍星は、自分でやる! と譲らなかったので、香奈に任せて好きにさせてやった。そこまでは普段どおり。 ただ、若菜が、やたらと強引に風呂に入れと香奈に言ったことだけが、少しの不安だった。しかし、そんな若菜に不思議そうにしていた香奈は、俺が嫌っているため滅多に使えない入浴剤の使用許可を貰ったので、嬉しそうに入浴の準備していた。 ただの入浴剤だけれど、そういったことに素直に喜ぶ姿を見ると、まだ香奈は二十三なのだな、と変に実感する。もう二十三と思うこともあるけれど、まだ二十三と思いもするのだから、不思議なものだ。 人生を八十年とすれば、きっと、まだ二十三歳なのだろう。俺だって、子供のいないこと、結婚をしていないこと、学生であることを勝手に前提とされて、年嵩の人間に会話されてしまうこともある。既婚者で社会人で子供がいると説明すると、大抵驚かれる。最近は説明する必要もないことが多いので訂正することも少なくなったが。 香奈はまだ、多分に幼い部分がある。 その所為か、俺は、彼女の精神やら肉体やら人生やらを蝕んでしまったのではないかと、ふと考えるときがあった。 コウノトリを信じている、魔法使いを信じている、正義の味方を信じている子供に現実をつき付けるような、そんな据わりの悪さと、罪悪感に似たもの。 実際、香奈はそれほど純粋でもないし、色々な経験を経て、人を疑い、護るべき家族の為に他者を切り捨て、自分を保つために手を抜く、そんな普通の人間になっている。家族なんだから、という言葉を、彼女はもう使わない。家族であろうが、信じることすら出来ないこともあるのだと、香奈は知ったようだった。 それでも、単純な素直さが、特に俺といる時に顔を覗かせる。元来彼女は性善説を信じているような、そんな馬鹿だった。褒められれば喜んだし、悲しいことがあればすぐに涙し、幸せであればそれを素直に伝えてきた。けれど。彼女は賢くなった。それがいいことか悪いことかはわからない。 たかが二十三年。けれど、俺と出会ってから十一年間で、やはり、香奈は変わった。俺も、きっと表面上は、変わった。 双子も、これからどんどんと変わっていくのだろう。天真爛漫だった子供は、人の顔色を見て、感情を隠すようになり、付け入られる隙をなくすために簡単に人に気を許さなくなる。親が、大人が絶対ではないと知るだけではなく理解するようになる。世界には悪意と善意が混ざっている。悪意に怯えすぎれば善意を見失うし、善意だけを見ていれば悪意に殺される。 今、ここで、笑っている子供たちが健やかに育つように祈るばかりだ。 「おとうさん、若菜とってくる!」とパジャマ姿で大きく挙手した若菜に、うなずきを返しながら、そう思う。 「龍星と一緒に、しっかり持っておいで」 そう言いながら、息子の背を軽く押し出し、ベランダに向かう双子の背を眺める。 さて、これから大急ぎで双子と、準備をしなければ。 ゆっくり入っていいと言ったので、香奈は一時間近く浴室にいるだろう。少なくとも三十分は入っているはずだ。 保冷材を放り込んでおいた発泡スチロールの箱を、若菜と龍星が楽しそうに運んで来るのを眺めながら、俺は簡単に室内を飾り付け始めた。 ◇◆◇ 悪戯が成功したみたいな、そんな子供っぽい若の顔だった。 私は髪をブローしたまんまの、化粧水のコットンパックを終えたばっかりの、ヘアバンドで髪の毛を上げた半そでのパジャマ姿で、目の前の光景を見つめる。 龍星くんは、今、私の目の前で読み上げた手紙を、小さな手で、床の上で折ってから封筒に入れて「はい、どうぞ」と私に差し出した。 びっくりしすぎて、どう反応していいかわからなかったけど、差し出された封筒を受け取ったら、勝手に涙が出てきた。 咄嗟に龍星くんを抱きしめて、涙をこらえて鼻を啜らなくちゃいけないほど、混乱する。混乱してる。なのに、やばい、すごく嬉しいって、混乱してるのに、勝手にそう湧き上がってしまう。 私の行動に、若菜ちゃんが不安そうに「まま?」と私に声をかける。答えてあげたかったけど、なんかもう、喉震えてるし、鼻水でそうだし、答えられなくて。なんか、うなづくみたいに頭を動かすことしか出来なかった。 そんな私がおかしかったのか、若が、くっ、て喉を鳴らす。 睨もうとしたけど、目が潤んでそれどころじゃなかった。 「ママは、若菜と龍星がお祝いしてくれたのが嬉しいんだよ」 若が、なんかおかしそうに説明しながら、心配そうにそわそわしてる若菜ちゃんの頭を撫でる。そんな、お父さんな若の仕草にも、今更なのに感動みたいな、よくわからないけど、感極まったって言うか、よくわからないけど、涙が出てくる。どうしよう、止まらない。 すごい、本当に嬉しい。 嬉しすぎる。 母の日をしてもらえた事もだけど、こんなに大きくなってた事が嬉しくて。こんな母親だけど、でも、二人とも、こんなに優しい子に育ってくれて、なんかもう、言葉に出来ない。 心臓が死んじゃう。 ちょっと、三人とも様子が可笑しいなとは思ってたけど、思ってたけど。こんな、こんな。 龍星くんが「まま、いいこいいこ」って頭を撫でてくれて、もう人を慰めることが出来るんだ、って知ったら、子供の成長の早さに感動した。 もう、ホントびっくりした。リビングに出た瞬間、なに、これ。もう。サプライズとか、馬鹿にしてたくせに。私が一所懸命色々やっても、馬鹿にしてたくせに。ずるい。若は、ずるい。子供たちまで使うなんて、卑怯者だ。泣かないわけないじゃん。 「泣いてないでさっさと蝋燭吹き消せ。ケーキに蝋が垂れる」 若の優しくない言葉に涙を拭きながら頷いて、心配そうに覗き込んでる龍星くんに笑って見せる。どうしよう、本気で嬉しい。そっか、私も、お母さんなんだった。 何故か、急に若菜ちゃんが歌いだして、若がそんな若菜ちゃんをだっこして部屋の電気を消した。私は、暗闇が怖くて情けない可愛い顔をしてる龍星くんを、さっきよりちょっと強く抱きしめた。 「はっぴばーすでつーゆーはっぴばーすでちゅーゆーはぴばーすでーでぃあまーまーはっぴばーすでつーゆー」 ノンブレスだし、若菜ちゃん、それ、どこで単語が切れるかよくわからないよ。しかも、今日は母の日だから、その歌は間違ってるよ。誕生日の歌だよ、それ。若菜ちゃんってば、ああ、もう、可愛いなぁ……。 若菜ちゃんの歌いっぷりに思わず顔がほころんでしまう。カーネーションのエディブルフラワーが飾られた“ママ、いつもありがとう”とチョコで書かれたケーキには、火のついた蝋燭が五本立っていた。 たぶん、若菜ちゃんたちがお腹にいた頃から数えてってことなんだろうなって気づいたら、なんか、タイムスリップして、中学生の小生意気な若に、あなたはこんなに気のつく優しいお父さんになったんだよって伝えて、怒るまでからかいたくなった。だって、絶対若じゃない。こんなの。誰かに入れ知恵されたのかな、って思ったけど、でも、それでも嬉しい。 私の誕生日だって、子供たちも若も全然お祝いしてくれないのに――あ、それで拗ねて、去年は毎年やってた若の誕生日のパーティを、簡単にしかやらなかったから、焦ったのかな。ホントは、私の誕生日には、ちょっとだけ優しくしてくれてることに気づいてはいたんだけど……あーもー若ってほんと…… ケーキが食べたくて仕方ない若菜ちゃんに「はやくけして!」とお願いされて、息を吹きかけて蝋燭を消――あれ? 消えない。 何度かチャレンジしたんだけど最後の一本がどうしても消えない。酸欠で頭くらくらしてきた。 「下手」 我が家で私に暴言を吐くのは捻くれた若さんか、怒ってる若菜ちゃんか、拗ねてる龍星くん。今回は当たり前のように若さん。 「意外と難しいんだよ」 って言うと、若菜ちゃんが鬼の首でも取ったみたいに「ママへたくそー!」って言って、龍星君が「だいじょうぶです」と、よく解らないけど慰めてくれた。本当、若は言葉に注意して欲しい。若菜ちゃんも龍星くんも、馬鹿って言葉をよく使うの、絶っ対に若の所為なんだから。 最後の一本は消したがった若菜ちゃんに吹き消させてあげて、みんなでケーキを食べた。若菜ちゃんたちは絵をプレゼントしてくれて、現金だけど、お母さんになって良かったなぁ、って涙が出るくらい幸せになった。きっと、若菜ちゃんや龍星くんには、私がこんなに嬉しいことは伝わってないと思う。だって、子供の頃の私がそうだったから。 でも、いいや。二人とも、大きくなって、自分の子供に教えてもらえばいいんだ。 昔、一生幸せなんて来ないと思ってたときがあったけど、死んでしまいたいって、思ったことがあったけど、生きてて良かった。本当に良かった。 学生出来婚だし、周りの人に、いっぱい悲しいことも言われたけど、頑張って良かった。もう、これで一生分報われた気がする。 なんかもうハイテンションになっちゃって、眠くなくなってしまった私に、若が呆れた表情をしてから、双子ちゃんを寝かしつけてくれた。みんなで一緒に寝たかったけど、なんかもう、今なら一晩中起きてても元気かもしれないって思うくらい、嬉しい。 子供たちは、若に促されてやったんだろうけど、若も、私が拗ねてたから仕方なくやったんだろうけど、やっぱり、それでも嬉しい。大好き。みんな大好きだ。若を産んでくれた若のご両親も大好きだ。今、本当に生まれてきてよかったって、心の底から思う。この幸せを知るために、私はパパとママの間に、女と言う性別を持って産まれて来たんだって、そんなことを思っちゃうくらい、みんな大好きだ。 寝室のベッドで、修学旅行で興奮してる小学生みたいにゴロゴロしてたら、子供たちが眠ったのか寝室にやってきた若に「暴れすぎだ」と苦笑されてしまった。 さすがにベッドでゴロゴロ転がってるのを見られたのはちょっと恥ずかしくて、慌てて身体を起こして、落ち着くようにって、髪を指で梳く。と、若と目が合って、なんだか勝手に顔が笑ってしまった。 そんな、ハイテンションな私を「嬉しかったか?」って、ベッドに腰を下ろした若が横から抱き締めてくれた。私の嬉しいのが、きっと若に感染してる。 左手でお腹の辺りを撫でられて、いつものことだけど、なんで若は私のお腹を撫でるんだろうって、ちょっとだけ思う。でも、今はそんなことは、どうでも良かった。 「嬉し死にするかと思った……ていうか、現在進行で嬉し過ぎるー……っ」 声が震えてしまっていた。若がおかしそうに喉を鳴らしながら、お腹に当ててた手に力を入れてくるから、その鍛えられた胸に寄りかかる。 龍星くんと若菜ちゃんの書いてくれた手紙と、二人の描いてくれた絵を抱き締めて、若にいっぱい撫でてもらう。俯いた私の顔を背後から覗き込むようにした若が頬に軽くキスをしてくれる。 さっきまではお父さんモードだったのに、もう恋人モードになってる若。さらさらの髪が頬や首筋に触れて、くすぐったい。なんか、私も若専用モードに切り替わってしまう。 「若、どうしよう。私、若や若菜や龍星がすっごい好きかも……ほんと、もうすっごい好きかも。みんな愛してるよぅ……」 口に出してたら、また、感情が高まって、だーって涙出てきた。もう嬉し涙が止まらない状態。 二人の成長が嬉しくて、優しさが嬉しくて、言葉が嬉しくて、気持ちが嬉しくて……もう駄目だ。ホントに嬉し死にする…… 「俺からのプレゼントは何がいい?」 可笑しそうな、優しい声で、若が聞いてくるのにふるふると首を横に振る。 こうやって労ってくれたこと、こうやって一緒に居てくれること、こうやって抱きしめてくれること、それだけで充分すぎる。もう本当にこれで充分だから。これ以上何か貰ったら幸せすぎて死んじゃう気がする。ていうか、母の日は感謝するだけでお祝いするんじゃないんだってば。ほんと、若、わざと曲解したでしょ。子供たちまで騙して。 若は、少しだけ、声のニュアンスだけで笑いながら「じゃあ、俺がもらってもいいか?」と冗談めいた台詞と一緒に、首筋にちゅ、って音のするキスをされた。そんなこと言われて、そしてその行動に、若が何を言っているのかがわかる。その恥ずかしさに顔が熱くなる。 「ばかぁッ!」 「大きい声を出すな。二人が起きるだろう」 うなじにいくつもキスを落としてから、耳たぶにその柔らかい唇をくっつけてたしなめられる。苦笑気味に、言われたけど、だって、若があんなこと言うのが悪い。 折角の幸せムードが……もう、ホントに若って――。 溜息が勝手に漏れてしまう。 ホント、もう……仕方ない旦那さまだ。苦笑して「ちょっとだけならね」と、ちょっと笑いながら若の顔の方を向いて、ふいうちでちゅってその唇にキスをする。 それを合図にしたみたいに、するりとパジャマのシャツの裾から入ってきた若の手にびくっと身体が勝手に震えてしまった。 「ちょ、ちょっとストップ。これ、ちゃんとファイルして仕舞っ……」 シャツの下にもぐりこんできた手で直接お腹を撫でられて、言葉を遮るように柔らかいキスをされる。それが、どんどん……なんか、若のキスっていたぶられてるみたいな気がする。他の人としたことがないからわからないし、洋画だとすっごいのしてたりするけど、なんか、そんな感じがする。 それなのに、やわらかくて、メントールの香りの奥に、さっき食べたケーキの味がするような気がして、甘い。 だめだ、流されてしまいそう。 クシャ、と音を立てた双子の手紙にとろけそうになっていた思考が甦る。 「だめ……」 キスしたまま、もごもごと口の中で言ったのに、若はシャツのボタンに手をかけようとしてくる。 だけど、手紙を抱き潰しちゃいそうで、怖くて。 でも、頭がふわふわして、ああ幸せだなぁって感じて、気持ちよくて、もっとキスしてたくなってしまう。 「……てがみ」 もう一度、なかば無意識に、キスしたまま何とか言うと、若が私の手から手紙を奪ってサイドボードに置いたみたいだった。 心配事が一つなくなった私は、身体ごと若を振り返って、その首に腕を回す。 一度、呼吸の為にか、唇を離して、今度は若菜ちゃん達にするみたいに軽く唇を触れ合わせて、そのまま。 「いつもありがとう」 なんだか、こそばゆい。ちょっとだけ笑って、どういたしましてって返そうと思って口を開いたら、また柔らかい舌がその隙を見逃さないようにはいってくる。 いっぱいキスしてから、自分でパジャマのボタンを外しながら下着を着けていないことを思い出して恥ずかしくなって、中途半端に手が止まってしまう。 シャツを脱ぎ去った若が、子供にするみたいに私の手を取って、一つ一つボタンを外して、ああ、なんだかすごくドキドキする。 赤い顔を見られないように俯くと、額に軽くキスされて、もう一度。 「いつもご苦労様。お母さん?」 そのセリフにちょっとふきだしちゃったりした。 こんなふうに労ってもらえて、感謝してもらえて、私は本当に幸せだなって、本当に本当に満たされた気分で、でも、このまんまじゃ悔しすぎるから、言い返した。 「父の日は覚悟しててね」 若は、仕返しするみたいに、軽く私の唇に噛みついた。 |