ある夏の日の日常。
 太陽がキラキラして、真っ青な空が綺麗な朝だった。
 子供たちは、今日はお友達と、そのお姉さんを保護者にして市民プールに遊びに行った。
 心配だからって付いて行こうとすると「恥ずかしいからママは来ないで」と言われてしまって、その成長が嬉しくもあり寂しくもあった。
 子供のプール以外は駄目だよ? って念を押して、お願いしますと送り出したのが二時間前。
 お部屋の掃除や子供たちが成長日記をつけている朝顔の確認や洗濯物や食事の準備や、普通の主婦なら毎日やっていることを一気に片付けたのが三十分前。
 少しだけ絵を描いたけれど、若がリビングで溜まった本の一気読みモードに入ってたから、なんとなくその横に座ってみる。
 若は何も言わないで、だから、カーテンが風に揺らされる音と、チリンチリーンと綺麗な風鈴の音と、じーわじーわと鳴くセミの声が良く聞こえて、ああ、夏だなぁって、なんだかいいなぁ、って思った。
 本を読んでる若の膝に、甘えつつ頭を乗せてみたら、ちょっと飼い猫を撫でるみたいだったけど、さらさらと頭を撫でてくれて、幸せだなぁってしみじみ感じる。
 若菜ちゃんたちの朝顔の花時が過ぎたらみんなで色水を作って絞り染めでもしようかな。きっと楽しい。
 しばらくぼーっとしてたら、撫でてくれる若の手の動きが止まって、ん? と若を見上げると、うとうとしてた。昨日も夜遅くまで仕事してたもんね。
 寝るのに快適な温度というには湿度も気温も高すぎるけれど、うとうとしてる若は珍しい。
 もう、成人した男の人だからこそ、そんな仕草がすごく貴重でとても可愛いなって感じる。
 やっぱり私は幸せな気持ちになって、一緒に寝ちゃえと目を閉じた。

 寝汗が気持ち悪いのと、玄関のドアが開く音とで、意識がゆっくり浮上する。
 ああ、子供たちが帰ってきたのかな。
 そう思ったけど、目を開けるのが億劫で、もう少し、もう少しって目を閉じていたら、またさらりと若に頭を撫でられた。あ、起きてたんだ……
 カチャ、とリビングのドアを開ける音と、小さな足音が聞こえて、ああ、やっぱり子供たちが帰ってきたんだ。
龍星くん、ママとお父さん、寝てるから、しーっだよ」
 起きようと思った瞬間、若菜ちゃんがそんな事を言うから、なんとなく狸寝入りしたまま、どうするのかなって好奇心も沸いてきたりして。きっと、若もそうなんだろうな。
 水着の入ったビニールのプールバッグを、そのまま洗濯用のかごにいれてるのが、ドアを開けた音とか二人の会話でわかる。
「マm……お母さん、寝てるから、ひよこ持ってこよう」
 龍星くんは頑なにママと言いたがらない。三歳くらいの時は、まだ、“ママ”って呼んでくれる事の方が多かったけど、最近は半々くらい。
 そのうちオフクロ、とか呼ばれちゃうのかな。
 それはそれで楽しみかもしれない。
 ちなみに、ひよこ、というのは、ひよこの可愛いイラストのタオルケット。
 夏の間の子供たちの昼寝に使っているのだけれど、どうやら、二人はそれを昼寝に使われている仕事部屋の押入れから引っ張り出そうとしてるみたいだった。
「届かないぃ!!」
「ばか。イスもってくればいいんだよ」
 しー、とか言いつつ結構な大声を出してる若菜ちゃんに苦笑しちゃったり、若にそっくりな物言いをする龍星くんに噴出しそうになったり、狸寝入りも結構大変だ。
 若もそうだったみたいで、ちょっと声を出しちゃった私をたしなめるみたいに小さな声で「香奈」と呼んで軽く爪を立てる感じで髪を梳かれた。
 しばらくして、タオルケットを引っ張り出せたみたいだけど、同時にドサドサッとかボトッと何かが落ちる音がして、どうやら、無理に引っ張った所為で他のものも落としてしまったよう。
 落としてしまったものを上手くしまえなくて、悪戦苦闘して、ちょっぴり喧嘩してるのまで聞こえてくる。
 けれど、最後には二人とも「ママとお父さんが起きたらごめんなさいしよう」と結論をだしたらしい。
 ああ、いい子だなって思うのは私が親ばかだからかな。
 それとも、いい子なのは若が怖い所為かな。
「よいしょっ」
 若菜ちゃんが――ドサッと乱暴にタオルケットを私の上に乗せて、龍星くんがその手荒さを叱って、丁寧にかけなおしてくれる。
 のはいいんだけど、若にもかけようとして、どうしてもタオルケットが私の顔を塞いでしまう。
 一枚のタオルケットじゃ、どうしても小回りが聞かないから、それは仕方のないことなんだけど。
 結局私の上半身と、私の頭を乗せてる若の膝から下あたりをタオルケットで覆うことで妥協した龍星くんは、若菜ちゃんに「はやく彰吾くんち遊びに行こ?」って言われて、ふたりそろってドタバタと家を出て行ってしまった。
 きちんと玄関のドアを施錠したガチャリと言う音に、ああ、私の言ったことをちゃんと覚えてるんだ、偉いなって笑いそうになる。

「んー……可愛かったね」
 よいしょ、ともぞもぞ起きだすと、若が「幼いなりに色々考えてるんだな」と感心したように応えた。
 素直に、可愛いって、頭いいって褒めちゃえばいいのに。
 ちょっと天邪鬼な言い方に笑っちゃって、それから立ち上がってぐーっと身体を伸ばす。
「寝汗かいちゃった。シャワー浴びてからお昼ご飯作るね。あの子達は跡部先輩のトコで彰吾君と食べてくるだろうし」
「俺も早くシャワー浴びたいんだけどな」
 若も少し気持ち悪そうにシャツの襟をつまんでて。
「じゃ、一緒に入っちゃおうか?」
 とか、冗談で言ったら。
香奈がいいなら?」
 と、ニヤリ笑いつきで返されて。
「やっぱ、無理」
 て、答えると、若は少し笑って「馬鹿。わかってる」と答えた。
 ああ、からかわれた。
 ちょっと悔しかったので「今日の、お昼はジェノベーゼソースのパスタね」って言ったら「夕飯は和食にしろ」ってちょっと不服そうに若が言って、何だか可笑しくて笑っちゃう。
 可哀想だから、若がシャワーを浴びている間に、プチ家庭菜園に美味しそうに生った水茄子を収穫して、冷麦でも作ってあげよう。
 それから、子供たちの水着を洗濯して、夕方になったら若と一緒にお散歩にでも行こうかな。