ぼく……俺の母さんは楽しそう。 何でかというとクリスマスのかざりをやっているからだ。 (かざりつけをしている、なのかな?) 若菜と一緒に窓のガラスにシールみたいのを貼って、溶けない雪のスプレーをしてる。 父さんが困った顔をしている。 それはなぜかというと、さっき言っていたことをケネン? しているからだと思う。 (ケネンってこういう使い方でいいと思う……たぶん) それは、まま……じゃなかった。 とにかく、母さんが使っているスプレーの雪は、取るのが大変だって父さんは言っていた。 だから、父さんは掃除のときの事を考えて、困った顔をしてるんだと思う。 でも、若菜も、母さんも楽しそうに飾っている。 そふあにすわってみていたら、父さんが俺にメーレーした。 「龍星、暇ならママと若菜を手伝ったらどうだ?」 ぎもんけいってやつだけど、俺にとってはメーレーみたいなものだから、仕方なくママ……じゃなくて母さんのところへ行った。 じつは、ちょっとだけスプレーをしゅーってしてみたかったから、母さんにかしてもらった。 けっこう上手に出来たと思う。 でも、若菜が“はみ出してる”とかいうから、ちょっと嫌だった。 そうしたら、ママ……母さん! が、上手だって褒めてくれたから、まあいいやって思う。 クリスマスツリーにわたの雪をのせると、いつもの部屋がちがくなってて、面白かった。 それから母さんは手紙の紙を持ってきて、たくさんの色のペンも持ってきた。 「サンタクロースさんにお手紙を書こうね。欲しいものとか、プレゼントをありがとうって書くんだよ。他には好きなことを書いていいから」 ぼくはおどろいた。 だって、サンタクロースなんていないのに。 なんでそんな手紙を書かなくちゃいけないんだろう。 まえまではそんな事しなかったのに。 プレゼントだって、父さんたちが買ってるのに。 「龍星くんも、若菜ちゃんも、上手に字が書けるようになったからサンタクロースさんもきっと驚くよ」 母さんは、にこにこしてる。 床に座って、小さなテーブルに置いた手紙とペンを俺と若菜にわたした。 若菜はあめだまみたいなピンク色のペンで手紙を書いてる。 でも、俺は、そんな、いないおじさんの為に手紙書くなんてへんだと思う。 ぼくはやだなって思ったから、書かなかった。 そしたら、父さんが、またメーレーした。 「書かないのか?」 でも、ぼ……俺は嫌だったから、父さんに言う。 「サンタクロースなんていません」 「いるよ!」 若菜がマユゲをひっくり返した八にして怒った。 なんで、こんなに怒ってるんだろう。 きっと、若菜は変なんだと思う。 俺はもう“日吉龍星”って字がかけるのに、若菜は“日”の字と“吉”の字は書けるけど、“若”の字も“菜”の字も書けないから。 父さんが、変な顔をしてた。 母さんは、父さんがお仕事で……えっと、修学旅行のインソツ? でいなくなってしまった時みたいな顔をしてる。 なんだかいやな気持ちだったから、もう一回言う。 「サンタクロースなんて、いない。若菜は馬鹿なんだ」 「若菜は馬鹿じゃないもん! 馬鹿っていった人が馬鹿なんだよ!」 若菜はもうちょっとで泣きそうになってた。 若菜は泣き虫なんだ。 すぐに泣くけど、すぐにげんきになるし。 いもうとだっていったら怒るし。 でも、俺は若菜のおとうとなんていやだ。 だから、若菜はぼくのいもうとだ。 「龍星くんは、サンタクロースはいないって思ってるの?」 マm――母さんは、楽しみにしてたケーキを若菜が食べちゃったときみたいなしょんぼりした顔をしてた。 俺は悪いことなんかしてないのに。 「いないです」 「……どうして、いないって思うの?」 「世界中の子供に一人でプレゼントを配るなんてできないからです。トナカイは空をとばないんです。現実的に考えて、ぜったいいません」 「いるもん! 龍星くんのばかぁぁ!」 若菜が泣いた。 ちょっとびっくりした。 さっき、ばかって言った方がばかって言ってたのに。 やっぱり、若菜は馬鹿だと思う。 母さんは若菜をぎゅってした。 ずるい。 父さんはさっきから――……ワレカンセズ(思い出した)でお泊りの準備をしてる。 クリスマスのすぐあとのお休みに若菜と俺は、いーちゃんとあーちゃん(おじ“いちゃん”とおば“あちゃん”。おじいさん、おばあさんって呼ぶと怒られる)の家に泊まりにいくから。 でも、準備は自分でしろって父さんが言ってた。 だから、父さんが準備してるのは、母さんと父さんのお泊りの準備だと思う。 俺と若菜が、いーちゃんの家に泊まる時に、父さんとマ……母さんもどこかに泊まるって言ってた。 俺たちがジャマなんだなって思うけど、いーちゃんとあーちゃんは色々買ってくれるから好きだし、母さんのお兄さんも面白くて好き。 こないだは父さんの誕生日があって、その前のお休みは、家に越前リョーマさんと竜崎桜乃さんが来た。 父さんと母さんはお出かけしてて、ずるいと思った。 でも、リョーマさんは父さんの教えてくれないテニスを教えてくれるから好き。桜乃さんもやさしいから好き。でも、父さんとママのがもっと好きだとおもう。 あと、二人でお出かけしたあとは父さんとママがたくさん遊んでくれるから、それも好き。 「だいじょうぶだよ。龍星くん、サンタさんはいるよ」 ママはにっこり笑った。 あ、母さんはにっこり笑った。 母さんは好きだけど、でも俺はマ――母さんは間違ってると思った。 「いません」 「龍星くんはうたぐりやさんだね」 ちょっと困った顔をしてる母さん。 うたぐってるんじゃなくて、ホントを言ってるだけなのに。 「なんで、ママ……母さんはサンタクロースなんて信じていないのに、俺にしんじさせようとするんですか?」 ママは、母さんは、ちょっとびっくりした顔をしてた。 父さんは、ちょっと笑ってた。 「「 信じてるからだ 」よ」 父さんは今まで何も言わなかったのに、マ――母さんと同じ事を一緒に言った。 嘘つきだとおもった。 だって、サンタクロースがいるわけない。 父さんも母さんも嘘をついてると思った。 でも、父さんがそんな嘘をいうなんて思わなかったから、くやしかった。 「龍星は、俺に似てるな。頭がいい」 「似てるね」 父さんも母さんも面白そうに笑ってる。 もう泣いてない若菜の頭を撫でている母さんが、俺においでおいでした。 俺がそばに行くとぎゅってした。 となりの若菜が俺をにらんだ。 「龍星くん。サンタさんはいるんだよ」 今日の母さんはしつこい。 いつもは父さんの方がしつこいのに。 「いません。誰も見たことがないし、あんなこと、不可能です」 「いるんです。ママが龍星くんのことを好きって思ってるのは誰も目で見た事がないけど、ママは龍星くんが好きだよ。若菜ちゃんも。お父さんも」 マ――母さんはガンコだと思う。 本当に信じてるんだったら、母さんは若菜と一緒で変なんだ。 でも、ほんとうは、俺は母さんが変だと思ってなくて。 「俺も母さんは好きです」 母さんは嬉しそうに笑ったけど、おれが“ママ”って呼ばなかった事に気付いてるかんじがした。 だって、ママなんてかっこわるい。 おれはもう年長さんだから、次は小学生になるから、ママなんて言わないんだ。 「ありがとう。……龍星くんがママを好きっていうのと、サンタクロースさんは一緒だよ。見えないけど、いるの。だから、朝になると靴下にプレゼントが入ってて、ミルクとクッキーはなくなって、お手紙の返事がきてて、ママとお父さんと龍星くんと若菜ちゃんで一緒にクリスマスをお祝いすると、嬉しくて楽しくて幸せな気持ちになるでしょう?」 クリスマスはすきだけど、きょうのママ――母さんはすごくガンコだとおもった。 「プレゼントは父さん達が買っています。ミルクとクッキーもマ、母さんが食べればショーコインメツできます。サンタクロースは日本の人じゃないから日本語はよめません」 「そうかな?龍星くんは英語を少し書けるよね?サンタさんだって、世界中を飛び回ってるんだから、日本語を読めるし、書けるんです。プレゼントはサンタさんからの贈り物だし、ママは夜は太っちゃうからミルクとクッキーは頂きません」 そういわれると、俺は困った。 サンタクロースが日本語をよんだりかいたりできても変じゃない……かもしれない。 それに、母さんは、太るからって夜は絶対に何も食べない……でも、それなら父さんが食べてるのかもしれない。 プレゼントだって、母さんたちが買っていないなんてショーコはない。 「龍星くんはサンタさん、見たことがないから信じられないんだね」 「はい」 「じゃあ、ママが龍星くんを愛しているっていうのは、ない事になっちゃうね」 「なんでですか?」 「だって、龍星くん、ママが龍星くんを愛しているっていう事は目には見えないよ」 「でも、母さんは俺に愛してるっていってくれます」 「うん、そうだね。ママは龍星くんが大好きだ。だから、サンタさんはいるよ」 母さんは、俺に”サンタクロースはいる”って言ってる。 でも…… 「サンタさんが見えないのは、サンタさんがいないって証拠には、ならないよね?」 俺はしぶしぶ頷く。 そうしたら母さんが嬉しそうに笑った。 あと、若菜は長いお話を聞くのが嫌いだから、画用紙に絵を描いてた。 クレヨンが、画用紙からはみ出てテーブルがよごれて、父さんに叱られてた。 「見えないものを見るにはね、信じる心とか、想像することとか、愛することとか、そういうものが必要なの」 母さんは、若菜をちょっと見た。 次は俺を見た。 もういっかいぎゅってされる。 「俺はサンタクロースはいないと思います」 「うん、それは龍星くんのかんがえだ。でも、ちょっと信じたら、サンタさんは龍星くんにも、見えるよ」 「見えなくていいです」 母さんは目を丸くして、すごくおかしそうに笑った。 変な事なんていってないと思うのに。 なんで 「なんで、見せようとするんですか?」 「見えたほうが、素敵でしょう?クリスマスにはサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるって考えると、ちょっとだけわくわくしないかな?」 「……ちょっとだけなら」 ママ……母さんは凄く嬉しそうに笑った。 俺の頭を撫でた。 また、ぎゅってした。 「ママが龍星くんを好きなこと、龍星くんがママを好きなこと、龍星くんの目にもママの目にもみえないけど、とっても大事な事だっておもわない?」 俺は、ちょっと困った。 こんな話やだなって思ってたのに。 「サンタクロースがいなかったら、とっても寂しいよ。クリスマスに、こうやって、みんなでお部屋を綺麗にして、ケーキを食べて、うれしいなって思えるのは、サンタクロースがいるからなんだ。目には見えないことだけど、サンタクロースがいるっていうのは、とっても素敵でなことで、また来年も龍星くんをわくわくさせる為に、サンタクロースは来てくれる。サンタクロースがいないって思うより、ずっと素敵だよ」 サンタクロースはいるかもしれないって。 ほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうにほんとうに、ちょっとだけだけど、思った。 「Yes, Virginia, there is a Santa Claus.」 子供が寝静まった夜に香奈は嬉しそうに英文を引用しながらプレゼントにリボンを結ぶ。 龍星の欲しいものは”テニスラケット”。 若菜の欲しいものは”おおきなふわふわうさぎ”。 さすがにうさぎは靴下に入れようがないので、うさぎの足に靴下を履かせてしまおうと考えていた。 「フランシス・チャーチか……」 引用された英文に聞き覚えがあった若が、ぽつりと漏らす。 若は宿泊の準備を終えると、その鞄を子供たちの手の届かない処に置いた。 二泊三日の小旅行だから、かなりの軽装ではある。 クリスマスだから、という理由から始まった計画だが、両者一致で”温泉”というチョイスは年齢を感じさせたとかさせなかったとか。 「うん。あの社説素敵だよね!今日は原文読んでもらった方がお勉強になったかな」 冗談めかして笑う香奈だが、今日、龍星に話した事は、その社説を元にしている。 その為、聞く者が聞いたら、笑っただろう。 かなり有名な社説である事だし。 「あれを読んで、俺もサンタクロースはいると信じたからな」 旅行の移動手段の確認を終えた若がチケットをケースに仕舞いながら、落とすように呟いた。 その様子に、香奈は可笑しそうに笑う。 それから、龍星と若菜の手紙の返事を考えながら、願うように言った。 「龍星くんも、信じてくれると嬉しいな」 その言葉を聞いた若が肩を竦め、龍星の手紙を手にし、その文面を眺めながら。 「どうだろうな。俺の息子だ。我が強いし、頑固だ」 その文面の固さや、サンタクロースへの猜疑心を読み取って、若は言った。 それを聞いた香奈は、手紙の返事を書く手を止め、龍星の手紙を読む若を見る。 そして、笑う。 「でも、若だって、今は信じてるんでしょ?」 「ああ」 ほんの僅かに顎を引き、同意を示した伴侶に、また、香奈は笑った。 「じゃあ、大丈夫だよ。目に見えないものを信じるのは、大変だし、難しいけど。愛は存在するし、サンタクロースは いるからね」 自信たっぷりに言い放つ香奈に若は少しだけ呆れたような、それでいて微笑ましげな視線を送った。 |