ごはんのハナシ    ※モチーフ企画:結婚 甘々

 朝五時、若に肩を揺さぶられて、眠りの海から半ば強制的に引き上げられる。深海から引き上げられるみたいだな、と思う。今日みたいな、寒い日の朝は特に。ゆめとうつつの水圧の違いに、呼吸が詰まってくらくらする。
 うっすら目を開けると、いつもと同じ、寝起きの渋い顔をしてる若。若菜の寝起きが悪いのって絶対に若似だと思う。宍戸先輩だって、部活には一番早く出てたみたいだけど、実は早起き苦手らしいし。目覚ましがなくても起きられるけど、それでも、特に目覚めが大好きってわけじゃないんだろうな。特に仕事で夜更かしした後の冬の朝は。
「おはうおー」
 意識を覚醒させるために、欠伸と一緒に言うと若が「おはよう」って返してくれる。んー今日も素敵な一日の始まりです。寒いけど。
 これでも寒くない方なんだって、千葉で一軒家に住んでるサエさんはうちに来て言ってた。暖房機具が壊れてしまったときなんて、家族で同じ布団に入っても寒いくらいだって、困ったように笑ってたな、なんて思い出してるうちに若がスタスタと寝室を出て行ってしまった。
 寝起きの、ちょっとだけのろっとした足取りと、枕に乗ってた頭の、髪の毛のぺたんとした感じが可愛いなー、なんて思っても、言わないけど。
 とにかく、寒いって悲鳴を上げる身体をなだめて、私もばさっと布団をめくりあげる。タイマーでセットしておいたご飯が炊き上がってるはずだし、これ以上蒸らす前に空気を入れてあげなきゃ。
 洗面所で若が顔を洗ってるうちに、おにぎりを二つ作ってあげて、ランニング用のジャージに着替えた若に渡して、行ってらっしゃいのほっぺちゅーを一つ。最初は抵抗してたけど、でも最近は諦めてる感じの若さんです。
 若がランニングに出たら、私のシャワータイム。身体を温めて、髪の毛を洗って毎朝のことなので十分ちょっと。服が汚れるのが嫌だからって下着姿でブローしてるところなんて、見られたくないしね。その間に洗濯機に昨日のお風呂の残り湯にホースを突っ込んで洗濯開始。
 やっぱりこれも十分ちょっとで簡単にブロー完了。仕事用の私服に着替えて(私の会社は制服ナシなので)エプロン装着。冷蔵庫の中身をザーっと頭の中で思い出しつつ確認。電気代が勿体無いのでメニューを組んだらささっと材料を取り出す。まずは私と若のお弁当にご飯を詰めて、冷ましながら朝ご飯着手。
 薄切りしたナスを軽く塩もみして、ちょっと水にさらしてから、昨日の残りのわかめと豆腐のお味噌汁に保存してある出汁を加えて火を通す。で、ナスを追加しておつゆ完成。
 朝のメインは若的にはお魚さん。それも塩焼き。これは抜かりなく冷凍庫に頂き物の鮎が……あと十匹くらいいます。早く食べきりたい……。若菜龍星は鮎のワタが苦くて嫌いなので、いただいたその日に全部ワタをとってあるからオーケー。グリルで塩焼きにしつつ、お弁当用の塩鮭もグリルの隅っこに押し込む。蓼酢(たです)はないので、鮎は普通の米酢で頂きます。
 餃子した時の残りのニラがあまってるのでざくざくっと切って、卵焼き用のフライパンを火にかけてニラを炒めつつ味付け。卵を割り溶いて味付けして、炒めたニラを投入。そしてフライパンにニラ入り卵液をジュワー。ニラ入り卵焼きは、普段の出汁巻きたまごみたいに丁寧に焼いてる暇がないのでチャチャっと手抜き。お弁当にニラはまずいかなーと思いつつ、いつまでも中途半端に残しててもね。
 ほうれん草の胡麻和えはこれは龍星が好きだから一年中作ってる気がする。そして、二日に一回はお弁当に詰められる運命。今日も、だけど。
 今年の夏に子供達と一緒に作った梅干し。サラダはトマトにレタスでシンプルに。昨日はレタスたっぷりのお鍋だったので、その残りだから、ちょっとしおしお。適当にヴィネガーとオリーブオイルと塩コショウでドレッシングを作ってハイ完成っと。
 今日のメニューは鮎の塩焼き、ニラ入り卵焼き、ほうれん草の胡麻和え、サラダ、白いご飯に梅干。よし完成。
 お弁当は、冷えたごはんを半分だけ、一度避けて、出汁をとりおえた鰹節を炒ったふりかけをしいてから、避けたご飯を戻して、梅干しをぽんと。若のお弁当には焼いた塩鮭の切り身をまるまる一つ。私の分は半切れにして。ほうれん草の胡麻和えを詰めて、ニラの卵焼きを詰めて。若の分だけプチトマトをオマケに。もう三日前の小鉢にちょこんと残ってる肉じゃがもえいっと詰めて、やっぱり若の分だけ小さなケースにフルーツを切って(季節がら苺。春の果物だけど、クリスマスケーキの為に十二月から出回るので)お弁当も完成!
 ちょーっと手抜きだけど、ま、いいよね。うん。冷凍食品嫌いな若の所為だし。美味しいのにね、冷凍食品。まあ、冷凍庫は頂きもの食材と子供たちのアイスで埋まってるんだけど。文句があるなら自分で作ってください、ということで。
 片付けながら調理したので、あとはもう、食べ終わったお皿を片付けるのみ。結婚してから、絶対に私、要領よくなったと思う。手抜きもそれなりにできるようになったし。
 時計を見ると六時半。慌てて子供達を起こしに子供部屋へ行くと、目覚まし時計がピピピッピピピッと二人に朝を告げていた。龍星は、私がついたときにはベッドから下りるところで「おはよう」って言うと「おはよーございます」って手を上げて言ってくれた。
 龍星は、自分から洗面所に行って支度してくれるから大丈夫。問題は若菜
「起きてー。若菜ちゃーん、朝だよー。卵焼きあるよー」
「やっ!」
 涙目で言われてしまう。しかも、頭までお布団を引っ張って。
「学校遅刻しちゃうよ。起きなさい!」
「寝るの! がっこおやすみ!」
「おやすみじゃありません! 起きっろー!」
 布団をばりっと剥いだ、ら、若菜がひっついてきた。そんなに布団が好きですか。
 予想外の重さに、床にべしゃりと倒れこんだら、ランニングを終えて、シャワーを浴びてラフな普段のスーツに着替えながらやって来た若が「起きろ、若菜」と軽く命令する。
 それから、いやだあと本気でビービー泣いてる若菜を若が強引に布団から剥がして抱き上げ、洗面所に連れて行く。学校が嫌いではないみたいだけど、朝起きるのは本当に大嫌いみたい。毎朝修羅場です。
 レンジでチンした蒸しタオルで二人の顔をぐいぐい拭いてあげると若菜はあったかいのが好きだから少し機嫌が良くなって、五分後にはみんなで「いただきます」ができてよかった。家を出るのは集団登校の子供達が七時二十五分、電車通勤の私は七時二十分。若は車だから七時三十分くらいなはずだけど、子供達と一緒に出てるみたい。
 若はもくもくと、若菜は目が醒めたのか美味しそうに、龍星は若に言われたとおりにおかずとごはんとおつゆをバランスよく三角食べしてる。美味しい、とかはみんな言ってくれません。いつか、ボイコットしたら、みんな困るかなぁ。若に叱られそうな気もする。付き合ってるときは、もうちょっと褒めてくれたのにな。不味くない、って、そんなちょっと意地悪な褒め方だったけど。
 二十分で食事を切り上げて――若的にはゆっくりすぎるらしい。でも私の実家では食後のコーヒーまで最低で二十分くらいだったから、逆に若の言葉にビックリした――六時五十五分。子供達と一緒に、もう一度、歯を磨いて学校の支度を急がせて、名札をなくしたって騒いでる若菜に昨日落ちてるのを拾っておいたよって自分の持ち物はちゃんと管理しなさいって渡してあげて、私も洗濯機の中のものを皺を伸ばしながらちゃちゃっと干してしまう。朝食に使った食器は若が洗ってくれて大体七時十分。ほんと、朝の一分は貴重だ。
 やっぱり十分弱で簡単にお化粧して、燃えるゴミの袋を持って、子供たちのことは若に任せて、行ってきます。朝、出来るだけのことを一気にするととってもスッキリして気持ちがいい。
 ガーッて一気にやりたい私の気質を理解してくれてる若は、その間子供達の面倒をよく見てくれて大助かりしてます、ホント。

 五時に、定時で上がって、帰宅したら五時三十五分。特に忙しい先輩方は日付が変わる時間まで仕事をしたりするんだけど、やっぱり女子は、残業しても基本は二十時までが多い。技術職の絶対この人がいなきゃ! て先輩は終電まで仕事してたりするけど、逆に旦那さんがフレックスで対応してくれてるらしい。
 今日は什器の搬入に立ち合ったりして、他の店舗のスプリンクラーに什器がガッコーンって当たってワンフロアずぶぬれで大変でした。内装監理事務所のお兄さんが“ああめんどくせぇ”って顔をしてるのを横目に、なぜか担当店舗の拭き掃除を手伝う羽目になったり。
 でも、そんな問題のあった今日でさえ、ほとんど定時で上がらせてくれる。感謝です。まあ、その所為で女は残業もさせられなくて使えないなんて言われちゃうんだけど。どうしても残業の必要なときは、若に早く帰って来てってお願いしたり、学童保育にお願いしたり、若や私の実家に助けを求めたりすることもある。双子は、学校のあとは若のご実家の道場で稽古してるから、そのまま私達が迎えに行くまで……っていう日もたまにある。
 けど、私の帰りが遅くない日は、稽古のあとにすぐ帰ってきた二人が「おかえりー」って玄関まで迎えに来てくれる。鍵っこな二人には、我が家のカードキーは失くしたらもう作れないことをしっかり説明して、カードキー用の首から下げるケースを作ってあげたので、今のところ二人ともちゃんと管理してくれてる。まあ、なくしたら鍵自体付け替えなんだけど。
 手作りのお掃除ルーレットを見て、若菜はトイレ掃除を、龍星はリビングの掃除機かけをすでにやっててくれたみたいで、嬉しくって二人の頭をぐりぐり撫でたら龍星に嫌がられてしまった。実は、完璧とはいえない二人のお掃除だけど、歯磨きもお掃除も仕上げはお母さん、という感じ。
 手は洗った? うがいはした? って聞くと、二人とも「したー」「しました」ってお返事。可愛いよう。仕事で疲れても子供たちに癒される感じが良くわかる。というか、仕事で疲れるからこそ、なのかな。ずっと一緒にいると、それはそれで疲れちゃうのかも。でも、二人に はいって渡された体操服と胴着を受け取ると、ちょっと疲れた。
 最近は、若菜が小生意気なことを言ったり、龍星の何で何で攻撃が激しかったりするけど、基本はいい子に育ってくれてると思う。若菜は、まだ、他人の気持ちがよくわからないみたいだけど“自分がされて嫌なことはしない”っていうのをちゃんと守ってくれてる。でも、自分が嫌なことをされるとパニックっぽくなっちゃうから、そのパニックの抑え方を若が懇々と説明してたりする。でも、まだよくわからないんだよね、若菜。逆切れっぽくなっちゃったりしたり、自分が悪いことしてるって自覚無かったり……若は、私が喧嘩してキレて泣き出すときにそっくりだから治さないといけないって……私も治せってことなんだろうけど。
 そんな訳でお掃除ルーレット、私の担当は、今日は洗濯物。部屋着に着替えて、朝干したものを取り込んで畳んでいると若菜が手伝ってくれる。手伝ってくれるって言うか、荒らしてくれる……?
 うーん、また二人が寝てから畳みなおしかな。龍星は靴下をくるっとまとめてくれる。綺麗好き(というか整然とした感じが好きなのかな? 良く本棚の本を大きさ順とか色順とかに並べなおしてる)の若と、毎日体操服や胴着を汚しまくりの双子二人のおかげで毎日の洗濯物が大変です。でも、こうやってお手伝いしてくれるのが嬉しいからあんまり苦にはならない。二度手間でつかれるだけで。
 そうこうしてると、チャイムが鳴って、宅配便のお兄さんが重そうに発泡スチロールの箱を持ってきた。開けてみると、この間から旅行してるママが、旅先から送ってくれた……鰤、なんですけど。しかもこれ、余裕で十キロくらいあるんですけど……。氷で濡れないようにビニールに入れられた封筒の中には“寒鰤美味しいよ! ”とだけ……ママ、そういえば、子供たちの服とかも思い立ったように贈ってくれるけど……私には解体(捌く、とは言い辛い)も難しい大きさなんですが。そもそも、鰤さんって、皮が硬いのに身が柔らかめのもちっとした感じで、切り身でさえ気を使うのに……この間の、サラミとかハムとかは最高に便利で美味しくて、家じゃお酒飲まない若が美味しそうにお酒の肴にしてたのに……今回は生もの……。これはもう冷凍できない分は近所か知り合いに配るしかないか……もしくは家で鰤パーティー? いまから友達にメールでも打とうかな。
 そんなわけで慌てて冷蔵庫の中を整理。明日は土曜で三食おうちだし、土曜と言えば我が家では市場に出たりして一週間分の食材を買い込む日なので、冷蔵庫には空きが多め。夕食はごった煮みたいなカレーに決定。カレーの包容力は若以上だと思います。カレーと比べたら若怒るだろうけど。
 とにかく冷蔵庫の中のものをカレーにしちゃえば、このビッグサイズ鰤(いくらくらいなんだろう……そう言えば、ママって鰤とかハマチとか好きだった。もったいない……けど、これも経費で落ちるの?)は、なんとか冷蔵できるはず。でも、ママ、普通の家には普通の大きさの調理器具しかないって気付いてないのかな。最近は素人さん向けのラクチン料理じゃなくて、本格的な本も出して、それなりに売れてるらしいママは、もしかしたら自宅のキッチンが、イコール各家庭のキッチンになっちゃってるのかな……。いえ、うちの冷蔵庫は業務用ではないものの、ママが選んだ冷凍能力が高いやつで、冷凍した食品でも美味しくいただけるんですけど、でも、やっぱりサイズは普通よりちょっと大きい程度の冷蔵庫です。
 そんなことをビッグ鰤を見つめながら考えていると、子供たちは魚だー! とびびりつつ大騒ぎ。きゃっきゃしてる若菜に、龍星は鰤の大きさにビビってる感じ。若菜はちっちゃな手でつんつんと突いたり、怖がらずに鰤の目だってぷにぷにしてる。鰤の顔が怖いのか、龍星は私の傍から離れない。中に入っている氷と相まって、とても持ちきれない重さの鰤。……持てなくもないけど、腰を痛めそうだし……持ちたくない。冷凍庫から保冷剤をあるだけもってきて、発泡スチロールの箱に投入してしっかり蓋をして、室内よりベランダのが寒いからって理由で、三人でベランダにずりずり押しやって、窓ガラスを閉めて放置。今日は寒いし、若が帰ってくるまで余裕で持つはず。
 若菜龍星は、このベランダまでずりずりするのが楽しかったようです。はしゃいでて可愛い。“ママ、こんなこともできないのぉ? ”とか生意気なことを言う若菜も、素直なときはとっても可愛い。
 とにかく、若菜の生臭い手を洗わせて、洗濯物を畳み終わらせて、まずはご飯とぎ。お米って地味に炊くのが難しくて、美味しく研ぐ為に、ザルを使ってみたり色々工夫中。龍星は給食のご飯は不味い、おうちのご飯のが美味しいって言ってくれるけど、若的には、私のご飯は美味しいけど、どこかで食べたご飯がもっと美味しかったらしい。うちも、貧乏じゃないけど、そんなに贅沢は出来ないから、米粒そろえたりとかはしてないし、別に高級米でもないしなぁ。
 晩御飯の下ごしらえをしてると、龍星がお手伝いに来てくれる。そうすると、若菜も負けずとやってくる。「ハンバーグ?」って聞いてくる若菜に「ちがいまーす」って答えて野菜を刻む。
 バターでタマネギを半分だけ弱火でじぶじぶ炒めながら「今日はカレーです。テーブルきれいにして美味しく食べようね」て、双子に台拭きを渡すと「ニンジン♪ たまねぎ♪」とか二人で歌いながら、テーブルを拭きだして、ランチョンマットまでしき始めた。子供ってカレー好きだよね。私はあまり好きじゃないけど、子供たちと若が、結構カレーが好きなので作ることは多い。
 今日は具沢山カレーだから、普段より甘めになっちゃいそうなので、途中で子供用と大人用に鍋を分けなきゃ。ちょっと面倒だなー。なんて思いつつ、レタス鍋の残りの豚肉の薄切り数枚とか、結局使い切らなかったお弁当用の鶏の中手羽とか、余ってる鮎を切り身にして軽くソテーしたのとかニンジンとジャガイモもちょっとだけ入れて冷蔵庫で保存しているものを優先的に炒めていく。で、スープで煮込んでカレールーを足して、三人で「ぐつぐつ煮ーましょー」って歌ってる途中に若が帰宅。
 子供用の包丁を持ったまま(これって普通に包丁なので、若はそんなに危ないもの……て嫌がってたけど、木のおままごとセットの本格的な値段を見てから、どうせなら将来役に立つ本物の方が家計的にも痛くないと判断したもよう) 若の元へ走ろうとする若菜をとどめて、包丁をシンクに戻させる。
 そうこうしてるうちに、若菜が玄関へ行くより早く、若がリビングににょっきり現われた。うん、いい感じに仕事で疲れてくたびれてます、若。くたびれてると、私たちが癒せるので嬉しいです。若、くたびれてても、当たったりとか怠けたりとかしないから、早死にしそうだけど。 
「「「おかえりー」」」
「ただいま」
 若はテニス部ではないけれど運動部の顧問で――若が部活動が好きだというのもあるけど、氷帝ではきちんと手当てがもらえるからっていうのも、理由の一つ。どうしても双子だと入学の時期も祝い事の時期も一緒で、どばっとお金が出て行くので――普通の先生よりも帰りがちょっとだけ遅いです。その分、持って帰れる残業とかは家に持って帰ってくるのでフィフティ・フィフティかな。
 若菜は「おっきな魚がきた!」って、若のスーツの裾を引っ張って早くもベランダに案内中。龍星も一緒にトコトコと。寒いのでベランダ開けっ放しは勘弁して下さい本当……なので、ピシャリと閉めさせていただきました。
 炊き上がったごはんに空気を含ませてあげてから蒸らしつつ、冷蔵庫の中のものをぶち込ませて頂きましたカレーをよそう。付け合せ代わりに切れ端なのがバレないようにサイコロに切った大根とか、カレーに入れられなかった葉物野菜をくたっと煮たコンソメ。ちょっと漬かりすぎちゃって、お弁当だと匂うかな? って遠慮した自家製出汁入りピクルスも。
 うん、若干手抜きです。同棲を始めて、豚のしょうが焼きを作った時は若に怒られたなぁ。手抜きしすぎるなって。その時は確かキャベツとトマトを添えた豚のしょうが焼きとお味噌汁とご飯だけでした。確かに若の実家ではたくさんのおかずが並んでいたので、みすぼらしく感じたんだろうな。うちはママもパパも働いてたから、完全食系ごはん(完全食なんてない、という意見も知ってるけど)一品だけ、なんてこともあったから、あまり気にしてませんでした。こんなことでも育ちの違いを感じてしまいました。
 でも、仕事帰りにこれだけ頑張れば及第点でしょう。
 子供達と一緒に魚を見て部屋着に着替えた若が言わなくてもお弁当箱を流しに持ってきてくれる。私のお兄ちゃんはお弁当箱を出さなくてママによく怒られてたなぁ、とか思い出した。ただ、その時に若が「ありがとう」って言ったのが、なんか不思議だった。いつもは、無表情で無言で渡すのに……どうしたんだろ。

 若菜龍星も、やっぱり子供なのでカレーはとても好き。若も、ルーを投入する前にきちんと鍋を分けて、大人用の辛めのルーに炒ったカレー粉を入れて作ったげたからちゃんと食べてくれてるし。
 なんとなく、ガツガツ一所懸命食べてる二人を見ていたら、大きくなったなぁってしみじみ感じた。もりもりめきめき、二人とも大きくなってる。小学校を卒業する前に、私の身長は二人に抜かれてしまうかもしれないなって思ってから「口をあけて食べるんじゃない」と若菜を叱ってる若の顔をじっと見てみる。ごはんくらい楽しく食べたいけど、ちゃんとしないと躾けられてなくて可哀想だと思われるのは双子だから、がまん。
 それから、若菜龍星を見てみる。
 うん、大分二人とも若に似てきた。まだ龍星は私に似ていてちょっと赤ちゃんの匂いもするような気がするけれど、若菜はちゃんと子供になっていて その顔は本当に女版若という感じ。ちょっと狐目な感じの和風美人みたいな言葉が当てはまりそう。自分の娘に美人なんて、と思うと少しおかしくて「オープンな、表裏のない性格の子は食べるときに口をあけちゃうんだって」て若に言ってみると「それとマナーは関係ない」と今度は私が叱られた。
 うん、まあ、言った後で言う必要なかったし、若が教えてるのに茶々を入れる形になってしまったことに後悔したから「そうだね。ごめんなさい。ちゃんと口とじて食べます」て素直に謝って、もぐもぐ。若菜も、私がそう言ったので、なんとなく口を閉じたり……でも途中であけちゃったりしながらカレーを食べる。
 龍星は私に言われたとおりに三十回噛んで食べてるけど、口に含む分が少ないと二十回も噛まずに飲み込んじゃうみたいで「おかーさん、なくなりました」と、わざわざ報告してくれる。こういう可愛い思い出を沢山貯めておいて、反抗期に備えないと、なんて思ったり。

 ◇◆◇

 まな板に乗るとか乗らないとかそういうレベルじゃない。私が絵を描くときに使うブルーシートをキッチンのシンクに二重に敷いて、若に鰤を乗せてもらう。龍星若菜がわくわくと私を見守ってて、ちゃんと解体で来ますように、と祈りつつ。一応、ママには魚の捌き方とか、チキンの結び方とか、いろいろ教わったし……できる、はず。でも、こんな水族館にいるみたいな魚を捌く日がくるとは……
 あとで聞いてみたら、龍星は集中している私と、魚の解体ショーにびっくりしていて、若菜は手を出そうとはしゃいでたらしい。けど、集中しすぎてよく覚えてない。皮はそのままでとにかく身を切り分けて、ワタを掃除してる途中くらいからは記憶に残ってるんだけど。ワタは悪くなりやすいから手早く煮つけと塩からにして、アラは綺麗に掃除してから冷蔵。身は味噌漬けと醤油ベースの漬けダレに漬けて。残りは冷凍と、明日の分だけはそのまま切り分けないで冷蔵。
 とにかく、鱗が飛び散らないように、キッチンが汚れないように、家が生臭くならないように必死だった。正直めちゃくちゃ疲れました。
 せっかく新鮮らしいので、少しだけお刺身にして切ってあげてたら、けっこうな時間が経ってたみたいで、気づいたらお風呂上りの双子が、お刺身よりアイスがいい! と私に言った。いつのまにお風呂に入ってたんだろう……小学校に入ってからはそれとなく、龍星は若と、若菜は私と入るようにさせてたんだけど、今日は私が集中してたから若が二人を入れてくれたみたいだった。
 双子に「アイスはちょっとだけだからね」て言いながら冷凍庫を開けてると、若が行儀悪く指でお刺身をつまんで食べた。で、髪を拭き終えたタオルでその指を拭く。それ洗濯するの私なんですけど……。お行儀悪いです。
 直径が二〜三センチくらいの小さなスクープでアイスを掬い取っていると、双子を見てるからお前は風呂に入って来いって若に言われて、気づいたら全身魚っぽい匂いのする身体を綺麗にしてしまうことにする。
 お風呂から出ると、若菜はぱにゃぽにょ歌ってて、龍星は若と一緒にお勉強をしてた。若は片手間に乾燥機の中にあった洗濯物を取り込んでたたんでくれてる。
 若菜龍星も、実は、六十秒が一分、六十分が一時間、一ヶ月は三十日くらいまでは完璧で、時計の読み方も実は完璧で、私はすごいなぁって思うのに、若はどんどん次へ次へって教えようとする。どんどん覚えてくれるのが楽しいのもあると思うんだけど、今からそんなに……と思うのも事実。ただ、龍星は全然嫌がってないし、むしろ勉強とか好きみたいだし、若菜についても若は別に強要してないからいいかなとは思う。教育パパ?

 若の隣で洗濯物をたたみながら、子供たちと話しているとやっぱり二人とも学校が好きなんだなって思う。私に似なくて良かった。私はあまり利口じゃないので、空気を読めなくて、結構嫌われちゃったりしてたし……二人とも、クラスのみんなと仲良くしてるみたいだった。
 悲しいことや嫌なことがあると、まずお母さんに話す感じになってるから、まだ大丈夫だと思うけど、これから大きくなったら何も話してくれなくなるのかも? て想像すると少し寂しい。でも、確かに私も、中学に入ってからはあんまり頻繁にパパやママに相談しなくなってたし、若のことなんかは本当にちょっとだけしか話さなかったなぁ。
 心配かけちゃいけないって、思ってて……でも、心配するのが親の仕事な気も、最近はする。心配も出来ないのが、きっと一番辛い気がする。
 そんなことを思って、二人の頭をなでなでしてると、龍星はちょっと困ったみたいな顔になって、若菜は「おかーさんーブロックやろー」なんてレゴブロックを持って来た。若菜のブロック好きは誰に似たのかな、なんて思いながら、ブロックのおうちを二人で作った。上手に出来て、若も褒めてくれて、若菜と二人で「やったー!」て喜んでみたり。龍星は私に似ずに、ドリルを完璧に解いていて、ぐりぐり褒めてあげたら、ちょっと嬉しいけど恥ずかしそうだった。可愛いな。
 頼りないお母さんかもしれないけど、二人が幸せに健康に真っ直ぐ生きていけるように頑張るから、何かあったら相談して、嫌になったら嫌いになってくれていい。きっと、今は門限なんか、二人は気にもとめないだろうけれど、中学になったら、きっと嫌がられる。私も嫌だった。でも、それを破ったら私はきっと二人を怒る。そんなことがいっぱい重なって、きっとうるさいって、お母さんには理解がないって思われて、そして嫌われる。
 それでもいいや。大きくなって自分で危険を排除できるようになるまでは、嫌われるの上等で守ってあげるんだから! 人格歪まない程度に過保護ってやる!
 だから、嫌われる前に、今はめいっぱい二人を可愛がって叱って喜んで泣いて愛情を貯めておこう。

 ◆◇◆

 ベッド脇で、少しだけ残った洗濯物をぺたぺたたたんでいたら、騒いでた子供たちを注意しに行った若が戻ってきた。さっきおやすみなさーいって言ったのに、私たちの姿が見えなくなると二人で騒いじゃったので。
 最後の、若菜のパジャマをぱたんとたたんでしまう。しまうのは明日にしよう。

 ぽふんと、若が寝そべってるベッドに腰を下ろして、ゆっくり手を伸ばす。若は大人しく、私にされるがままに頬をなでられている。サラサラの髪の毛が指先に当たってくすぐったいけど、気持ちいい。
 部屋の蛍光燈をリモコンで消灯すると、ベッドサイドのライトの淡いオレンジの光が、若の顔を照らしてる。そのまま、ほっぺたを撫でながら、眼鏡に手を伸ばしても若は抵抗しなかったので、外してしまう。サイドボードにそれを起きながら、ついでにちょっと不思議に思ったことを聞いてみる。
「ね、今日、どしたの? おべんと渡すときに、いつもと違ったよ?」
 若と二人っきりだと、ちょっと甘えた口調になってしまう。けど、若は気にしてないみたいで、ゆっくり私に視線を向けてから、手を伸ばして私の髪を梳いてくれる。
「今日な、先輩の弁当を少し食わされたんだ」
「うん?」
「米が栄養剤で炊いてあった上に、めちゃくちゃ生臭かった」
 ほんっとうにそのお弁当が美味しくなかったみたいで、若の顔が、ニアリー般若。若って実は食道楽というほどじゃないけど、美味しいものが好きだしね。美味しくないと食べない人だし。その先輩の奥さんのお弁当は若にとっては許しがたいものだったんだろうなぁ……
 梳いてくれている若の手に、自分の手を重ねて、ぽとんとベッドに横になる。顔が近いけど、中学の時みたいにドキドキはしない。幸せだなぁ、って思う。
「洗剤でお米やエビを洗っちゃったっていうのはよく聞くけど……それは、どういう思考なのかな」
「最近、先輩の体調が悪いから、栄養をつけようと思ったらしい。生臭いのは良くわからない。卵焼きも、なんかもう、めちゃくちゃだった。生のオクラとトマトが入ってたんだけど、吐きそうになって辞退した。材料だけはこるから二人なのに一月十五万食費がかかるとか、嘆かれた」
「……お疲れ様。十五万はすごいね。それだけあったらもっとあの子達の為に貯金できるなぁ……」
 実は我が家は、特にママから差し入れを色々貰えるおかげっていうのもあるけど、食費は、給食を除いて三万円前後で、多くても四万円ちょっと。節約の先輩の噂によると一万円で一家四人っていうのも聞いたけど、そこまで節約しきれない私は三万円をボーダーラインに買出ししてる。少ないとはいえないかもしれないけど、でも、多い金額でもない。食べ盛りだし、そろそろ三万円もきつくなってきたけど。
「子供作るのに躊躇うって言ってたから、毎日、あんなものを食べて生きてるんだなと思ったら、さすがに同情した。なんて言うか……いつもありがとう」
「……どういたしまして。でも、女の子の方が食には鷹揚だったりするよね。納豆に砂糖とかバナナ丼とか、おもちに練乳とかフルーチェ丼とか? 私も食べれると言えば食べれるけど」
「出すなよ、そんなもの」
 ……すっごい嫌そうな若の顔。きっと味を一瞬想像しちゃったんだろうなぁ。若、ぬるい牛乳だいっきらいだし。
「出さないよ? だって、私は、若と私が美味しいって思える我が家の味を作りたいんだもん。だから、美味しい時は美味しいって言って欲しいし、美味しくない時はアドバイスしてくれると嬉しいな」
「我が家の味?」
「うん、若のご実家の味でも、私の実家の味でもなくって、若と私の家の味……ね、若、確かに仕事してるのは私の勝手だけど、料理とかお弁当とか完璧にして欲しいってのもわかるけど、お互い歩みよりたいと思います」
「……だから、今まで口に出さなかっただろ」
「うん、でもね、顔に出てた。ちょっと悲しかった。私も、もうちょっと手早く美味しいものをいっぱい作れるように頑張るよ。子供たちの食育に問題があるほど、手抜きはしてないでしょ? だから、やだなって顔でお弁当箱出さないで欲しいです」
「そんなに顔に出てたか?」
「バリバリ。でも、若も言いたいこと我慢してくれてるんだなってわかってたから今まで言わなかったのですよ。私の料理だって完璧じゃないしね――ダメなところがあったらダメって言って欲しい。問題が表面化しなきゃいいっていうの、ちょっとわかるけど、子供たちの前で言い合いしたくないって言うのも、わかるけど、でも家族なんだし、ちゃんと話そうよ」
「食費のことも考えたら、そうだよな。俺の家は、母親と祖母と、二人で食事の用意してたし、どこかで比べてた。悪い」
「ん〜? ホントにない?」
「ない……ああ、一つだけ」
「うん?」
「今から抱きたい」
「え? あ、えと……雰囲気ないなぁ、もう……!」
 若は、ちょっとだけ笑って、私の首筋に軽くキスした。明日はご飯買出しの日で、みんなで市場に行くんだから手加減してよねって言うと、そのままベッドに押し倒されてしまった。そのままキスされてなし崩しになっちゃう私は意志が弱いのかもしれない。それとも、惚れた弱みなのかな。悔しいのに、嬉しくて、それがまた悔しくて、かぷりと若の首筋に軽く噛み付いたら、ヤル気満々だと思われてしまったらしく、翌朝は私が寝起きの若菜状態。こういうことは月単位で一回するかしないかだから、若的には足りないのかも。
 若は、なぜか休日の朝だけは妙に早起きな子供たちの世話をしてから、まるでフランスの男の人みたいにベッドにミルクティーと買い置きクロワッサンに包丁を入れてハムを挟んだだけのものを持ってきてくれた。上手に切れなかったみたいでトーストされてないクロワッサンがぺしゃってなってるのに、なんだか笑ってしまう。和食派な若だけど、私が実は洋食好きだからってわざわざ作ってくれたんだろうな。ああ、なんだかとっても幸せ。
 嬉しいとありがとうを言うと、子供たちにも簡単にご飯を食べさせたからって言われて、昨夜のこともあってちょっとラブラブモード。結婚したら男とか女とかを全面に押し出してるのは引く、っていうのはよく聞くけど、二人きりの時はいいよね? なんて、都合よく解釈してます。
 それも、数分のことで、若菜が「ママーのろのろしてちゃダメだよ!」って突貫してきました。思わず、びくっとしちゃったり。別にちゅーとかしてたわけじゃないですが、若も一瞬ぴくってしてて、二人で目を合わせて苦笑。
「はぁい。ご飯食べたらすぐにお着替えして出かけまーす」
 私の言葉に、若菜はトトトっとベッドサイドまでやってきて、若に抱っこをねだる。もう小学一年生なんだから、我慢しなさいと言われてむくれる若菜を、結局若は抱っこしてあげちゃって「リビングで待ってる」って寝室を出て行ってしまった。
 やっぱり、子供たちといるとどんなときでもパッとスイッチがお母さん・お父さんモードに切り替わってしまうのが、ちょっとつまらなかったり、かなり嬉しかったり。
 幸せな気持ちで、暖められていない所為でちょっと重たいクロワッサンをさくさく食べながら、とりあえず今日は鰤しゃぶと鰤大根にしよう、と決めた。

 ああ、そうだ。

 初めて若をうちに呼んだときも、ママと鰤大根作ったんだった。
 あのレシピ、きっとまだ残ってるはず。ママってば目分量でこれくらい、とか言うからメモするの大変で、これぐらいになったらオーケー、とか大雑把で困ったなぁ。
 あの時の、うちでのごはんに緊張してた若を思い出すと少し笑ってしまいそう。そうそう、パパが若に色々質問して、すっごく若緊張してて困ってて、お兄ちゃんが「彼女の父親にそんなん言われたらムカつくー」とかパパをたしなめて喧嘩しちゃったんだっけ。若は帰り際少し苦笑して「香奈の家族って感じだな」て私の頭をなでてくれて……あの時はすごくドキドキしてて、嬉しかったな。あのあと、私もパパと喧嘩しちゃったけど、パパVS私・ママ・お兄ちゃんみたいになって、パパの一人負けだった。

 今度は、若も子供たちも巻き込んでみんなで一緒に作ろう。
 そう考えたら、想い出も未来も一緒に作れそうだなって感じて、結局一人でにやにや笑ってしまった。
 想い出のレシピだよって若に言ったら、あの時のこと、思い出してくれるかな。声を出さないように抑えたら、にゅふふ、と変な笑い声が出てしまった。この先何年後も、私は鰤大根を作るたびに笑っちゃうのかも。もっとオシャレな料理の方が良かったかなーなんて思うけど、若は鰤大根結構好きだから、まあ、いっか。今日も素敵な毎日の想い出を作っていって、レシピにしていこう。