保健室で保冷材を貰って、若のお家のお香みたいな香りのするハンカチに包んで目に当てた。 ほんと、ほんっとに怖かった…… 今思い出しても泣けてきそうで、ひくって喉が震える。どうして、あんな怖いことするんだろう。嫌だって言ったのに。私はちゃんと言ったのに。暗い教室に放り込まれて、鍵をかけられて、出られなくされた――思い出すだけで喉が震えて嗚咽みたいなのが漏れる。 若がいなかったら、確実に発狂してた。 みんな、何でそんなに怖いのかわからないっていつも、言う。そんなに怖がってる私がおかしいって、言う。 わかってるよ! そんなこと! でも、怖いの。本当に怖い。 彼氏とイチャイチャしてたら、怖くないってアドバイスくれた子もいた。でも、若に抱きしめられてても、怖い。(でも、若は抱きしめるというより、暴れて逃げたがる私を羽交い締めてるだけな気がするけど) これは、もう、本当に本能のレベルで、怖い。包丁を持った殺人鬼に迫られている時に、彼氏とキスしていられる人がいる? 天変地異で地面が割れたときに、その裂け目に落ちそうな時に、悠長にキスしてられる? 出来るわけないよ。できる人がいたら生存本能がないよ。 若がいれば、一人でいるよりもずっと心強いのは当たり前だけど、だからって怖くなくなるなんてこともない。苦手なものは苦手なのに……若が好きでも、怖いものは怖いのに! アレルギーと一緒だよ。他の人には何にもないことでも、私にとっては、もう、生理的に本当に駄目。呼吸が出来なくなっちゃうほど、こわいのに。 みんな全身に毛虫をまとわりつかせながら恋人とちゅーしてみればいいんだ! ちゅーより毛虫のが気になるに決まってるんだから! ああ、もうやだ…… 養護の先生の前だから、若はなんだかやりづらそうにしてたけど、ハンカチを目に当てて必死に嗚咽を堪えて椅子に座ってる私の頭を、よしよしって撫でてくれた。そのおかげで、なんとか泣かないですんだけど、もう、ホントにあーゆーのヤダ。怖い。嫌い。 「……少しは落ち着いたか」 ゆっくり深呼吸して息を落ち着けてると、若が少し面倒臭そうに聞いてきた。人の前で私によしよししちゃったから、何だか決まりが悪くてつっけんどんになってるんだと思う。先生は、私より大人だからそれがすぐにわかったみたいでクスって笑ってた。それがわかるくらいには、おちつけた。 細くなってた気道を確保。いっぱいの空気を胸に貯めて、ゆっくり吐いて。それを繰り返してから。 「ん……うん。おちついた」 ああ、大丈夫だった。ちょっと声は震えてたけど、うん、大丈夫の声だ。 「頼むから、あれくらいでパニクるな」 「パニクってないよ。怖かっただけ」 私の反論に、若は本当に大きな溜息をついて、これからどうする? って訊いてくれた。あんなことがあっても、一緒に行動してくれるんだなって、ちょっと嬉しくて「若と一緒ならどこでもいいよ」って言ってみた。若は苦虫噛み潰したみたいな顔になった。養護の先生はにやにやしてた。私と若が保健室にきたときも、にこにこしながら「仲が良くて可愛い」みたいなことを言っていたし。 若は、そういうふうにされるのが嫌いみたいなので、これ以上からかったら怒られそうだ。我慢しよう。 「とりあえず、保健室出よう? 私はこのあとドラ焼き喫茶あるし」 文化祭は九時から始まって、外部開放は十時から。ラストは六時で、後夜祭のある最終日は七時まで。これはいてもいいし、いなくてもいい時間だから、六時に部活対抗コンテストが終わると同時に帰宅する子もいる。 そういえば、風紀委員の友達が、今年も偽造チケット出てきたー! とか叫びながら警備員さんと相談してた。氷帝の文化祭は生徒一人に五枚のチケットを渡されて、家族とかに渡してね、っていうかんじ。裏サイト? とかで転売する子もいるらしくて、すごいときはたかが文化祭の入場チケットに万単位の価格がついたりするらしい。偽造されないように紙も加工も印刷も拘ってるらしいのに、毎年偽造チケットが出る。私はとりあえず、ママにチケットを渡して欲しい人がいたらあげていいよーってやっちゃった。きっと若もそんな感じだと思う。 多めに見積もって生徒一七〇〇人としたら、一人五枚で八五〇〇人……え? 氷帝の校舎って一万人以上も人入る? え、一万人って質量的にどれくらい? まあ、とにかく、ドラ焼き喫茶にカンヅメする前に、もうちょっと若と回りたいなあ、って思う。去年は若が恥ずかしがって、ほとんど一緒には行動できなかったし、今年は、若と一緒にいろいろ回りたい。 保健室を出て、どうしよっか? って、若の顔を見上げる。こういうとき、大抵視線は交わらない。若は自分の見たいときしか私の顔を見ない。それはまあ、普通なんだけど、同じ身長だったら、すごく近くで若の顔を見られるんだろうな……て、思ったりもする。 見上げてるのが寂しくなって、廊下を歩いている色んな学校の人や保護者さんに視線を移した。 「どうしたい?」 聞かれたけど、私は本当に若と一緒ならなんでも良かった。若に本当に行きたいところがないのなら、近場の教室からぐるぐる回ってみればいいと思ってた。私も絶対に行きたい! という場所はなかったし、美術部で仲の良い先輩には、なんでかわからないけど「クラスに来たら絶交する!」て言われてたし。ナヲミちゃんは樺地くんと同じクラスだから、あとで回りたいけど。 とりあえず跡部先輩のクラス、三年A組に行ってみることにした。テニス部の先輩方はロミオとジュリエットやコンテスト系で抜けるだろうから、開会直後のこの時間くらいしか、確実にクラスの出し物にはいないだろうし。挨拶しておこうか、みたいな他に行くあてもないから……という消去法的な結論です。 ◆◇◆ 若と、女の子の山に引き返そうかって顔を見合わせる。 アイコンタクトで『やめとく?』『そうだな』という短い会話。こういう時は、びっくりするくらい同じタイミングで視線が合う。 女の子を押しのける気力もないので廊下を戻ろうとしたら、モーゼが海を割ったみたいに跡部先輩が女の子を割って出てきた。あ、タイミングいいなって思って、声をかけようかなって考えたけど、ファンの人たちがいっぱいいてちょっと怖かったから、若の後ろに半分だけ隠れた。 若はとっても鼻につく、えーっと木で鼻をくくったような愛想なんてカケラもない態度で、目を細めて、少し顎を上げて、アグレッシブベースライナーらしく攻撃的な感じで「大人気ですね」と、歩いてくる跡部先輩に言った。 うわあ、若、なんでそんな態度なの。失礼だよ。って思っても、今は言えない……だってバチバチっと火花、飛んでるもん。あいつが振り向いたら勝負がつくの? 駄目だ、そうしたら跡部先輩と若が恋に落ちてしまう。でも、本当にどうしたの? 若。機嫌悪い? なんで? けど、跡部先輩は少し面白そうに笑っただけで「お前も踊るか?」て言っただけだった。若は少し鼻白んだけど「遠慮しますよ」って答えて、それで私は跡部先輩のところの出し物が三分間のダンスレッスンだということに気づいた。 私も若もダンスは苦手だけど、社交の場では必要になるから、音楽の授業や体育の授業で習ったりする。氷帝の一部の生徒は普通にイブニングパーティ? とかに出たり、西海岸に大きな別荘があったりするし、ダンスは大事なもの。それの基本のステップだけを教えてるみたいだった。きっと、跡部先輩監修で、3−Aの先輩方は特訓したんだろうなぁ。 「じゃあ、小曾根。俺様が直々に相手してやるよ」 跡部さんが私に手を伸ばして、響く女の子の悲鳴。か、からかう気だ! どちらかというと、私じゃなくて若をからかう気だ! 若をからかうののとばっちりを受けるなんてとんでもないし、生きてきて初めてこんなブーイングを受けたし、ほんとにテンパりそうになる。 「な、並んでる子がいるし、横入りはマナー違反なので、大丈夫です!」 ちょっと日本語が変になったけど、断ったら、跡部先輩は少しおかしそうだった。それから、若に「嫉妬はわかりやすくしろよ」とだけ言ってスタスタ歩いて行ってしまった。跡部先輩は生徒会の出し物もあるから、忙しいんだろうけど――嫉妬? 何に? 模擬店の繁盛度に? 少なくとも私関係の嫉妬じゃあないはず。別に何もしてないし。 よくわからないけど、若がすごく悔しそうな顔をしてたので、くいくいとブレザーの裾を引っ張って、隣の3−Bに行こう? って言った。ら、なんか、だるって首を動かした若が3−Bの教室に一人でさっさと行ってしまった。 慌てて追いかけると、中にはお花がいっぱいだった。小さなかごにプリザーブドフラワーでフラワーアートをしよう、みたいなやつだった。そういえば、滝先輩ってお花をやっているって聞いたことがある。氷帝には華道とか茶道とかをやってる人は多いから、ちょうどいいのかも。 私はそういう花嫁修業みたいなのはやったことなかったから、いいなぁ、やってみたいなぁと思ったけど、若は滝先輩と少し話して「行くぞ」ってずるずる私を引きずって出て行ってしまった。後でまた来てみよう。 3−Cのところにはやっつけ仕事みたいな“縁日”という看板が出てて、中を覗くと宍戸先輩がだるそうにお店番してて、隣で芥川先輩が寝てた。ビニールプールにはスーパーボールとヨーヨーが浮かんでいて、あとは輪投げのゲームが投げやりにおいてあるだけだった。3−Cの先輩たち、やる気ないなぁ……でも「宍戸くん、売り上げ、どぉ?」とか「芥川くん寝ちゃったねぇ」とか、なんだか独特のまったりした雰囲気で、ゆるゆるしてて、それもいいなって思った。ホント、こういうのってクラスの特色が、でるなって。 「おう、若と小曾根じゃねぇか。そっか、若は映画だから自由時間多いんだな。なんかやってけよ」 にこにこ言う宍戸先輩は、本当にいい人という感じ。いい先輩ていう感じ。 お付き合いで、輪投げを、若と二人でワンゲームずつやった。ワンゲームで五個のわっかをもらえたんだけど私は一個だけ、かろうじて棒の先っぽに当たっただけで、弾かれてしまった。若は私より遠い所から投げたのに最初の一つは外したけど、残りの四つは全部入れてた。すごいなぁ。 でも、商品が氷帝学園にファンクラブがある男子と女子の生写真だったから、要らないねってなって、私が欲しがったオレンジ色に水玉のヨーヨーを一個だけ貰った。でも、宍戸先輩が一枚だけ若が写ってる写真をくれた。内緒で。 「早く来いよ」 って声をかけてくる若に「はーい」って答えながら、宍戸先輩と顔を見合わせて笑いあった。ちなみにまどかちゃんの写真もあった。びっくりだ。いいのかな? 肖像権とか。 3−Dには向日先輩はいなくて「向日なら彼女と歩ってると思うよ」と言われた。明日にでもまた来ればいいかって、若と話す。たしかに向日先輩がひと所にずっといるなんて、ありえなさそうだし。 私がヨーヨーをぽんぽんぱちゃぱちゃしてるのが、若は鬱陶しかったみたいで、3−Dを出る時に叱られた。 3−Hの忍足先輩のとこは、クラスで作った氷帝学園の精巧なジオラマの展示だった。係りの先輩が一人いただけで「帰宅部で彼女いない奴の持ち回りだから、忍足は今日はここには来ない」って無愛想に言われてしまった。でも、若はありがとうございますってちゃんと頭を下げて、こういう礼儀正しいというか、折り目正しいところが好きだなと思った。でも、先輩は一人で小説を読んでて、ちょっと寂しいなって思った。 最後に、樺地君とナヲミちゃんのいる2−Bに顔を出したら、美味しいフレッシュジュースを作ってもらってしまった。お金はちゃんと払ったけど、お店で売っているのよりも、下手をしたら美味しくて、果物や野菜の栄養素や、その栄養素が何に効くのかみたいなのも書いてあって、本当にそういうお店みたいですごかった。 一気に回って、ここでタイムオーバー。 若は今日はコンテストの予選と劇以外に何もないけど、私はこれからドラ焼き喫茶に行かなくちゃいけない。ばいばい、後で来てねって若に言って文化祭のプチデートは終了。怒涛の勢いだったけど、結構楽しかった。いいなあ文化祭。あと、やっぱり滝先輩のところの出し物、行きたいな。 ◆◇◆ 香奈が跡部さんと一緒に歩いていたということを聞かされていたので――香奈のクラスのやつが俺に告げ口してきた。密告と言うのだろうか、これも。――少々跡部さんの前で失礼な態度を取ってしまった。だが、全てをわかりきっていて、からかってくるあの人の性格にも問題があると思うのでよしとしよう。 とにかく、香奈がドラ焼き喫茶とかいう出し物をしている間に、俺は暇だった。映画上映は係りのやつがやっているし、コンテストの予選にも、劇にも、まだ少々時間がある。 他校生やら保護者やらがわさわさいる廊下をあてもなく、ぶらぶらと歩いていると、中野に声をかけられた。中野は、映画のヒロインに抜擢される程度には見目の良い女だ。ただ、声が苦手だ。香奈も中野も砂糖をまぶしたような甘ったるい声で、男にも女にも教師にも犬にも猫にも無機物にも媚びるし、甘えがある。 それが良いか悪いかはともかくとして、香奈の媚びには心を動かされるが、中野の媚びにはどう対応すべきかわからないのが素直なところだった。鬱陶しいとさえ思う。忌々しいとまでは行かないが、癇に障る。しかし俺は中野に対して特別な感情を抱いていないので、鬱陶しいと思うのも一瞬で、あとはただもう“どうでもいい”だけだ。 共通点としては、男に可愛がられ、女に嫌われるタイプ。香奈は馬鹿で無知で無能だからそうなっているが、中野は幾分か計算してそれを行っているという点が違う。中野は会話してみると、媚びることを忘れはしないが、実にさっぱりとした性格なので、むしろ女と付き合うのが面倒なのだろう。ああ、そうか、こいつはカルメンのような女なのだ。まあ、分析したところで詮無いが。きっと跡部さんのような男がお似合いだろう。 「なんだ」 人通りの多い廊下で立ち止まると、中野は曖昧な笑みを浮かべた。 「人が多いですね」 「多いな」 「ちょっとお話したいんです。でも、人目のないところじゃ、怪しいし、どこか入りましょう?」 「俺はお前と話すことはない」 「そんなすげなくしないで下さい。映画のことですよ。時間ありますよね? まだコンセントの予選……」 「コンテスト」 「コンセルトヘボゥ」 「なんで管弦楽団だ」 「とりあえず、思いついたので」 押し切られ、とりあえず目の前の3−Bの教室に入り、滝さんに一声かけて、椅子に腰をかけた。対面に立ち、簡単にサービスの内容を説明した滝さんは、しっかりと俺と中野から金を奪っていった。その手腕は鮮やかで、つつましく――だからこそ、したたかさが強調されていた。 ぶすぶすと適当に花を差す。華道は習ったことがない。一度何かの伝手で、祖母の友人に手ほどきを受けたくらいだ。小学校に入学する前の幼い俺は、剣山に手のひらを乗せると、手のひらが針の数だけぽこぽこ凹むのだけが面白かった。そして、剣山をどうにかして武器に出来ないものかと考えていた。 フラワーアートと華道が、どう繋がるのかはわからないが、西洋画と日本画のようなものなのだろうか。美的センスのない俺には反応が難しい。 中野は滝さんに手ほどきを受けながら前衛的なアートを作っていた。 室内は白いボードで黒板等を覆い隠し、背の高いカフェチェアと、やはり喫茶店のカウンターのような高めの細長いテーブルが均等に並べられていた。座ると、対面から3−Bの生徒がアドバイスをしたり、頼まれた花を客に渡したりする、体験教室のような模擬店だった。 「私たちのクラスの映画なんですけど、台本が酷いでしょう?」 「酷いとかそう言う次元じゃなかったな」 まず、本という形態ではなく、文字も日本語ではなかった。日本で扱われる平仮名・カタカナ・漢字・算用数字・ローマ字で書かれていても、“日本語”ではなかった。 「それで、編集の方が気合が入ってしまったらしくて。なぜかドイツ語の吹き替えにされてるんですよね。CGもすごいですよ」 ……まあ、確かに音声はアレだったので、吹き替えた方がいいだろう。何故ドイツ語なのかはわからないが。男性名詞だの女性名詞だの中性名詞だの一格だの二格だの三格だの四格だのドイツ語は分かり辛い。日本語が平易すぎて、逆に難しいのだと、ドイツ人の言語学者が言っていたが、俺からすればドイツ語が面倒すぎる。なんとなくで取った第二外国語の所為で、俺は中々苦しめられていた。 「選択教科的な教師へのアピールだと思いますけど……丁寧に、日本語字幕もつけてました」 ……そんな努力の前に台本をどうにかすればよかっただろうに。 「それで」 「それで、さきほど完成した作品を観てみたんです。――絶対に小曾根さんにみせたらいけません」 ほう、と中野は溜息をついて、ボリュームのある髪に指先だけを触れさせた。基本的に、本気で俺と香奈の間柄を心配してはいるが、実際、どうなったところで心を痛ませもしないだろう、この女は。それは俺の想像で、もしかしたらベタベタした女なのかもしれないが、それを知ろうと思うほどの興味はない。 「言葉にするのを躊躇うんですが……なんというか、私とあなたのシーンがエロティカル?」 「エロティシズム」 「エロキューション」 「エロシェンコ?」 「滝さん……続けなくていいですから」 中野の間違いを訂正すると、すかさず別の言葉をかぶせられ、滝さんまでもが流れに乗ったかのように単語を繋げた。俺の脱力した台詞に、滝さんはくすりと笑う。この人は、男らしくはあるが、どこか女性らしくもあり、小説の中の中性的美少年を地で行く。そんな滝さんの微笑に、中野が見惚れていた。 それから、ほう、と溜息をついた中野は、滝さんに秋波をちらりと送ってから「だから、映画、気をつけてくださいね。あなたと小曾根さんが別れてしまったら、次に噂が立つのは私でしょう。実も蓋もない言い方ですが、それは嫌です。私はホセを恋人にする趣味はありませんから」と俺に念を押した。 俺がこいつをカルメンとしたように、こいつの中で俺はホセのような男なのか、手に入れるために命を奪う――あまり、気分は良くない。しかし、とりあえず頷いておく。そもそも、香奈には絶対観せたくはなかった。より注意して、より深く、香奈には釘を刺しておこう。 演技だとしても――そんな演技をした記憶はないが――俺のそんなシーンを見ればきっと凹むだろう。香奈は、妙に自己卑下するから、気をつけなくてはいけない。それは香奈の鬱陶しい短所ではあったが、俺はそれを気に掛けてやる程度には、香奈が好きらしい。 「ちなみに、あなたは“ヘルムート=ベルガー”で、私は“クレールヒェン=レッツェル”という役名になったみたいですよ」 ……最初の“サイキック少年・日吉ワカシ”から大分離れたが、まあ、どうでもいい。 「なぜ、ドイツ人の設定なのに、和服を着て、刀を振ってるのでしょう……」 それを俺に聞くな。 |