吾輩はデブである。 どのくらいデブかと言えば……そうだなぁ……同じ身長の女の子だと激痩せで三十四キログラム。あたしはいい感じに幸運そうな七十七てん七キログラム。スリーセブン。 デブも豚も言われ慣れたあたしにはどーってことない。家では母に“フルムーンフェイス(満月顔)”だの、妹に“美奈さぁ、(お腹に)子供入ってる? ”だの、父に“ハムみたいな腕だな”だの言われる始末。 きょうび伝説の装備品ブルマとやらが廃れてくれていてありがとう世界って感じ。そういえばプロスポーツ選手で一八〇センチメートル以上の身長で五十二キログラムの体重の人がいたなぁ、とか思い出した。ガリガリだ。そしてあたしはデブデブだ。 そんなあたしがとうとう、友人・柳蓮二に「痩せろ星野」と言われました。 ――え、蓮二ってそんなキャラだったっけ? と思うほど真面目に。 あまりの迫力に「ンマー。ウマー。マジお母さん感謝ー」とか教室の机でお重をパクついていたあたしの手が思わず止まってしまった。周りで一緒に食べていた友達も、いきなりの蓮二の出現にビビっている。 あたしは蓮二の発言の真意を探るべく教室を出ることにした。まるで友人たちはあたしが、蓮二に私刑でもされるんじゃないかってくらいのビビりっぷりよ。まあ、クラス中に響くくらいの凛とした声で“痩せろ”命令だもんねぇえ。 二人きりになれる最上階の階段の踊り場までやってきた。ちなみにあたしの足音はずしんずしんオアどすどす。 もちろん手にはお箸とお重。食べ終わる前に離しませんとも! ちなみに蓮二はあたしのぷにっぷにの手の甲を気に入っていて「肉まんみたいな手だ」と、あたしの手の厚さや外周を測ったり水の入ったコップに手を入れさせて体積を測っていたほどのプニプニラヴァー。そのプニラ(略した)蓮二が、そんな事を言うなんて昨日頭でも打ったのだろうか。硬式のテニスボールは凶器だからなーぁ。野球のボールとどっちが硬いんだろ。雪合戦の時って雪だまの中に石いれるよね。 「蓮二もデブは暑苦しいから嫌いになったのです?」 ぷにん、と首を傾げると、蓮二が口早にあたしに伝えてくるのでありました。 「精市の好みは“健康な人”だそうだ」 「マジ? リアリィ? ほんとに? 虚実織り交ざってない?」 「この簡潔な文章のどこに虚実を織り交ぜると言うんだ」 蓮二に睨まれた。そりゃそうか、幸村君のことをあたしに教えろって命令したのはあたしだし。 まあ落ち着こう。 落ち着こうあたし。 確かにあたしは糖尿病一歩手前、痛風覚悟のデブ子ちゃんだ。この、スカートから伸びる白豚のようなぽよんぽよんの足、制服の袖からはえるむっちむっちの二の腕。ある意味、特殊な好みの方にはたまらない女子肉よ。膝や腰に負担がきてないのが不思議なくらいのオーバーぽっちゃり。油物食べるせいで吹き出物アーンドにきび大量発生な肌。でも、あたしは別にコレが嫌だってコトはない。 体格がいいから歌も上手いし、あたし。 だがしかし。 だがしかーしっ。 あたしは幸村君に恋をしている上にあまつさえ彼氏になって欲しいと思っている。 「ね、ねねねね」 「何だ星野」 「あたしって健康に見、えーない?」 「見えないな」 断言ですか。 「痩せた方がいい?」 「星野は確実に今より痩せた方が身体にいいだろうな」 「えー、でもでもでもー。痩せるってどうすればぁあああっ!」 そう、あたしは三歳のころからぷっくぷくの筋金入りデヴ、デヴァー、デヴェスト。父さんが相撲取りみたいな体格だから思いっきり遺伝した。 美奈なら屋上から落としてもばよよーんって戻ってきそう、というのは丸井の言。丸井とあたしは教室でお菓子を貪り喰う仲だったりするのである。そして丸井はあたしのお腹を枕にするのが大好きである。丸井ファンに睨まれたこともあるが、あたしのあまりの丸さに“こんなのに嫉妬したら自分の品格が下がる”みたいなことをいわれてそのまま放置状態です。ラッキー! まあ、とにかく。あたしは生まれてこの方痩せた事などない。 うわっはー! やばいなあたし! ……自分で回想しておいてなんだろうなー、地味に落ち込んできた。 今まで痩せる必要もないと思っていた。世の中には蓮二のような人もいるし、デブ以外は一応女の子だから気を使っていたですし。(にきびに効く洗顔料とかね!) そりゃね、あたしだって若いから、若いから??? 体型を隠すセパレートの水着以外も着てみたいとかはあるよ? あるけどさあ、そのために、このお重のうなぎを、このカツ煮を、食べずに我慢するなんて、そんな……世界が滅んだら……いや、例えばあたしが重病人になったらもう食べれないよ?! この唐揚げ! かにみそ! エビフライ! プリン体ばんざーい! 悩みつつも五目御飯をかき込んでいると、柳があたしのぷに肩に手を置いた。そりゃあ名残惜しそうに。 「ダイエットメニューなら、俺が作ってやるから安心していい」 え、えぇえ? つか、柳はあたしのでぶっぷり大好きだったのに、なんでこんなに肯定的なんだろう。なーんっか不安だァ――とか思いつつ、唐揚げを口の中に放り込んだ。ンマー。 さて、柳から渡されたプリントを家に帰ってリビングでクッキーを貪り食いながら読む。
どんだけだよ! おまえのデータはどんだけだよ! そもそもコレ読みづらいんだよ! 字間詰まってるし! 行間詰まってるそぉい! これはあれか知識自慢か?! 俺ってば頭はいいんだぜ物知りなんだぜフッフーンてな自慢なのか?! こぉの柳のナルシスト! てか“茉莉花茶”とか“過剰摂取”とか読めないっつの! 漢字多い! 漢字多い! えるごかるしふぁ……噛んだー! 『いや、今回お前の為に新たに調べた部分も多い』 うっそだー! 絶対嘘だね! どこを調べたってんだ?! 『これだけ書いてやった俺に敬意を払ってせめて全部読んで実行しろ』 いやぁ、ムリムリムリムリムリムリ! 『そうか。どうしても無理だと言うのならば、お前の幸村への気持ちはその程度だったんだな』 ……くっ……うわーん、おかあさーん! 柳がいじめるー! 「柳君はあなたみたいな性格の悪い娘に愛想を尽かさないでくれるいい子じゃないの」 うわーん! 柳ぃー! おかあさんが性格悪いって言ったー! 『それはそうだろう。正直に言うが、お前は性格も悪いし見目も悪い。ただ、俺はお前の脂肪のつき具合が好きなだけだ』 ちょ、それ、あきらかに私に脂肪がなかったらどうでもいいって言ってるようなものだよ! 『そう言っている』 凹んだー! 『精神ではなく腹回りを凹ませるべきだろう』 ぴぎゃー!! ◇◆◇ 「なんでこれだけ時間がかかって三キロしか走れないんだ。足がどこかおかしいのか?」 柳は鬼です。鬼柳(地名)。一時間で三キロも走った私のこの暴言! 明日は三十分で帰ってこなかったら何度でも走らせるぞとのお達しです。鬼! 鬼ぃぃ!! ちなみに私はやる気のないイモジャージ、略してイモジャーを着てテニス部の馬鹿共の練習中にランニング命じられてます。柳鬼軍曹に。 口でクソたれる前と後に『サー』と言え! 分かったかウジ虫! って柳が言っても私は驚かない。 三キロマラソンの後は、えんえんえんえんえんえんえんえんえんえんとボール拾い。これって普通にイジメだよね? よね? 腰がいたいぃぃぃいい! 途中でもういやだーと、隠れて休んでいたら、沖縄の某中学校テニス部部長が部員に命じて、千葉県の某中学校テニス部顧問の先生にしたことと同じことをされました。ぐふっ。 駄目だこいつ… 早くなんとかしないと… うっうっと泣きながらボールを拾わされ、汗でぐちゃぐちゃの汚物のようなシャツを洗わされ魔女の釜で飲み物を作らされスコアボードを出せとか部誌持って来いとかタオルを出せこの白豚野郎! とか馬車馬のように使われるあたし。なんでこんなことに――蓮二って友達じゃなかったっけ? 丸井は働け働けー、とか言って煽ってくる。真田顔こええええ! やるよ! やりゃいいんでしょ! あせみどろになった私にも、幸村君は素敵スマイルをくれた。スマイルゼロ円って言うのは幸村君の為にあるんだと思う。ていうか、なんであの人汗かいてないの。大好きだー! 「うっうっうっ」 「泣くなよ。うぜーだろぃ。三種のフルーツタルト、美奈の分も全部食うからな」 丸井と一緒に、蓮二に見つからないように、昼休みに入った瞬間ダッシュでコンピューター室に逃げました。ここなら絶対見つからないはず。蓮二、パソコン苦手だし。 「ちょっそれは全部あたしのだ!」 三種のフルーツタルトを丸井からワンカットだけ奪う。全部って言ったけど、今全部食べたら蓮二に、調理される寸前の鶏のように絞め落とされることが目に見えている。あああ、フルーツタルトおいしいー! 「美奈、ダイエットなんじゃねーの? 食ったら駄目だろぃ」 「食事しちゃいけないダイエットなんてダイエットじゃないね!」 「そうだな星野、そもそも、ダイエットというのは食餌療法という意味だ」 柳 蓮 二 「ふむ……間食はするなと言ったが、食事にデザートはつけるなとは言ってなかったな」 ちょ、食事内容メモすんな! いやーこわいー! 「では問題だ星野。おにぎり一個のカロリーは約何キロカロリーだ?」 ……なんで急に質問。丸井は青ざめた私の顔を見てケタケタ笑っている。愛されてるねぇ、って誰にだ何にだどうやってだ。えーと、コンビニのおにぎりのカロリー表記を思い出す。 「一〇〇〜二〇〇?」 素直に答えちゃったよ。だって蓮二怖いし。昨日から怖いし。いや、私の手の体積を測ってるときとは違う意味で怖いし。 「日本食品標準成分表」よく噛まずに言えるもんだ。「では、おにぎりは一個一七九キロカロリーだ。では、星野。一七九キロカロリーを消費するためにはどんな運動をどれ位すればいい?」 こわい! 蓮二はあたしの退路を断ちつつ、更に質問を重ねてくる。そんなものわかるわけないっつーの! ちょ! 丸井! 笑いながらばくばく菓子食べるなぁー! それ私が買ったのに! 新作のマンゴーチョコレートぉぉおおおおぁ! そんなことを思っていても柳は淡々と私を見ているわけです。冷や汗出てきた。 「すんませんわかりません」 項垂れつつ素直に言うと、柳はやっぱり淡々と「競歩で三十分以上、四十分未満だ」即答。おにぎり一個食べたら四十分ウォーキングしなきゃいけないんですか、そうですか。無理。超無理。激ダサ無理。エクスタシー無理。 「目標は消費カロリーを摂取カロリーよりも二〇〇キロカロリー多くすることだ。まずは」 まずは? まずは、ってなに? 次があるってこと? トゥービーコンティニュード? ゲーセンでコイン連投しちゃうアレ? 愕然として蓮二を見つめる。蓮二は頼もしくしっかり頷きました。 「大丈夫だ。俺が必ず星野を痩せさせてやる」 あたしがいつ痩せたいって言いましたかー! ああ、でも幸村君は健康的な体重が好きなんだよね。じゃあ、せめてぽっちゃりじゃないと無理なわけだよね。そうだよなぁ、あたしは日本人のデブっていうより、西洋人のデブって感じだもんなぁ。 「というわけで、残りの菓子は全部処分しておけ。丸井」 は、何言ってますか。このお菓子は私が八割はお金出して 「サー。イエッサー」 ああああああああああ丸井この裏切り者おおおお!!!! ◇◆◇ 美奈が柳に引き摺られてったのを見送って俺は目の前のお菓子をごしゃごしゃ食べる。スウィーツとか言いづらいから、お菓子で。普段なら美奈と半分に分けんだけど、まあ、仕方ないだろぃ。美奈、さいきん霜降り肉よりデブってたし。 「しっかし、参謀のアレはわかりづれぇー」 美奈、おびえてたし。お菓子仲間がいなくなるのはちょっと困るけど、まあ、一応同じ部だし、応援すべきなんだろうな。てーか、柳もなー、美奈が陰で“白くてぶよぶよしてて幼虫っぽい”って陰口言われてるからって気合入りすぎじゃん? 美奈なら、そう言われたところで、某ねるねるねるねの魔女みたいに“うまい! ”って言ってヒーヒー笑いそうなんだけど。 「柳はなんで美奈が好きなんだろーな」 計算高くないのに。 とりあえず、たまごたっぷりプリン食い終わったら、美奈の様子見に行くか。あ、そうだ、明日は美奈に、ロールちゃんのプレーンと抹茶とチョコ買ってもらおう。 |