ぽよぽよとしたウォーターベッドのような美奈の腹に頭を乗せて愛くるしいミニブタの仔のようにすやすや眠る丸井。その隣でよだれをたらさんばかりに幸せそうに眠る切原。二人に頭を乗せられても、その重さなど自身の腹肉には及ばないため、気にもしないで夢の中でポン・デ・ライオンと戯れつつ狩りつつ食いまくっている美奈。 その三人を金剛力士にも勝るとも劣らぬ立ち位置で見下ろす真田。 「柳、先に断っておくが、星野とやらは、部員と同様に扱っていいのだな?」 「勿論だ。今すぐ殴ってかまわない」 「……女に手は出さん」 「こいつは基本的に甘ったれ。肉で人生を乗り切っている。犬猫のように殴ってしつけなければ駄目だ。せめて待てとお手と伏せを覚えればいいのだが」 肉で人生をどうやって乗り切るのか真田としてははなはだ不思議ではあったが、とりあえず、すぅっと息を吸い、胸をそらせ、胸腔から丹田まで新鮮な空気で満たすと「起きんか! 痴れ者どもがァアアア!!!」と叫んだ。 鼓膜を破りかねない大音量だったが、柳は事前に両耳を手で伏せ、真田の背後に回って離れていたため、大事には至らなかった。発した本人の鼓膜はこの程度で破れるようなやわなものではなかったらしい。中耳炎になったら、膿みを出すために真田の鼓膜を破るのはきっと大変だろう。 音量の度合いとしては、真田に雷が落ちた程度の轟音である。地面が軽く揺れる程度の、葉がそよぐ程度の、テニスボールが押される程度の衝撃波も放出された。 「へぅあぉっ?!」「ぎゃぇっ!?!」「おぅぇえぃっ?!」 三者三様の奇声を上げながら起き上がりこぼしのように起き上がった。目の前には金剛力士もとい真田。 ◇◆◇ 目の前に般若の顔をした人が立っています。なんて嫌な夢だ。心臓がばくばくしているんですが。 もしかして低血糖?! だって今日の朝ごはんおにぎり一個と山盛り湯で野菜とフレッシュな青汁だけだったし! 全部食べたよ! 「赤也! 丸井! 星野!」 あ、ふつーに呼ばれた。部員みたく呼ばれた。当たり前のように呼ばれた。 そんな般若の後ろに無表情の柳がいます。あ、手振ってきた。めずらしいな。よし、私も振り返してやr 「人の話を聞かんか! 星野!」 どーなーらーれーたー! 真田って普通に話せないのでしょーか。教えておじいさん。このひと劇団員とか? 歌手とか? なんですかこの大音量ー! ロック系ライブでスピーカーのドまん前にいたらコレくらいの音量なようなー! 「すいません」 でも、速攻謝りました。超チキンです。ていうか部活中に丸井を誘って一緒に寝たのはあたしが悪いですひゃくパーわるいです。丸井もあたしの背後でそう言ってました。 こいつ庇う気とかゼロです。アビリティに入ってないみたいです。リミットゲージを満タンにする気ないみたいです。 お客様! お客様の中に“かばう”のマテリアをお持ちの方はいらっしゃいませんかー?! 装備に装着すると仲間が攻撃されたときに自動で身を挺して仲間をかばっちゃうアレですー! ……いやー、丸井は危機に陥ったらあたしを蹴っ飛ばして盾にするタイプだよなあああ。体積が広いとかわけわかんない理由で。絶対そういうタイプ。 「部室の床で寝るとは何事か!」 「あ、いえでも丸井と切原のジャージを重ねてしいておりますし」 自動で丁寧語。真田は他人に丁寧語を話させる魅力がおありのようです。 「そういう問題ではない!」 雷落ちたよ耳痛いよ! 三人で耳押さえてしゃがみこんじゃったよ! 鼓膜破裂するよ! 治療費請求するし! 「神聖な部室を何と心得る! また試合前にこんな場所で寝て体調でも崩してみろ! 幸村他監督達がそんな怠惰な選手をレギュラーに据えると思っているのか!」 お、真田、実はこいつらがレギュラーから外されるのを心配してるんですかね? おー、結構いいやつだ。真田。どうでもいいけど真田と幸村って、凄いコンビだよなー。真田幸村。あーでも本名はのず……のぶやすとかのぶひでとかのぶしげなんだっけ。覚えてないですけども。あとで柳に訊いとこ。 「悪かったって真田。でも、布団しいてたから風邪は引かねぇし、安心しろぃ」 布団? ジャージしか敷いてなかったですが? という視線で真田とあたしが丸井を見ると、丸井はあたしを指差していた。 神様、この人に今すぐコケて突き指するとかの天罰をお与えください。 こいつを死なない程度にちょっと困らせてください。切実に真剣に祈ります。八百万も神がいたら一柱くらいあたしの願いを聞いてくださいませんか。はっぴゃくまーん! ちなみに、今ブホッって噴き出したついでに鼻水飛ばした切原と、笑いをこらえている柳にも、なんか罰を与えてください。死なない程度になんか困ればいい! 唯一笑わなかった真田が神様のようです。あなたが神か! そうか、真田が神なら平謝りして許してもらうしかないな! 「すみませんでした」 頭を下げたら腹肉が足と胸の間でつっかえた。 スゲー。 あたし、すっげーデブ。 そのまま前屈してみたら腹肉のせいで全然床に指つかないし。スゲー。ほんっとあたしってデブだなぁ。そりゃ幸村君に心配されるよ。糖尿病や通風は体質もあるって言うけど、こりゃふつーにあたし食べすぎで病気なるよ。腎臓系の病気でむくんでるとかそういうことじゃないもん、あたし。 「げきめたぼりっく」 前屈してるだけで汗がにじみ出てきたから、つぶやいてみた。 「渇ッ!」 ら、真田がドン! とかって床を踏みました何だコイツ! 「それが謝っている態度か! 星野!」 あー、そういやあたし謝ってたんだった。すっかり忘れてた。さすが神、細かいとこまでうるさいわー。 「やー、だってほら、腹がつっかえて指が床につかないし……若干すごくない?」 「すごいに決まっている」 溜息つかれたー。ひどーい。と、心の中でだけかわい子ぶってみる。 「だよねー。ちょっとこれあたしデブタレになれんじゃ……」 「お前の両親は何をしているのか! 娘の体調管理も出来ず生まれたときからふくよかすぎる生活など……親のしょくいくが悪いのだな」 お、おお……? あたしの親に対して怒ってる? なにこいつ。なに、真田って視点がそっち系なの? 顔だけじゃなくて思考もオヤジ系なの? ところでショクイクってなんだー? と思っていたら、柳がノートを開いてテレビでたまに出てくるアシスタントディレクターよろしく“食育”と漢字で書いて、そのノートをかかげてあたしに見せた。真田の後ろで。 あーなんか、それだけで若干意味わかったかもしんない。しょくいくねーなるほど。 そういや、うちの親はレストランであたしがコーラがばがば飲んでも何も言わないよなー。あー、でも、妹には水でいいの! って飲ませなかったな……ん、あれ? 待てよ…… 『お姉ちゃんみたいになりたいの?!』 『お菓子を食べるとお姉ちゃんみたくなっちゃうよ?』 「うわぁあぁあぁぁぁああぁぁあ!!」 うちの両親、育て方失敗したあたしを反面教師にして妹育てたのか! あたしは失敗作か?! だからことあるごとに妹があたしを馬鹿にした態度すんのか! あたしの大声にびびった切原と丸井がずざっとあとずさる。あたしは体格いいから、声もでかくてよく通る。まー、それはどうでもいいんだけど。 真田があたしの大声にもまったく動じてないのはすごい。やっぱり神だ! とか、デスノートのザ・魅上輝ごっこもそろそろ飽きた。 さすがに両親に失敗作と思われていたとは……ていうかですね、真田様の言うようにやっぱ多少は親のせいだと思うんですよね。ダッドも超デブだし。しかもその父さんが「世の中にはぽっちゃりの方が好きだって男も少なくない」なーんて断言してくれちゃってしかも身近にプニプニラヴァー柳がいたからすっかり騙された。 そうか……両親でさえあたしがでぶすぎてこりゃ失敗作だと思っていたのか。(被害妄想) 「そう思われてもお前はいいのか!」 あ、なんだ、本当に親のせいだと思ってるわけじゃなくて、それで説教したかったのですね真田さん。つか、三歳の頃から、産まれた頃から痩せたことないって、病気のむくみでもないのに痩せたことないって、やっぱちょっとは親の所為じゃないかー? 「や、でも、三歳児に自己管理なんて出来ないし、普通に親のせi」 「戯け者がッ!!!!」 かみさまー、もう嫌です。この人の声うるさいです。耳痛いです。住職に十年くらい塩かけさせてください。お願いします。本当このままじゃ耳が死にます。普通に喋れないんですかー。 「確かに幼き頃は親の所為かもしれん。だが中学生にもなってそのたるんだ身体は星野以外の誰の所為でもないわ!」 おぉう、ザ・正論。 どうでもいいけど黒龍を中国語読みするとヘイロン。 さすが神だ、言っていることが正論過ぎて心が痛いです。 「太りやすい体質ならば他人の倍、気を使えばよかろう!」 よ、よかろう? え、なにこの人。何語? ねーねー何語ですかー? いつの時代の人ですかー? 心の中だけで突っ込んでみる。だって、金剛力士の顔が般若とか夜叉とかに近くなったのですもの。スゲー顔芸。こんなのできる人初めて見たよ。スゲー。やっぱ神だ。 ◆◇◆ 「弦一郎、星野はもう立てないぞ」 柳の適切かつ冷静な淡々とした指摘がムカつく…… ムカつくけど、喋る体力も残ってません、指一本動かせません。どうすればいいんですか。今ここでジェイソンがマサカリ担いで殺しに来ても逃げられないヨ? 死ぬヨ? ゼハァーゼハァーとコートに汗の貯め池を作ったまま倒れ臥したあたしを、丸井の赤いのが塩かけたナメクジみてぇ、と言ってラケットの先でつんつんしてきやがりました。 すんませんあたし邪魔ですね。でも動けないんだもん! 「ランニング一〇キロ程度で死ぬ人間などおらん!」 「ここにいる」 でも、金剛力士の小学生時を基準にしたトレーニングを止めてくれたので、やっぱちょっと柳のいいやつポイントを増やしとこう。やだよー、もう足痛いよー。油物も生クリームも食べてないのに元気なんかでるかよー。ちょっと誰かアンパンマン召還しろよー。 「本当に一〇キロしか、走れないのかい?」 幸村君の、すごく心配そうな顔……あ、今死んでもいいかも……ちょー美形。幸村君ちょー美形。眼福だー。複眼だー。(違う)かっこよすぎる。 幸村君は別次元だからなんでもいい。汗かいてなくてもいい。そうだよね、幸村君にとっては一〇キロなんてちょっとそこのコンビニまでな距離だよね。すごいなぁ、幸村君かっこいいなぁ……ラブ! 「しかし、二時間で一〇キロ……ウォーキングのレベルだな。多めに消費カロリーを見積もっても〇.〇八二キロカロリーかける七十七.七キログラムかける百二〇分イコール七百六十四.五六八キロカロリーか……まずまずだが、ジョギングであれば二倍のカロリーが消費できたんだがな……」 うっせぇ黙れ 人が幸村君の顔に陶酔してるときに邪魔すんなデータマシンの暗算大王。しかもさらっと体重暴露すんなウンコ。二時間歩き通したあたしを少しは讃えろ讃えよあたしをバーカバーカ。 「まあ、カロリーは大事ではない。そもそも痩せさせるのではなく健康的にさせることが目的だからな……丁度良い具合に部活も補強に入る」 バーカバーカバーカあたしの前に膝をつくなー。幸村君が見えなくなるじゃんか! あたし本当に性格悪いな。 「では、部員と混じって筋トレだ。筋肉がなければ痩せないからな」 え? 「幸村、すまないがこいつとペアを組んでくれないか?」 「俺は部長だから、部を放っておくことはできないよ。今日だけでもいいかい?」 「わかっている、最初が肝心と言うだろう? わがままを言ってすまないが、今日だけ頼む」 地獄と天国のコラボレーションや! 「寝る前にストレッチするといい。筋肉痛が和らぐ」 柳は鬼です。さっきのランニングの時もあたしが逃げを打つたびに幸村君連れてきました。幸村君に迷惑は掛けられないので渋々走りましたよ! 今回もこのパターンか! あたしがやらなきゃ幸村君に迷惑かかるって寸法か! あたしがこのまま寝てたら幸村君が困るわけですね。 わかりましたよ! はいはいわかりましたよ! やればいいんでしょうがやれば! 幸村君に足を押さえてもらって腹筋左右と背筋、あとなんか手を前の方に出す腕立て伏せ(これきつい!)とかを一時間やりました。 丸井に「美奈の顔色がウミウシみて〜」と笑われました。ウミウシ色ってなんだよ。どんだけカラフルなんだよ。死ぬよ! あと柳の自作ドリンク不味いんだよ! 死ぬんだよ! うわぁあああん! 頑張ったあたしへのご褒美に、柳が素敵なプリントをくれました。
これ以上は読むのを目が拒否しました。 柳の味方をしているママ上の冷蔵庫の管理がきつくなったので、今日は帰りに丸井と一緒にコンビニでパピコ買って一本ずつ食べました。あたしはコレを食べるために今日を生き抜いたんだと思ってちょっと泣きました。パピコは一本八十二キロカロリーでした。 こんなの気にしないで美味しいご飯を美味しく食べたいです。 |