昔読んだ漫画に、うろ覚えなんだけど、悪魔は天使より美しいの。じゃなけりゃ誰も悪魔にたぶらかされないでしょう? みたいなのがあった。まあ、中学生のあたしったら、そういうのが好きでですね。ミカエルとかウリエルとかラファエルとかガブリエルとかガブリエラとか、そういうのよりもですね、ベルゼブルとかルシファーとかサタンとか好きでした。 中でも一番好きなのはベリアルですね。ほらほら、キリストを訴えたって言う、超絶美形の堕天使ですよ。一説にはミカエルの兄とも言われる炎の天使でございますよ。見目麗しく声も美しく論法も素晴らしいって言う、あんたなんで堕したの? っていうね! 魔王って言葉もいいよね! ドイツ語でエルケーニッヒ! シューベルトですよ! あとあと、メフィストフェレスとかもなんとなくかっこいいよね! 悪魔! んでもですね、なんでマイラブ幸村君は魔王って呼ばれてるんですかね。 聞いて見たら、ルドルフの観月、青学の不二、氷帝の滝あたりも魔王というか黒魔術の使い手だという噂がそこはかとなく聞こえてくるんですがね。 でも、あれだ、四十二.一九五キロメートルを二時間未満で帰ってきて汗一つかいていない幸村君を見ると、私が好きなのはやっぱ人間じゃない生き物なんだろうかと思ってしまう。だってテニスで試合すると五感奪われちゃうんだよ! 第六感で闘うわけ?! シックスセェェーンス! 「星野。俺が頼んだデータの整理は終わったのか」 うっせぇ黙れ電子蓮二。と思っても言いません。後が怖いから。 「正直、データ整理とかダイエットに関係ないと思うっていうかぁぁ〜」 「気持ち悪い喋り方をするな」 チョップはやめてくださいチョップはマジで。 脳みそ割れるっておいおいおいお。 「終わったのか、終わっていないのか」 「終わってるわけな……ああああああああすみませんすみませんすみませんすみません!」 いやああ、梅干はいやあああ! (梅干=まず、両手をグッと握ってドラえもんの手を作ってください。そして、その手を苦痛を与えたい相手のコメカミに置いて思いっきりグリグリしてください。痛いよ! とっても痛いよ!) で、懇々と脳みそを使ったらどれだけカロリーが消費されるのかを説明されました。そもそも真面目に授業を受けていればここまで太らないとか何とか……それって超嘘っぽ――ギャアアアアアアアア! 心の声が漏れてた! 漏れてた! ゴメンなさぁぁぁああああああああああああああああああああああ柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳柳蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二蓮二無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理 なんか産まれる! 生まれる! ピギャアアアアアアアアアアアア!
黒たまごが助けてくれるまであたしは蓮二にしょっ引かれていました。 こないだ喧嘩したときに『お前は大涌谷温泉に帰れ!』って言ってゴメンネ、と心の中で謝っておきました。 最近、食餌は魚と野菜と米がメインです。野菜と魚の料理が苦手な母親に電子蓮二が美味しくってお手軽レシピ集みたいなのを纏めて渡した所為で、デブいあたしも体型関取なパパンもにくーにくーあぶらーってなモンですよ。ゾンビみたいに徘徊しますよ。でも冷蔵庫に鍵つけられました! 冷蔵庫って鍵つけられるんだネ! しらなかったよ! 飲み物は水かお茶か酢。食事に関しては母上と柳のダブルカーチャンで管理されてます。同じダブルでもダブルミートとかダブルクォーターパウンダーなら嬉しいんですがダブルカーチャンはちょっといらない。カーチャン一人でいいです。ほんとに! 運動前にはトウガラシのなんちゃら言うサプリメントと汗のたっぷりでるまっずいドリンク。 朝三〇分のランニング(柳が私に首輪をつけて引っ張ってくれるよ! 死んじゃうよ!)と、マネージャーの存在しないテニス部の雑用&ボール拾い&筋トレ参加。夕方も雑用と筋トレとランニング参加。最近幸村くんが、レギュラーの中で一番動きの悪かった人間を私の散歩係に任命するとか言ってくださいまして、同学年オア年下の少年に首輪かけられて引っ張られて自宅までランニング帰宅の毎日です。デッド・オア・ダイ! どっちを選んでも答えは一緒! 首輪を買ってきた日の柳は「大型犬用だから大丈夫だ」とかいうわけのわからないダイジョウブをプレゼントミー。柳ってこんなヤツでしたっけ? えー本性コレっすか! コレっすか! 「お前は動物だ。動物と同じ躾をする。人間と同じ物を食べるんじゃない」 クールビューティとファンの子に言われる柳様ですが、上記セリフをさらっと言える方です。知らなかったけどさ。詐欺じゃん? 友達と思っていた期間、あたしはずっと騙されてたっぽいです。こんなにサディスティッキューだとは知りませんでした。 雑穀ごはんについて「これって鳥のエサくね?」と言ったら、上のセリフですよ。こいつドSい気がします。 ◆◇◆ 部員の最後の筋トレに参加して、地べたで毎日恒例の塩をかけられたナメクジごっこをしていると、幸村くんが超美麗な顔で悲しげに眉を寄せて「大丈夫かい?」と訊いてくれた。 正直、このためだけにあたしは蓮二の配下に下ってます。だって、だって! 蓮二ってば今まで自分で努力しろとかって幸村くんに近づけてくれなかったんだもん! アポイントメントもとらせてくれなかったんだもん! どんだけ幸村くんに大して過保護ってるんですかっていうかーみたいなー! 足ぷるっぷるしても、酸欠で脳みそグラグラしてもこの為だけに耐えてます。心配そうな幸村くんのカオ……ひっとりじめえええええ!!! とでも思ってないとやってらんないっすわ。 「柳、やりすぎじゃないか。星野さんが可哀想だよ。痩せさせるならもっとゆっくりやってあげればいいじゃないか。テニス部部長としても個人のダイエットに利用されるのは迷惑だしね」 やべ、あたし泣きそう。 幸村くんは別にあたしに言ってるんじゃないってわかってるっす。蓮二に言ってるってわかってるんです。でもちょっと迷惑とかほんとたしかに迷惑ですよねうわあああああああああああああん! 汗が目に入って染みたことにしちまえ。泣きたいー! マジ泣きたい。デブって言われたときより泣きたい。ていうかデブって言われても気にならない。キモイは若干凹むけどまあ、あたしちゃんと友達いるし。ちゃんとぽちゃぽちゃな友達を普通サイズの体型に見せるという重要な役割を果たしているし。対比効果! でも、幸村くんボイスで“迷惑”は本気泣ける。嗚咽をこらえたらぶふーっぶふーっという乙女にゃありえんモンスターな鼻息が漏れたし、うおおお、逃げたい、この場所から逃げたい。デブでも乙女なんだよ!!!!! 「美奈ー俺ハラ減ったー」 おま、丸井、空気クラッシャーにも程があんだろ。あとその立ち位置幸村くん見えなくなるから退けよコノヤロウ。 「あだぢはおばべのがーじゃんじゃないじょ」 鼻水と汗で地面に潮溜まりを作りながら言ったら口の中に砂入った。これぞホントに砂を噛む思い! まずっジャリってするし! ペッペと吐き出す気力がない&幸村くんの前なので色々なことを我慢してみた。まずー。砂で作ったソースとかあるらしいけど、何も砂食わんでもと思う。 「そりゃーそだろぃ。俺のかーちゃんそんなに太ってねぇ」 っかつく! な! こいつ!!! あたしを食料庫認定してんのか!? 丸井にギリギリしてたら柳が、全く無視して幸村くんと会話続行してるぽい。 「痩せ薬でもあれば俺もこんなことをしなくてすむんだがな……迷惑をかけてすまない」 そんなもんあったらあたしが探し出して飲むわ。こんなキツイ思いしたくない。肉体的にも精神的にも。もうやめて! あたしのライフはゼロよ!!! とか思って目線だけあげたら、なんか蓮二がシュンとしている。おお、めずらしい。すげえ。憂い顔? っていうのでしょうか。蓮二ファンのハートをときめきドキュンってなもんよ。さすが幸村くん。ドSに君臨するのって何だ? 天使? 悪魔? ――あーもしかしてだから魔王? 「痩せるだけでいいなら、俺にちょっと任せてくれないかな。今のままじゃ、星野さんも可哀想だし、俺達にも迷惑だし」 迷惑。すみません迷惑かけて。 でも主犯は蓮二だっしぃ。そもそもダイエットなんてしたくな……いや、健康になるためには必要なんだよなあああああ。ひいては幸村くんに好かれる為……ってコレ逆効果くない? あーでもあたしの為に心配そうな顔してくれる幸村くん、すきっ! ……きもっ。 「いや、健康的に痩せさせたいんだ」 「そうか……じゃあ、俺には無理か」 !? え、それどういう意味ですか幸村くん? 「迷惑をかけてすまない。問題があったら俺が対応するから少し我慢してくれないか」 問題ってなんですか。いやまあ、女子系とか教師系とかが有力候補ぽいですけどね。 なんやかや放置のままで今日のあたしの散歩係という名のランニング仲間は珍しく仁王でした。仁王立ちした仁王像が匂うというダジャレを言おうとした瞬間おもいっきし首輪引かれました。 「ぶげほっ!」 「喋る余裕があるならペースあげるかのう?」 「すんません……」 ランニングでマイホームへ向かう途中――あ、これさ、すげー乙女チックな言い方したら、一緒に下校してるってことになるんじゃん? わーお! でもなー仁王別に好きじゃないしな。まず白髪ってところがやだな。あとなんかシッポあんのもヤだな。襟足が長いと昔のヤンキーの子供みたいな気がするっていうかー。こないだ柳から逃れるために隠れた古本屋で読み漁った疾風伝説 特攻の拓っぽいっていうかー。柳に首根っこひっつかまれて苦しかったっていうかー。柳ダイエット始めてからおこづかい減らされたしー。漫画も買えないしー。……あれ、なに考えてたんだっけ? ぜひっぜひ言いながら仁王に引っ張られつつ、白くなりそうな意識の中でハートマン軍曹を思い出してフルメタルジャケットで聴いたランニングケイデンスを鼻歌してみた。ふっふふふ、ふんふふんふ、ふんふんふふ〜ん♪ よし、ちょっと頑張れる気がしてきた☆ 「……星野、休むか?」 すっげええええ痛ましい目で仁王に見られた。 なんね! あたしがランニングケーデンス歌っちゃ駄目っすか! ランニングっつったらこの歌だろ! 気が触れたんじゃ? って心配があからさまに顔に出てますよアンタ! と思ったけど休みたかったしぃ。 立ち止まってぜひーぜひーと息を整えていると、仁王は涼しい顔であたしとは他人ですといわんばかりの立ち位置で首輪のリードを道路の死角に隠していました。まあねえ、どうみたって人間に首輪って変態じゃん。ザ・変態。つか、テニス部のやつら、普通に電車で二〇分かかるあたしんちまでランニングしてほとんど息切らさないんですけど化け物? 大体、切原か柳が散歩係だけど、たまに丸井と黒たまごになる。柳生と幸村くんは一度もあたしの散歩係やったことないなー。でもぜったい息切らさないだろう確信がある。 少ししてランニングを開始したら、仁王が「幸村流にダイエットされんでよかったのう」て言った。え、てか幸村くんダイエットのが良かったですけど。 「あいつの手っ取り早いダイエットは“呪い”なんじゃ」 ほわっつ? 「星野の味方は柳だけじゃけぇ、言うことは素直に聞いときんしゃい」 今、サラっと仁王から敵宣言受けましたー! 敵認定されましたー! っつかあたしは全般的に被害者だっつうの!! ◆◇◆ 翌日――。 「単純な相手を不幸にする魔術だね」 「はぁ……交通事故にあうとか?」 「もっと単純にちょっと体調不良になったり身体の節々が痛くなったり頭痛するくらいかな」 「えっと、黒魔術?」 「ちょっと違う。そもそも魔術に黒も白もないんだよ。自分に施す魔術は白魔術、他人に施す魔術は黒魔術って覚えると簡単だよ」 「へぇ〜そうなんだ☆」 「うん、魔術って言うとみんなハリーポッターみたいなイメージなんだろうけど、民俗学とか……魔術師によって理論基盤も違うし、そんなに単純なものでもないんだ」 「えーと、それでどう痩せるのかなぁっ」 「痩せるって言うか、やつれる?」 ……カ、カムバック恋心! 「でもやっぱり健康が一番だしね、俺の魔術じゃお腹を下すくらいしかやらないよ。柳のダイエットよりはずっと楽だと思うけど、確かに不健康だしね」 あ、あれ? 恋心? 恋心? ちょ、お前ドン引きすんなよ! 幸村くんの言葉なんだからときめけよマイ恋心!! 完全無欠の笑顔での会話ですよ?! ここをときめかずしてなんとする! この程度で逃げるなよ恋心! 根性いれてくださいよ恋心さんー――!!! 恋心とあたしが、また仲良く手と手を取り合ったのは二日後でした。 魔術って調べると結構面白いね☆ |