レッツダイエット☆ 知らぬが悪鬼が知ったら仏になります。
 和やかな昼下がりの理科実験室。
 ぴかぴか光るホルマリン漬けの瓶の中には白く濁った眼の哺乳類とかはらわたまき散らした両生類とか色んなものがいて、食欲どころか生きる意欲すらなくなるんですけど何このいじめ。
 そんな生命の危機的状況なあたしは丸井と昼食中である。
 しかもさー、柳命令ですべての料理が真っ青。青。そりゃもう大ヒット映画アバターも真っ青の青さ。
 あれだ。食紅の青いやつ。食青とかでいいのか?
 とにかく、アメリカのケーキみたいに真っ青なのである。
 そして机には柳のプリント。食欲もなくなろうと言うものである。
【食欲減退色について】

 暖色(黄・橙・赤等)は食欲を増進する効果がある為に避けるべきである。
 逆に、寒色(緑・青等)は食欲を減退する効果があるので積極的に取り入れるべきである。食卓は勿論、食器、食品、カーテンからカーペットまで室内全てを寒色にすることでより多く食欲を抑制する事が可能である。
 また、着色料に抵抗のある場合は、暗闇の中でブラックライトを点灯させて食事をとれば、同様の食欲減退効果が期待できる。
 人間の食欲は見た目・香り・味・食感・音などに左右されるため、 星野 は五感で積極的に食欲を減退させるべきである。
 また、照明を白熱灯ではなく蛍光灯にに変えれば


 でも、まあ、うん、まあでも、ほら、味はね、美味しいからね。
 なんだかんだ言いつつ丸井も私も味重視なんですね。
 ホルマリンの前だろうが青い飯だろうが旨けりゃ食うよ!!
 青緑色のエイリアンみたいないんげんのおかか和えウマー!
 食ってるあたしの方がエイリアン捕食中のモンスターみたいに見えるけども。

 ♪でーでんっでーでんっ …… でーでんっでーでんっ でんでんでんでんででででででで――

 突如ホルマリンを震わせるほどの禍々しい音楽が理科実験室に響く。机の上に置いたあたしの携帯電話が震源地だったけど、無視。
美奈、携帯鳴ってんぞ」
 無 視 。
「……あー、参謀?」
 机の上にあった携帯をわが物のように掴んで通話とかしてるんですけど何この赤い頭のデブン太。お前は紅の豚か。豚だな。じゃああたしはなんなんだろうな。スターウォーズのジャバ・ザ・ハットかな。いやあんなに皺なかったわ。いやほんとあたしなんなんだろうな。マシュマロマンの方が似てるか?
「ンァ? 美奈? 今頬袋が三倍くらいになってっから、電話出られねぇ。あと、参謀の着信音ジョーズのテーマソングにされてんぞ
 ばっ ちょばっ おま なぜばらす! なぜばらす!! 何の理由があっての狼藉!
 高速咀嚼を試みている間に、丸井は一度通話終了ボタンを押した。そして再び携帯が鳴った。

 ゆっきむらくーん!

 ダイエットのご褒美に柳からゲットした幸村君専用着信音が、こんな時に鳴るとか! 初鳴りとか!
 噛まずに飲み込んで喉が痛いけどそのまま携帯を紅の豚から奪って通話! いえーい!
星野
 ……柳はもういいよー。一日二回以上みっちり叱られてるからもう今日の柳はいらない……今日の私の柳分は摂取終了です。これ以上柳分を摂取したら過剰摂取で死にます。とか、言えない。携帯があるってことは、幸村君もそばにいるだろうから。
 しかも柳最近機嫌悪くて、特に今日は朝会った時から、負のオーラを撒き散らすというか、日本の不幸は全てこいつが元凶なんじゃないかってくらい黒いもの製造機になりはててたしな……ヘンなこと言って余計切れられたくないわ……
『幸村の設定は何の曲なんだ?』
 って、何故着信音が蓮二と幸村君で違うと気付く!
『黙秘したとしても丸井に聞けばすぐにわかるが』
「……恋をしちゃいました」
 丸井が後ろで噴出しやがったコンチクショォォオオオ乙女心を笑うんじゃねええェェェエエエエッ!!!
 電話の向こうで柳がメモを取ってる音がする……! おおおおお何という羞恥プレェェエエエイッ!!!!
「nan no you desuka」
『今日は柿の木中との練習試合だ。試合中は星野は学校外周を延々とランニングだ。最後の授業が終わったら歩数計を渡すから、逃げるな。設定歩数とキロ数に達してない場合は達するまで走らせる』
 殺人宣言頂きましたーィ。
 試合ってどれくらいで終わるんだコノヤロウ……。何時間走らせるんだコノヤロウ。デブ走らせたらコンドロイチン足りなくなって軟骨がなくなって膝が痛くなるんだぞコノヤロウ! って私は老人かコノヤロウ!!! つまりデブ=老人か! なるほど!
「丸井ってデブの癖になんでそんなにモテんの?」
 蓮二との通話をおえて、はぁぁぁぁぁぁ〜……っとマリアナ海溝よりも深く、ブラックホールよりも重いため息をつく。んでついでにデブン太様を攻撃してみる。
「お前と俺のデブを同じレベルにすんな」
「いや、デブに上も下もないよ。デブはデブだよ。現実見なよ
それ言っていいのは痩せてるやつだけだろぃ。口の中すげぇ青くて気持ち悪いから口開けんなっつーの」
 丸井はあたしの方を見ないようにしながらガッツガツ弁当を食べている。
  おお、そのエビフライ美味しそう……赤いしっぽ美味しそう……
 自分の弁当はかき氷のブルーハワイより青い。そんでヘルシー。ヘルシーっていうか粗食。
 そして丸井があたしがなけなしのお小遣いで買った、地元洋菓子店のダックワーズを狙っているのは丸わかりです。食後のデザートにする気満々です。まーでも私の愚痴を聞く代金だからな。仕方ない。うん、仕方ない。蓮二は生意気にも結構女子に人気で、女子に柳の愚痴を言おうもんなら袋叩きです。やめてー叩いて肉を伸ばして衣をつけてミラノ風カツレツにしないでー! ってなるので、丸井先輩は愚痴聞きにちょうどいいんです。同級生だけどな。
「そもそもさ! そもそもですよ! そもそも!」
 だぃん! と机を拳で叩いたあたしに、丸井がなんだよもーうぜーなこのくそでぶ、という顔で不満の意を表明してくる。
 てめぇダックワーズ食べるんだからそれくらいは我慢しろよこのくそでぶ、という顔であたしも対峙する。
「なんで、柳さんは、ここまで、あたしを痩せさせようとしますかね! あたしだって腹くくったんだから一人で痩せられますよ!!」
「やる気程度で生まれてからここまででぶってた美奈が一人でいきなり痩せるわけねーだろぃ! どっからでてくんだその自信」
 なんでだかわかんないが、あたしの評価は各方面で最悪のようです。
「ところで美奈、今日何日だっけ? 練習試合って今日?」
「練習試合は本日らしいッスよ。さっき柳が言ってたし。ちなみに本日はつゆつゆだくだくの6月3日です。なんか例年より半月くらい梅雨入り早いらしいよ」
「マジかー……食べ物カビるな……まー明日は休みだし、今日だけでも頑張るしかねーな」
 大食なあたしと丸井のデブン太には気の重い季節の到来であることを、二人で顔を見合わせて確認した。
 あ、ダックワーズは美味しかったです! サクサクでね! アーモンドの香りが香ばしくって口当たりもさくっとふわっとしゅわっと蕩けるようで、青くなったしょっぱい舌には沁みるように甘くてね! ああああああんスイーツ最ッ高ー――!!
 その後、美味いよね! 美味いよね! という会話で盛り上がる紅の豚とマシュマロマンのデブ’sでした。ケーキバイキングで制限時間内に全種類制覇したあとに気に入ったケーキをもう一度食べるレベルでないと、あたしと丸井の(甘味的な)友情には割って入れない気がする。

 ◆◇◆

 休み! ひゃっほおい! 土曜日!!
 土曜日イコール友人改めただのドSな柳蓮二に叱られない日!!!! テニス部に行かなくていい日!!! 色々サボってボールぶつけられたり罵声浴びせられたり、部室のデスクで眠ってるところに腹部に肘鉄食らったり、真田に説教されなくてもいい日!! まあ、幸村君が見れないのだけは寂しいけど。
 でも、一応痩せると決めたので、近場の公園までスウェットで歩いて、コンビニに寄って大ヒットスイーツを二つ買った。偉い。あたし偉い。休みの日なのに歩いたし、あたし超偉い。
 まあ、ウォーキングとかランニングじゃないんだけど。わざわざ休みの日に家を出て歩くというのがもう私の意識改革成功的な感じでございます。
 幸村君のためなら頑張れる。頑張る。あたしってなんて乙女。
 そんな自分に酔った勢いで、コンビニから自宅までの道はランニングコースを選んでみた。
 下着姿で走ってるオッサンや、サウナスーツで走ってる若者、犬の散歩のおばちゃん等等がすっちゃかすちゃかと早足もしくは小走りで道を歩いている。
 さふさふと風が木立の葉が風に揺れていた。天気は曇りだけど、まあ、雨が降ってないだけ梅雨だしマシかなー。もふー。うん、やばい、家から一〇分と遠目のコンビニに寄って、ランニングコースという寄り道を五分しただけで汗がだっくだくだ。前髪が超貼り付いて、鼻の下に汗の玉が浮かんでいるのが自分でわかる。おおお、背中に汗染みできてそう……乙女……あたしは乙女だったはずなのに……これでは日の本に晒された醜いモンスター……最近モンスターづいてるなあたし。幸村君がモンスター可愛い人よってタイプならいいんだけども、いやでもあんな綺麗な幸村君の隣にいるにはやっぱ綺麗な方がいいよなぁ、うん。幸村君、本気で綺麗でかっこいいからなぁ……はぁ、素敵……
「ワンッ! ワンワンッ!!」
 って、ぎゃーっ!!! 犬ぅぅううううっ!!!!
 狼すら噛殺しそうな大型犬に押し倒されてもスイーツは守りますかっこ乙女。
「あらーごめんなさいねぇ。ホラッぽん吉、やめなっ!」
 うわー、思うけどオバチャンってなんでこんなにあっさり“ごめんねぇ”とか悪気なかったから許せよな、みたいに言うんだ。こんな人間食いちぎりそうな生き物に問答無用で押し倒されたんだからもっと誠意を持って謝罪して反省しろよくそばばーーー!! と、思っても言いません。
 確かにあたしの性格は悪いけど、どっちかってと内弁慶だし、蓮二とか丸井とか切原とか家族くらいにしか悪口言いません。偉い。

 あたしの【偉い】レベル超絶低いな……
 レベル1のスライムでも、もうちょっと偉いのレベル持ってるんじゃないか。
「ポン吉は普段こんな時間に散歩したりはしないんだけどね? 今日誕生日だからサービスで散歩多めにして犬用ケーキも買ったのよ」
「あ、おめでとうございま、す?」
 言いながらめっちゃあとずさる。しらんおばちゃんの話に付き合うほどは内弁慶のあたしでも性格良くはないわ……。
 半ばダッシュで大型犬とおばちゃんの途切れる事のないマシンガントークから逃げ切って帰宅した。思いがけずにいい運動する羽目になった……うん、今日は食事がっつり食べても痩せるなきっと。
「たっだいまーっ♪」
 よし、ご褒美にこの夏の新作大ヒットコンビニスイーツを今すぐ二つとも食べちゃうぞ!
 ふっふふーん♪と鼻息……鼻歌をバックに(気持ち的に)長い廊下を抜けると、そこは柳がいた。心の底が黒くなった。
 同時にズシャアッという音が室内に響く。いやもう本気で本当にリアル崩れ落ちた生まれて初めての虚脱から来る四つんばい。コンビニスイーツの入ったビニール袋がばさりと落ちた。
 休みくらいダイエットも休ませてくれよ。
星野……」
 うわぁ、声低い。蓮二の声が今物凄く低い。低すぎてヤバイ。怖い。
「そ れ は な ん だ?」
 四つん這いになったあたしの肩に蓮二の靴下を纏った踵が乗りました。生まれてはじめて男子に踏まれてる。しかもこいつちょっと頭踏もうとした気配があるんだが。やっべぇえええっ これ 結構 本気で 怒って ますよね?
 ひょおおおい……いやなんかもう。
「す、すみません」
「すみません? 何がだ?」
 声! 声! その声どっから出してる!?! 怖い! なに! 蓮二! マジ! こわ! い!!!!!
「えっと、これはまあ、コンビニスイーツという奴でして……」
「 で ?」
 つーか、なんで蓮二うちに来てんの?
 そんで、なんでこんなに超怒ってんの?
 確かにおやつは柳の認めたものを一週間に一度だけ、柳もしくは柳の認めた人物の前で食うってなってるから、約束破ったのはあたしですが。ダックワーズもう食べちゃったしなぁ今週。つかさー、これってさー、マジさー、犬猫の躾レベルじゃね? なんであたしこんなことされてんの?
 あ、痩せる為か。
「あ……の……」
 もしょもしょ反論しようとしたら踏む足に力入れられた。
 あたしそろそろキレていいんじゃないのか……。
 躾された犬が飼い主に逆らわないように、あたしも逆らえないんですけどね、まあ。うん。
 いやでも絶対痩せたら一揆起こすわ。絶対起こすわ。
「このスイーツ、あの今期の新作で、評判良くて……」
「ほう」
 ッギャー!! おまえっおまっ柳っ体重かけっすぎっう……崩れ落ちていいですか?
「柳にも食べさせたいなぁ……なんて?」
 テヘッとか言いつつ苦し紛れにごますってみた。
 いきなり、肩に乗ってた重みが消えた。

 えええええ!! なにこれすんげー効いた! すげぇ! ごま好きじゃないけどこれから擂りまくってみるわ……

「ふむ、俺にプレゼントというわけか?」
「プレゼントっつーか、そんなに大したモンじゃないけど、あたし今お小遣い減らされてるからさー」
 てへへ、と作り笑いをしながら立ち上がる。
 ちょっとやっぱ肩が少し痛くて擦ったら、柳が「少々手荒にしてしまったな。すまない。そういう訳だったら今回は多めに見てやろう」とか、コンビニ袋を持ち上げながら言った。
 お、おお?
 一気に機嫌よくなった?
「あたしの分もあるし、飲み物貰ってくるから一緒に食べよー」
「そうだな、ごちそうになるか」
 あたしの言葉に柳がふっと笑った。
 なんか、蓮二って、あたしの女友達より気分屋っぽいな。
 はー、まあ、お目こぼしいただけてよかった良かった。スイーツは二つともあたしの分だったけど、今回は仕方ないわ。うん。

 そんなこんなで柳がうちにきた理由ははぐらかされてわからなかったけど、三日ほど柳は機嫌が良かった。あとなんか丸井があたしを褒めた。そんで幸村君があたしに何故かお礼を言ってきた。なんだったんだろう、この三日間……。
 でも、幸村君に御礼言ってもらうためだけに生きてきたってほど幸せだったから、ま、いっか!
主人公は最後まで気づきませんでした。