負けず嫌いvs負けず嫌い

 女の子には誰でもあるアレに悩まされています。
 中二で始まってからかれこれ一年近いお付き合いなんですが――。
 なんですが。

 いかんせん 痛 い 。

 鎮痛剤食後一回二錠。
 最低四時間間隔。
 一日六錠。

  守 っ て ら れ る か 。

 激痛だっつーの。
 しかも男子共は「女子は生理で休めていいよなー」とか言ってくるんですよ!
 お前に子宮つけてやりたい。
 この苦しみを味わいやがれ!

 しかも、生理で休んでたら毎月三日〜一週間休みじゃないですか。
 有 り 得 な い 。

 そんな訳で私は初日が酷い人なので、とうとう貧血で倒れて保健室でねじねじしてます。
 ちなみにねじねじ、とは痛みのあまり身悶えてる私を見て「何ねじねじしてんの?」と言った母の言葉から来てます。
 ああ、痛い。
 救急車呼ばれて点滴のお世話にならなかっただけマシかなー。

「あまり痛いようだったら産婦人科に相談に行った方がいいわよ」
 眉間に皺を寄せてる私に、カーテンの向こうから声が掛かる。年配の先生は、もう閉経してそうだ。
「行きたくないです。絶対あのバカに『和泉先輩産婦人科行ったらしいッスよ! 妊娠ッス!』とか言われるに決まってるんです。絶対」
 あ、絶対って二回言っちゃった。
「マネージャーは大変ね」
 微笑ましそうな先生の声に、私の苦労も知らないでと溜息がでた。あの濃いメンバーの破壊力を知らないんだきっと。
 て言うか、マネージャー云々よりもこの痛みをどうにかして欲しい。

「それより、せんせ……鎮痛剤……増量して下さい……」
「ダメ。さっき飲んだでしょう。あと二十分は待ってね」

 無慈悲な言葉が痛みに苦しむ私に振り下ろされる。
 くそう。
 私に死ねと。
 痛さと絶望で枕を涙で濡らしていると保健室のドアの開く音。
 誰か来たのかな。
 私のベッドは譲らなくてよ。
 とりあえず寝たふりをしてみました。

 ってゆーか、マジでどんどん痛くなってきて息できないです。
 自然と無言にもなります。
 まあ、保健室で痛い痛いって大声出して騒いだら真田が飛んできて頭はたくだろうケドね。真田は悪い意味で男女平等である。
 つか、マジ痛いって! いっそ死にたい! 殺してくれ!!
 ああ、神様助けて……

夕菜、送ってやる。帰りんしゃい」
 シャッと寝ている私に断りなく当たり前のようにカーテンが開けられる。
「どうせ、もう授業出られる状態じゃないじゃろ」
 この、訛りを欠片も直す気が無い喋繰りは。

「俺は先生に早退の許可貰ったしのう。夕菜ん分は今、保健の先生が取りに行っとぉよ」
 何故だか知らないけれど人を食うような笑みを浮かべている顔は。
 意地悪気に細められている瞳は。
 むっちゃ校則違反のその髪の色は。
 っていうかヤンキーみたいに襟足だけ微妙に伸ばして括っているその髪は。
 一年の頃は可愛かったその顔は。
「に、お……?」
「ほれ、おまん荷物じゃ」
 ぼすり、とベッドに置かれた私の鞄。
 仁王は自分の鞄もしっかりテニスバッグとともに持っている。
 帰っていいのかアンタ。
 部活はどうするんですか。
 真田がキレるよ。
 私にもとばっちるよ。
 真田は男女平等に私も殴るよ。
 アンタは要領いいから殴られないかもしれないけど、私は殴られるよ。痛いんだよ。いや生理痛よりは痛くないけど。
「どっかいけ……」
 しかも弱ってる姿なんて見せられるか。
 この詐欺師(と書いて嘘つきと読む)に。
 絶対弱みに付け込んでくる。
 女を落とすには振られた直後がいいと豪語するタラシめ。
 私の友達をもてあそんだ恨み、絶対、忘れない。
「実力で追いやってみんしゃい」
 うわあ、そんな事お前には絶対出来ないだろって勝利に酔った笑顔がムッカつくぅ。
 あまりのムカつきに腹の痛みをこらえて上半身を起こす。

 ぺちり。

 仁王の頬をはたいた。
 仁王はやけに嬉しそうな顔で私を見た。
 そして、はたいたその手を握って、指先に軽く口付けた。
 なんかドキッとした自分に真剣にむかつく!
 何だか負けたような気がして、その唇を最近伸ばし始めた爪で引っかいてやる。
「――ッ……乱暴なお姫様じゃの」
 それでも仁王は私の手を離さない。
 お腹痛いし。
 仁王ムカつくし。
「るさい……アンタがいると頭まで痛くなるんだけど」
 私は、仁王が早退したとばっちりを受けるのはごめんこうむります。
「惚れさせた男に餌はやらんか。ほんに悪女の手管じゃの」
「る、さ……ッィ……ぅー――痛い痛い痛い痛いイタイイタイいたいッッっ!!!!」
夕菜は生理痛酷い方やしのう。そんなに痛いぜよ?」
「アン、タ……にっ……子宮ッつけてやりたい――ッ!」
「おお恐いのう……じゃけん、それは無理じゃ。俺は男じゃしのう」
 半泣きになってベッドで蹲る。
 ああ、なんて情けない……二日目ならもう少しまともに闘えるのに!
 ぎゅう、と目を瞑って痛みに耐えていると、仁王の手が私の腰に近い背中を撫でていた。
 セクハラと叫んでやりたかったけれど、その手があまりにも優しく撫でるものだから。
 痛みに弱ってる私は、気勢をくじかれてしまう。
「私……あと一時間……くらい……歩けない、よ?」
「おぶっちゃる。こんな時ん為に身体鍛えとるけん」
「うそ、つ、き…」
「眠れるようじゃったら少し眠りんしゃい。早退許可下りたら送っちゃる」
「この激痛で眠れるか! っ……」
 ホントに痛くて泣き出した私の頬に火事場泥棒のように口付けた仁王を殴る気力もなかった。
 早退許可証を持った先生が入ってきたのはそのすぐ後。
 痛くて唸ってる私と、まるで子供を心配するかのように私を撫でている仁王を見て微笑ましそうに笑ってました。
 私、それどころじゃないけどね!

「におー? 私もう歩けるよ。下ろして」
「たまには甘えるのもよかよ?」
 結局私は仁王におぶられて学校を早退する羽目になっています。
 こんな明るい時間に何の理由もなく歩いてるのって凄く珍しい。
 時折、お爺さんやらおばさんやらとすれ違って少し恥かしいけど、まあ、こんな経験も新鮮よね。
 と、自分を騙してみるが、自分に嘘はついちゃいけないって教わったような気がするし……
「私のたわわな胸がアンタのゴツイ背中でつぶれる」
 ええ、はっきり言ってやりました。
 そうしたらこの詐欺師、
「こん胸がたわわじゃったら俺ん胸もたわわじゃ」
 とか言い出しました。
「キモイ事言うな詐欺師。――あーあ。真田に怒られるかなあ……」
 べし、と仁王の頭を殴り、溜息を一つ。
 真田、女子にも影響なく怒るんだよなあ。
 男女分け隔て無い怒声を思い出すと頭が痛くなってくる。
「正直に生理痛が酷くてって言ったらええんよ。“む”とか“う”とか“ぐ”とか言って強くでりゃせん」
「アハハ! そーかも。でも、仁王のサボりの理由に使われたからなー」
 仁王は私の言葉に苦笑したらしい。
 私は負ぶわれている足をぶらぶらさせた。
「ねー仁王。下ろしてってば。もうそろそろ着くし」
「雅治」
 自分の名前言って何がしたいんですか。
 とうとう頭おかしくなりましたか仁王さん。
 まあ、いつも頭はオカしいですけどね。色んな意味で。
 そのまま無言を選択した私に痺れを切らしたのか仁王は囁くように言う。
 確りと私を負ぶったままで。

「雅治って呼んだら下ろしちゃる」

「何言ってんの? 仁王? 頭死んだ?」
「ええから。呼んでみんしゃい」
 コイツ……往来で……ほんとムカつく!
 とか思ってたら、タイミングよくなのか悪くなのか、またお腹が痛くなってきた。
「――ッ……ッぅ……い、た……」
「ちょ、夕菜っ ぐぇ……!」
 縋る物がなくて思わず仁王締めちゃいました。
 仁王は締め落とされる前に慌てて家まで送ると、勝手に人の鞄から鍵を取り出して鍵をあけました。
 一応その前にチャイムは鳴らしたみたいだけど、テニス部の皆は私の両親が共働きって皆知ってるしね。だから遅くまでみんなのサポートも出来るわけだし。
 家に入った途端仁王は私を横抱き(お姫様抱っこなんて言わない。仁王は詐欺師だし、王子様じゃないもんね!)にして「便所か? 部屋か?」とか女の子に訊いてくる。
「トイレッ」
 即答する私は女の子なのか。わからないけど余裕ない……。
 二度三度とレギュラー陣で一緒に来た私の家を我が物顔で歩きトイレのドアを開けると私を放り込んだ。
「部屋で待っとる」
 さっさと帰れよ! と言いたかったがトイレの鍵を掛けながら、私は痛みの為に無言でした。

 ◆◇◆

「仁王? 私のクローゼット、漁った?」
 ちゃん、と揃ったパジャマに、私はジト目で仁王を見る。
 仁王は唇の端を吊り上げて
「下着が入ってそうなトコロは開けなかったナリ」
 とか言いました。
「信用できない」
 私も即答で微笑みました。
「まあ、いいや。ありがと。着替えるから出てって。また明日学校でね」
 ブレザーを脱ぎつつそう云うと、仁王が私のネクタイに手を掛けて解きだした。
 何だこの男。
 ばし、っとその手を払おうとしたが、仁王はネクタイから手を離さない。
 しゅるり、と音を立てて、ネクタイが外れた。
 本気で睨みつけると、肩を竦めて後ろを向いた。
 部屋を出る気はないようだ。
 私は溜息を吐く。
「これでも、俺も心配しとるんじゃ。毎月の事とは言え、夕菜が痛そうな姿を見るんは辛いぜよ」
「それはありがとう。絶対振り向かないでね。振り向いたら、二度と口聞かないから。」
 心配そうに出された言葉を私はさらりとかわす。
 確か仁王の好みは“かけひき上手なコ”だった筈。
 なんで私がいいのだろうか本当に不思議だ。
 っていうか、赤也感覚でゲームの一種だと思っているのだろうか恋愛を。
 かといって心底嫌えない愛嬌があるのが腹が立つ。
 兎に角、私はごそごそと着替えを始める。
 結構なシチュエーションだから、さすがの私も少しドキドキしているけれど、悟られたら終わりだ。
 まるで狩りのようですね。
夕菜に嫌われとうないけんのう。素直に従うしかなかね」
「もう嫌いだけどね」
「惚れさせたんは夕菜じゃろ」
「勝手に惚れといて何言ってんの」
 なんて勝手な言い草だろうか。
 そういえば、ウチはジャッカル以外はゴーイングマイウェイタイプばっかだっけ。
 自分の正当化が得意な奴ばっか。
 私もだけどさ。
 というか、仁王が本気で私を好きでないことくらいは、私だってわかる。
「嫌いじゃ言うとっても突き放しはせん。夕菜は優しいからの。……俺も健全な中学生じゃ”子宮”なんて言われると想像するぜよ?」
「エロ詐欺師」
「健全な普通の男子中学生じゃ」
「エーロエロエロエロ詐欺師」
「音痴やのう…」
 あまりにしんみりと哀れみを含んだ口調だったので思わず温和な私もかっと来た。
「そこ! しんみり言わなッ……い、た――ッ」
夕菜?」
「……ッ着替え、終わったから……振り向いても、い けどッ……制服ッ――そこッハンガー、かけ……痛いッ!」
 制服をハンガーに掛けるように指示するとカラーボックスの二段目にある鎮痛剤を取り出し、鞄の中のコントレックスで喉の奥に流し込む。
 そのままベッドに倒れた私に、仁王が「この短パンどうしたらよか?」と、制服のスカートの下に履いていた脱ぎたてほかほか(何か嫌な表現)な短パンを指でつまんで尋ねてきた。
「畳んで……そこ、かごっ!」
 ドアの横にある洗濯物用の篭を示すと仁王は畳んだ短パンをそこに入れ、ハンガーに掛けた制服を手で叩いて皺を伸ばしていた。
 それが終わると私の寝ているベッドに腰を掛け、私のお腹に手を置いてきた。
 怒鳴りたかったが、痛みを堪えるのも体力がいるので黙っている。
 さすがに疲れた。
「はやく明日になるといいのう……」
 一日目だけが異常に酷い事を知っている仁王は(多分幸村と柳生も目端が利くから気づいてそうだけど)私のお腹を撫でながら、心配そうに言った。
 その手が気持ちよくて、私はうとうととしてしまう。
 でも、眠ったらこの男と意識のない私の二人きり。
 眠れる訳もない。
「ねー……仁王?」
 癒すようにそこを撫でてくる仁王に問う。
「なんじゃ?」
「何で私なの?」
夕菜ほど駆け引きの上手い女はおらんぜよ」
 くく、っと喉を鳴らして仁王は笑う。
「どこが?」
「無意識にやってるところナリ。」
「私は仁王嫌い」
 目を瞑りながらそう言うと、一瞬私を撫でる仁王の手がピクリと止まった。
「何で?」
「エロいし女たらしだし不誠実だしAB型だし、攻撃的だし、左利きだし、趣味ダーツだし、焼肉好きだし。テニスやってるところ以外は最低」
「それだけ俺のことをしっとるっちゅうことじゃろ。テニスやってる俺はかっこよか?」
 少しだけ笑って言う仁王にむかついて、言ってやる。
「かっこいいよ」
 すぐにそう云うと、一瞬だけ仁王が息を飲むのが分かった。
 素直に私がそんな事を言うとは思っていなかったんだろう。
 でも、ね。
「真田も、幸村も、柳も、柳生も、丸井も、ジャッカルも、赤也も、みんなかっこいいよ」
 そうやって付け足すと仁王は可笑しそうに笑い出した。
 笑ってる仁王の意味が解らなくて薄く目を開いて睨む。
夕菜にはやられっぱなしじゃのう」
「簡単に勝てるような女なら惚れてないくせに」
「よぉわかっとるの」
 また仁王は楽しそうに笑った。
 嬉しそうじゃなくて、楽しそう。
 この人に嵌ったらヤバイと私の本能が警告する。
 だから、絶対に私は彼に靡かない。
「のう、夕菜……そんな怯えんでよかよ?」
 ああ。
 コイツは。
「エロ詐欺師」
 絶対気を赦すものか。
 その間だけ仁王は私のものになる。
 優しい手が、本当にそれだけは酷く優しくて、言えない言葉を飲み込む。
 本当にむかつく。
 自分にも、仁王にも。
「ムカつく男」
 仁王はまた笑いやがりました。
 多分、私が落ちている事を彼は知っている。
 だからこそ、絶対言ってやらない。
 ああ、はやくこの出血大サービス週間が終わって対等に戦いたい。
 結局私は眠ってしまい、お母さんが帰ってくるまで仁王にお腹を撫でてもらっていて、仁王はちゃっかりウチで夕飯食べてました。
 くそう!