秋のある日。原稿が終わらない終わらないと深夜というよりも早朝と言っていい夜中三時に、いまだ義務教育を終えていない三歳年下の彼氏にメールを打った。 内容は“終わらない終わらない死んじゃうしんじゃう猫が喋るのは何で!? プリン買ったらナタデココだった! プリン食べたい食べたい! 窓のアルミサッシが、網戸が汚いよぉ! ”というものだった。らしい。 らしいというのはどうにも徹夜三日目で記憶が曖昧な所為だ。きっとナタデココはパンナコッタを間違えたんだと思う。そういえばナタデココって発酵食品。越前くらげの塩漬け入りアイスを食べたタレントがナタデココみたいって言ってた。 彼氏はご丁寧にも早朝六時という部活前の時間に我が家を訪れ、プリンを差し入れてくれ、アルミサッシと網戸の掃除をしてくれ、猫にエサをやってくれてから、年下らしからぬ表情で私をむりやり布団に叩き込んで学校へ行きました。 そんなメールを送ったことすら忘れていた私の「なんできたの?」という言葉にも「いいから寝ろ」みたいな返事を返してきた。 一昨年、投稿した漫画が微妙な選考に引っかかって、ちっぽけな賞金とその雑誌の特製原稿用紙をもらい、何度か投稿やら持ち込みやらして私の担当という人がついた。プロじゃなくても担当者なんているのかと、まだ高校一年生だった私は妙に緊張した。 そして今年の頭に女子中学生・高校生向けの、エロいものがまったくない少女漫画雑誌にて、月に四〜六ページ程度の仕事をいただけてることになった。 しかし、なぜかその漫画雑誌の締め切りと宿題の締め切りや部活のイベントや同人活動とかとかぶることが多く、友人にはしょっちゅう泣き言を言っていた。 実は、プロになった時はすごく嬉しくて近い親戚や親しい友人にはふれまわりまくっていました。侑士には最初、オタクだってことは黙ってたけど。 けど、いざなってみると、たった数ページがとても大変。アンケートハガキの結果にもいちいちビビっていたりして。長期ストーリー漫画の連載を抱えてる漫画家って実はかなりすごいんだと思う。プロになる前も担当さんにビシバシ図星やら痛い所やらを突かれて、内弁慶の私は何も言い返せず――いや言い返す必要はなかったんだけど――家に帰ってはズドーンと落ち込んで泣いていたけれど、プロになった今は、いや、もう、ホント厳しいです。 どこかの少年テニス漫画の作者さんなんかは、“煮詰まった時の気分転換の方法は? ”という質問に「煮詰まっているようではプロになれません。煮詰まるな!」と答えたらしい。私は正直プロになれてなさ――あれ、そういえば煮詰まるって“そろそろ結論がでそうだ”という意味だったような。まあ、いいか。とりあえず、今は侑士に言われたとおりに、寝よう。 今日は先日終わった三日間の文化祭の振り替え休日だし。 ちょっとだけ、侑士の言うとおりに寝て、起きると夕方だった。 キャラメルソースみたいなオレンジ色の空が綺麗だなぁ、とポーっと見てたけど…… 原 稿 終 わ っ て な い ! ! 本気で冷や汗が出て心臓がドクドクして眩暈がして、自分でも意味不明なことを叫んだ。 一分一秒の戦いに、朝から侑士を呼びつけた私に罵声を浴びせながらも協力してくれる母さんと姉。しかして、姉はトーンを貼ろうとして原稿を切り刻んでいるように見える。 なんでたったこれだけなのに計画的に書けないの?! と叱る母さんに言いたい。ネタにボツを出された数がとっくの昔に一億回を越えていることを。 半ば泣きながら仕上げをしていると、私が寝ていた時から何十回もメールと電話をしてくれていた担当さんが時間きっかりにウチに来た。今まではどんなに遅れても自転車にまたがって私自ら脱稿していたのに、今回は全然来ないから取りに来てくれたのかもしれない。知らない。そんな話をしたような気もするけど修羅場中の脳みその記憶なんて信用できない。こないだだって、修羅場明けにコンビニにアイスを買いに行ったら間違えて温めてくださいとか言っちゃってあっつあつの白いマグマみたいな元バニラアイスを一気飲みする羽目になったし。 母さんがまだ終わってないと平身低頭していて、こんな娘でごめんね! と泣きそうになりながら一時間後に出来たてほやほやの原稿を手にした担当さんが、帰り際携帯で、疲れきった声で「何時まででも待ってますから、編集部に電話下さい」と言っていた。漫画界って、こわい。ちなみにこの間は「ああ、締め切りですか? ええ、直接交渉しますよ。延ばしますから」と疲れた笑顔で言っていた。 うっうっうっと修羅場明けの脳みそでわけもわからず泣いていると、昨日のメールから今朝の様子から可笑しかった私を心配してか、侑士が部活後にうちにまた来てくれた。こういう時、氷帝の通学路にうちがあって良かったと思ったりもするけど、今はすごい落ち込みモードで、生まれてきてすみません生きてきてすみません状態で、ドラえもんのように押入れにもぐった。みけ猫のミケが“人間うぜー”って顔で押入れの奥かららんらんと光る瞳をむけてきている。 侑士はその間、私の部屋を堂々と物色していた。私が押入れの襖の隙間から私が見ていることを知ってい――「ギャー! そこは見るな!」 原稿用紙の束が茶封筒に突っ込まれたものがいくつかトーンケースのタワーにぶちこまれているのを侑士はめざとく発見して、その中の一つを手に取ると中身を検分しようとした。 私はそれを全力で止めにかかる。 ◇◆◇ 新しいストーリー連載漫画用の原稿やっちゅーそれは、あからさまに俺とユミさんの交際生活を基にしとった。もうちょっと捻ってくれ言いたなるほど俺らのデートの様子とか、そのまんまやった。ただ俺の年齢が底上げされとって、ユミさんも漫画のキャラっぽく喜怒哀楽が激しい描写にされとったけども。 普段は普通の高校生、しかして修羅場明けは【 !? 】みたいな変身を毎月するユミさんのどこにこんな乙女思考回路があったんやろかっちゅーくらいの甘々ラブラブの話やった。半分以上がネームの状態で、下書きされているのは一部だけなんやけど、まあ、内容は大体把握できた。 ユミさんは床に両手を着いてマジ泣きしとる。そんな見られたなかったんか。これが雑誌に載ったら俺やって普通に買って読むっちゅーことに気づかへんのやろか。 「俺、こんなキザな言い方してないやないですか」 セリフの一つを読んで、駄目出しをすると、ユミさんは「うっ」と小指をタンスにぶつけたみたいな声をだしてうずくまった。俺の言葉をアレンジしとんのはわかるんやけど、なんちゅーか、全体的にクサい言い回しになっとる。 「全体的に男の体が細っこくないですか?」 そのあと、調子に乗って漫画の中のセリフを音読しとったらとうとうユミさんが本気で土下座しながら謝りはじめた。ひどい原稿修羅場明けのユミさんは、どこかに出したら病院に突っ込まれそうな性格になる。まあ、それもおもろいんやけど。夜更けにスパムよりも迷惑なメールを延々と送られてくることもあったりするんはちょっとカンベンしてほしい。 それにしてもまぁ……俺らの出会いまでそのまんま書かれている。ホームから線路におっこったユミさんを俺が身体を呈して助けた――ちゅーか、実際あの時は全然電車なんて来てなかったけどな。漫画の中では危機一髪、俺がユミさんを助けとった。 ユミさんユミさん、と手招きして呼ぶと「なんでございましょうか」と変な返事で土下座のままずるずる近付いてきおった! なんやこれ普通に怖いわ! 思わずキャラも変わるわ! 「ユミさん、ここの縫い痕消えたん?」 そういえば、と思い出した。ユミさんはあの時、勢いよく顔面からホームに落っこちて『大丈夫大丈夫』と言いながら大出血してそのまま倒れた。俺は何故か、かけつけた救急隊員に『身内の方は乗ってください!』言われて『え、救急車乗ってええの?』と気軽に乗り込んだんやけど、ユミさんの耳の付け根辺りがパックリ切れていて肉とかピーとかピーピーとかが見えててマジメに見てるほうが痛かったわ、アレは。 ま、ユミさん本人はパニクってて子供が連打してる笑い袋みたいに『大丈夫です!』て連呼しながら笑ってたんやけどな。 「あ、それはもう」 話が漫画からズレて安心したんか何故かうきうきと耳を隠していた髪をさらりとかき上げたユミさん。かわいらしい耳元におもっくそ怪我の痕がのこっとった。 「もうちょっと切れてたら極道の妻だったよねー」 あっはっはー! て感じで豪快に笑うユミさんは、やっぱまだテンションがおかしい。俺の姉貴も酔っ払って公園で顔面コケして眉尻バックリ切ったことがあるけど、女なんやからもっとちゃんと顔には気ィつかってください。ほんま。 きゃらきゃらと笑ったユミさんはいきなり俺のメガネを奪うと、自分でかけて「めがね美少女萌え!」と言って一人で大爆笑して、そこで体力が切れたんか、捩じ切れた――あ、ちゃう。ネジの切れた人形のようにパタリと倒れた。 そそくさと布団を敷いてユミさんを寝かしてやる。毎月のことで、慣れてもーた自分が悲しい。 ◇◆◇ 「う……」 「終わりますから泣かんでください」 「や、終わるけど。終わらせるけど……彼氏にまでベタ塗りさせてる現実が痛くて心がくじけそうだよ……」 もう、いっそのことコミックメイカーとか、コミックスタジオとか、そんなパソコンで漫画を描くアプリケーションを購入してしまおうか。トーンの買出しまでしてくれた彼氏に頭が上がらない。 ちなみに、侑士は、昨日の私が夜中に電話をかけてアニメソングを三曲歌ったくらいのところで『ユミさん、今すぐ寝たらクリスマスにノエル ドゥ ピエール買ってあげますよ』と言われて「寝ます!」って素直にぐっすり寝た。 起きて現実的な時間に愕然として泣きながら学校サボって原稿を描いていたら侑士が私に睡眠を促した責任を取って手伝ってくれると言い出した。私がよく使うトーンをお土産に持って。原稿上がりのご褒美プリンも忘れずに買ってきてくれた。 もう、現状説明してる暇もないので腕を動かします。 「デデンデンデデンデン」 「デデンデンデデンデン?」 「デデンデンデデンデン!」 「――! デデンデンデデンデーン!」 「デデンデンデデンデン!!」 「デデンデンデデンデン!!」 「オデンデンデデンデン!!」 「おでん?」 「おでん! うでん! おどん!」 「おどん?!」 「オドンドンドドンドン!!」 なんて意味不明な会話をしたり。 「エッビフ〜ライ エッビフ〜ライ サクサクじゅわー(サクじゅわー)」 「……」 「エッビフ〜ライ エッビフ〜ライ サクサクじゅわー」「(サクじゅわー)」 「エッビフ〜ライ エッビフ〜ライ サクサクじゅわー」「(サクじゅわー)」 なんてコーラスしてもらったり。 「ぐつぐつにゃーにゃー」 「にゃーにゃーぐつぐつ」 「ぐつぐつにゃーにゃー」 「にゃーにゃーぐつぐつ」 「ぐつぐつにゃーにゃー」 「にゃーにゃーぐつぐつ」 これだけの会話をしたりしながら、二人で必死に一枚一枚原稿を仕上げていく。そういえば、侑士はいわゆるセクシーヴォイスの持ち主で、彼が声優であったなら声優イベントで「エーロヴォーイス! エーロヴォーイス!」って掛け声がかかりそうな――鳥海浩輔さんはライヴで実際に言われていたらしい。声優好きな友人談――声の持ち主だ。 それが呪文のように「ぐつぐつにゃーにゃー……にゃーにゃーぐつぐつ……」である。思わずブフォ、と噴出して大笑いして、そうしたら侑士にも伝播したらしい。二人でアッヒャッヒャッヒャ! と笑い転げながら、気づいたら侑士、無断外泊してました。ウチに。 しかもアッヒャッヒャッヒャ! と言う笑い声で、思わず「あ、子供や!」と言ってしまってネタのわかる侑士は「もぉっとよぉーく冷えるー!」とか言い出して、ギャハハハハハ! と大爆笑。おいおい恋する乙女おとめと乙男おとめんが、なんでバカな悪友同士みたいになってるんですか。しかもネタが古い。わからない人には、いや、わかる人にもなんでこんなにウケてるのか絶対わからないと思う。だって、腹筋が六つに割れて大泣きするほど笑いましたもの。 これが、修羅場の魔力。 でも二人で一晩かけて原稿は出来上がっていた。お母さんには五万回くらい夜は静かにしろと叱られた。 ホント、なんで修羅場ってどうでもいいことがメチャクチャ面白く感じるんだろう。 翌日、私は侑士にジャンピング土下座をした。 そして学校帰りに菓子折りを持って侑士の家に母と平謝りに行きました。 侑士はユミさんは日常と修羅場のギャップがいい人なんで気にしないで下さいと言ったけど、それってどういう意味何でしょうか。お姉さん、最近の子のことがわからないよ。 ◇◆◇ その日。 俺がしたユミさんの話を聞いてた岳人は実際ユミさんに会って面食らっとった。 岳人が意中の女となんとかデートまでこぎつけたんやけど、二人きりは恥ずかしいとのことで無理矢理ひっぱってこられたユミさんは、化粧は三時間かけてナチュラルメイクしとったし、身長も岳人より高かったし、綺麗めお嬢さん系の格好をすんなりと着こなしていたからだ。 ユミさんいわく“冬の新色モテ色ディープモーヴのゆるふわ愛されウェーブ”という長ったらしい髪型は修羅場中にヘアバンドでがっつり止められてる髪とは全く違って大人っぽかった。まさかアッヒャッヒャッヒャ! と笑い転げるとは思えない女っぷりやった。ほんま、化けるよなぁ……。 ユミさんのお母さんは“シジミのような目をムール貝にしちゃって”とユミさんにそっくりのきゃらきゃらした笑い声で俺に同意を求めたほどの念の入った化粧やった。しかもワンデーアキュビューディファインのせいで無駄に黒目が印象的に。 ちなみに服は愛されピンクとやらの特集に載ってたんを着てるらしいがよくわからん。 しかし、何より失敗だったのは岳人の意中の女とユミさんが意気投合して二人でキャッキャしとるっちゅうことや。なんのためのディズニーシーや。マジで。ここは女友達とじゃなくて彼氏と来る場所やろ。 必然的に岳人と女二人の後ろをついて回ることになる。クリスマスイベントでなんとかコーストでダッフィー? と写真が撮れるから並ぼう! だの、アイリッシュダンスが見たい! だの、乗り物には乗らんでダンスやらショーやら見るタイプの乗り物三昧。 ゴンドラに乗ってはクリスマスカラーに染まった園内に目をキラキラさせて、楽しそうに船漕ぎのキャストに言われたように手を振ったり「アリーヴェデルチ!」とか言ったりして――ユミさん、アリーヴェデルチで噴出すのを堪えとった。しかも岳人から思いっきり顔を逸らして。耳元でぼそりと無駄無駄無駄無駄無駄ァと言ってみたら顔を赤くして噴出すのを堪えているユミさんに俺のが噴出しそうやった。 けど、見るだけの乗り物は、俺はええけど岳人は好みじゃないらしく絶叫に乗りたくてしゃあない感じやった。 仕方ないのでユミさんに耳打ちするとすんなりと絶叫に乗ることになり――ユミさんが死んだ。そういえば、絶叫だって言ってへんかったな、あの新しい緑の乗り物。並んどる途中で顔色が悪くなったんは、このせいか。 これだけ一緒に行動しとるんやから岳人と女の子もちょっと緊張が解けた感じで「俺がユミさん見とるから遊んどってええよ」と促すと、女の方がすんなりと頷いて、まだどこかぎこちないものの岳人と二人でどっか向ってった。 ユミさんは死んどる。 ◇◆◇ アレは人間の乗るものじゃない。心臓が口からコンニチハするかと思った。なんで心停止しなかったのか不思議だ。 ベンチでぐったりしてると、隣に座った侑士が「大丈夫ですか?」と私の額に手を置いてくれる。「ダメです」って答えると侑士はしゃーないなぁー、って感じで笑う。なんで余裕なんですか、アナタ。 「まあ、俺も絶叫系は苦手なんですけどね?」 関西風のイントネーション。侑士の言葉に嘘だぁ、とこぼしてから、目を瞑る。ちょっと気持ち悪い。そういえば、岳人君はうまくいってるのかなぁ……。 「ほんまですって。ちょっと気持ち悪いですもん」 ちょっとかよー、とちっちゃく呟いてから、溜息。ゆっくり目を開けると、彼氏と一緒に幸せそうに歩くお姉さんがいた。その頭にはミニーマウスの耳。なんとなく「アレ、欲しいなぁ」と呟くと「ユミさんはエビフライのしっぽでいいんじゃないですか」と侑士に言われる。 いやいや、私だっていまだにハイティーンでガールな年頃ですから、ミニーちゃんとかマリーちゃんとかミス・バニーとかがいいですよ。どっかのギャルみたいに全身きぐるみで出かけたりはしないけど。 「はぁ……」 「疲れました?」 「うん、ちょっとね。若い女の子には負けるよ」 中学生と一緒に居ると、正直自分が歳をとったなぁ、と感じる。テンションの差かなぁ。別にいいんだけど、最年長って考えるとなーんかプレッシャー。勉強しなくていいから専門! とか適当に選んだ自分とこれから高校進学な彼らとでは未来の幅が違う気がしてしまうお姉さんです。 「派手な水着はとても無理ですか?」 侑士がおかしそうに言う。おいおいおい、その歌古いよ。なんで知ってるの。森高千里って。ああ、でも侑士なら、なんてったってアイドルをカラオケで歌っても不思議じゃない気がする。なんとなく、昭和の風が吹いてるよね、侑士。バレンタインデイキッスのりのりで歌えるね。 「んー……ビキニは二十歳までだね〜個人的に」 「んじゃあ、再来年で見納めなんや……夏はいっぱい見せてくださいね」 セクシーボイスでさらりと言う。存在自体が十八禁だ。あ、ちなみに私達の関係はプラトニック。侑士はふざけてそんな事を言うけど、この間の無断外泊の時も二人で壊れてただけで変なムードにはならなかったし。修羅場って色んな恋愛フラグが立つらしいけど、私は今のところ馬鹿と迷惑のフラグしか立ってない。 ていうか、侑士、中学生だし。プラトニックじゃなかったら犯罪じゃん! 「その前にクリスマスだー。ああ、いや、その前に日吉君の誕生日だっけ。またぬれせんべい取り寄せればいいの?」 侑士の後輩に日吉君という人がいて、彼はぬれせんべいが好きらしい。侑士に頼まれて母の実家が千葉な私はおばあちゃんに元祖ぬれせんべいを送ってもらったのだ。 「や、ええです。去年は全員ぬれせんべい持ってって“いやがらせですか? ”て言われたんで」 「それは嫌がらせだー」 笑うと侑士も笑った。侑士は私のこともそうだけど、今こうやって岳人君に付き合ったり、日吉君に誕生日プレゼントしたり、けっこうマメで気のつく良い子です。 んっと身体を伸ばす。少しは気分が良くなってきた。 ちょうど、岳人君たちが戻ってきてスーベニアのおやつを差し入れてくれた。侑士の分は当たり前のようになかったので、半分ずつにして食べたら「ラブラブですね」と言われた。――これってラブラブなの? ◇◆◇ 岳人らが来てユミさんは年上ぶった態度になる。そのギャップがおもろくて笑うと岳人らが不思議そうな顔をする。修羅場中は真夜中にいきなり電話かけてきたかと思うと泣きながらアニソンを熱唱する人なんやと説明したくなった。 ユミさんの視線が物質的な質量を持って俺をグサグサ刺したんで言わへんかったけど。 その後は絶叫の時は岳人らだけに乗らせて食事はなんとかアイランドだったらなんとかステーションだののワゴンショップでこまめにとってぐるりと園内を見て回り、夜は混むから先にお土産お土産! とはしゃぐ女共に付き合って込み合った店内に突入した。 んやけど、正直こんな人の多い場所は長時間いたいとは思わん。 「侑士ー! ……シー」 けど、ユミさんに呼ばれて、しゃーないなぁと人ごみを掻き分けて彼女の元に辿り着くと、最後にボソっと“シー”を足した。ユーシーシーって。コーヒーか。つかユミさん思いついたからどうしても言いたくなっただけやろ。 「まあ、それは冗談で、これこれ」 と言ったかと思うと“これこれ”がなんなのかわからないまま、いきなりユミさんが人の頭になんかかぶせてきた。 しかも、そんな俺を見て声を殺して腹を抱えて大爆笑しとる。 「似合う似合う! 買ってあげるね!」 そう言いながら俺の頭から、なにかを外した。 ……ウサ耳やった。 なんか、泣けた。 「や、いらん。ホンマいりません」 えー、とわざとらしく媚を含んだ拗ねた声に溜息がでてまう。結局、若者らしく(って言ったんはユミさんやけど)恋人らしく(これもユミさんやけど)ということでシンプルなスクエアネックレス(ユミさんの選んだティンカーベルよりマシや)を色違い(って言ってもはめ込まれてる石の色がちゃうだけ)で買った勢いで、フリーサイズの安い指輪をペアで買って別々に包んでもらう。これは岳人らへのプレゼントで、岳人にだけはネタバレしとくっちゅー話になった。 まあ、実際、恋人っちゅーより彼氏彼女ごっこをしてる悪友みたいな関係なんやけどな……。 あ、考えたら涙でそうやからやめとこ。 買い物がひと段落して、次はぶらぶら観ていないイベントだのを見て回ることになった。ディズニーランドやディズニーシーを一日歩ける奴ならフルマラソン完走できるやろな。時折、岳人らは絶叫だのなんだの乗ってたけど、俺とユミさんは完全にまったりコースやった。 けど、夕方からは目を皿にしてパンフレットをチェックしたユミさんに、鬼のようなコースに全員つき合わさせられた。いわく――クリスマスと名のつくショーは全て観る! らしい。 「あ、あと『ブラヴィッシーモ!』も、観るよね、もちろん!」 岳人がげんなりしとったけど、女二人が楽しそうやしまあ、ええか。 ◇◆◇ 最後のクリスマスウィッシュ・イン・ザ・スカイ――つまりはクリスマス・ソングをバックに花火を観る――まで怒涛のスケジュールで押し切った。あんまりいい場所で見ることはできなかったけど、一時間前から場所取りなんてしていられないし。 満足して花火を見上げてると隣で侑士は疲れた顔をしている。最近テニス部を引退してちょっとした休暇状態だったから、急な運動で疲れたのかも。あとは、人ごみ酔い。 前にいる岳人君も疲れてるようだけど、それは緊張してるからじゃないかと予想。 「お姉さんが癒してあげましょうか?」 この寒いのに手袋をしていない侑士の手を握って、そのさらりと乾いた皮膚に唇を押し付けると、侑士が目を丸くして驚いてた。かーわいい。でも、それは一瞬。 「ぜひ」 なーんて笑いながら後ろから抱きしめてくれる。おお、今ちょっと恋人同士っぽい! すごい! いま恋人っぽいよ! よし、今度このシーン描こう! けれども「岳人君が睨んでるから、終ーわりーぃ」。よいしょ、と私のおなかの辺りで組まれている侑士の手を解いて、ぴょんっと逃げ出す。でも、手は繋いだまま。 実は岳人君たちもちょっと手とか繋いでて、侑士と二人で微笑ましいねと視線を交わした。あの二人は、今は花火なんか目に入らないかも。 そんなこんなで花火が終わって帰る岳人君たちに、私はまだ買うものがあるから、と言って別れる。もちろん、二人の為に買ったリングは渡してある。 さて、岳人君はがんばれるんでしょうか。 そんなことを想像していたら侑士に告白した時のことを思い出す。助けてもらったお礼に菓子折りを持って侑士のお宅にお邪魔して、実は家が近いことを知って、そうしたら、何故か近所で偶然よく会うようになった。今までお互いの存在も知らなかったのに。 私の部屋からジャムプロジェクトのアルバムが見つかってしまって、やばいと思った瞬間「最高ですよね!」と侑士が力説した。そこでお互いアニメ好きをカミングアウト。告白前にはストレイト・クーガーの話で盛り上がっていたから、一時期“付き合えたのは兄貴のおかげや”なんて侑士がよく言ってたっけ。 ――おお、すっごいオタクっぽい! 「そろそろあいつら電車乗ったかな。俺らも帰りません?」 ストアの中でぼーっとしてる私の頭に魔法使いの帽子をかぶせながら侑士が言う。お土産を買う人たちで店内はごった返しているから、早く出たいんでしょうね。ええ。 かぶせられた帽子を棚に戻して「うぃーす!」とか言いながらストアを出ると、正直、寒い。そんな中、くっだらないことを喋りながら二人で歩く。 「メリクリってメリクルに似てるよね」「そんなモンスターと一緒にせんでください」「メリクルはチキンだから丁度いい気もする。クリスマスはどこいこっかー?」「クリスマスは〆切り前日じゃないですか」「だから気合で早く終わらせるって。お姉さんに任せなさい!」 ◇◆◇ 年末で繰り上がった〆切りを、ユミさんが更に繰り上げて原稿を書き上げるなんて絶対に無理やと思いながらも「期待しときます」って答える。ああ、クリスマスならユミさんと一緒にクリスマス映画観るのもええかな。 「侑士、侑士、手つなごう! 恋人っぽくしないと」 リゾートラインの駅に向う途中で急にユミさんはそんなことを言い出して思い出したように俺の手を握った。 「や、俺らは恋人同士なんですから、俺らのしたことは何でも恋人っぽいと思うんですけど」 最近、特にユミさんは恋人っぽさにこだわる。なんでかは知らんけど。 と思ったら即行ユミさんがぶっちゃけた。 「漫画に描く為には色々と恋人っぽいことを模索しないとね」 なるほど。 「じゃあ、今度ユミさんにキスしてもええですか」 俺のいきなりのファーストキス宣言にユミさんはきゃらきゃら笑って「おいちゃんをからかっちゃダメだよぉ〜。おいちゃん照れちゃうよぉ〜」と、繋いでない手ェをオバさんっぽくふらふら顔の前で振った。 「いやいや侑士クンはマジですよ?」 歩いている途中で立ち止まってユミさんの目ェを見つめる。ユミさんは少し周りを気にしたけど、もともと端っこを歩いてたから周りの人間もあまり俺らを気にしとらんかった。 ユミさんは、俺の真意を探るように――っても、恋人同士(一応)やのにキスもしてないほうがめずらしいんちゃうん? ――じィーっと俺の目ェを見てる。 俺は、アアと思うて眼鏡をはずす。 遮蔽物のない視線に、ユミさんはちょっとたじろいで――……それから、俺にべしっと倒れかかってきた。 「条件一、花火もしくは海もしくは高級ホテルもしくは夕日もしくは観覧車もしくはイルミネーション」 「や、なんでそんな昔の漫画風なんです?」 ユミさんの了承の返事に安堵で足が震えそうになったことは内緒や。ほんま緊張してた。実は。 「おいちゃん、今マジ照れてるんですけど。少年、直球過ぎですよ」 「少年の良さは直球なトコやないですか?」 俺の言葉にユミさんは笑い、もたれてた俺から離れると歩き出す。 「よっしゃ、じゃあ次はラストをキスで締めくくるデートコース考えよう! クーガー兄貴に遅いって言われないようにすぐに計画立てましょう」 しかも、ネタなのか俺が好きなのかよぉわからんことを言われた。けど、駅までの道のりを照らす蛍光燈に照らされたユミさんの顔が赤くて、それを見て俺もなんか顔が熱くなってもうた。 とにかく、締め切りやなんやでお流れになる前に、帰ったら早速、次のデートのコースを二人で考えるところから始めよ。 |