ともだち友達

 千石が、行こう、と笑う。
 どこに? って訊くと、どこか! って笑った。

 だから、その手を取って、走り出した。

 味気ないただのコンクリート舗装の道路を、あたしはスカートをはためかせて、千石は前を肌蹴た白ランを風にばたばたとなびかせて、全力疾走した。

 どこにもいけない。
 わたしはわたし。
 なににもなれない。

 でも、千石はそんなあたしの手を掴んで、行こう、と言った。
 だから、全然わけわからなくて、マラソンみたいだけど、一緒に走った。
 あたしがこけて、手をつないでた千石もこけて、千石は顔面から転んで、私も思いっきり膝をすりむいて。
 痛いと叫び合いながら、千石は、でも笑う。
 私もつられて笑う。

 選択されなかった可能性はどこに行くのか、不安だ。
 けれど、私はもう自分の意思とは関係なく、父と母の間に生まれて、それだけで思いっきり選択肢が減って、不安で。

 だけど、千石が笑うから。

 進路とか、知らない、って笑う千石は、物事には大きな流れがあるから、何をしたってそんなに変わらないから、だからそんなに怯えないで躊躇わないで、なんでもやってみようよ、なんでも言ってみようよ、って笑う。
 転んだのが痛かったからじゃなくて、顔の擦り傷から血を滲ませる千石の胸で泣いた。道端で。

 父と母が離婚するのは仕方ないこと。

 それがわかってから一所懸命二人に別れないでと言ったけど、でも、わかった。
 母と一緒にいたら、父と一緒にいたら、母は、父は、幸せになれないんだって、わかった。
 母として父としてはいい人だったけれど、ってなんだか難しい話は知らない。

 なきじゃくるあたしの頭を撫でた千石は「もう一回行こう」って言った。どこに? って訊いたら、どこでも! って笑った。馬鹿だ。あたしも千石も馬鹿だ。
 うまく慰められなくて、行こうとしか言えない千石が、愛しく感じられる。
 うん、って一緒に走り出しちゃう、あたしが馬鹿すぎて愛しく感じられる。

 どこでもいいよ。

 千石がこうやって手を引いてくれるならどこでも行くよ。
 千石が笑ってる場所にあたしは行くよ。

 結局、二駅分走って、カラオケで歌いまくった。
 フリードリンクでいっぱいジュースとお茶を飲みすぎて何度もトイレに行った。
 デュエットしたり、採点で勝負したりして、いっぱい泣いて笑った。喋った。いっぱい。

「せんごく、あたし、お父さんに付いていくことにする」

 そっか、って千石は寂しそうに笑った。

「でも、山吹、やめるつもりないから」

 がんばれ、って千石は嬉しそうに笑った。

 それから、行ける所まで走って走って二人で。
 赤信号で、息を切らせながら立ち止まってるあたし達を、周りの人が不思議そうにみてて、教えてあげないって思う。
 走って走って走って、ついたのはなぜか南の家で。
 二人で南に
「家出してきたから今日泊めて」
 って言ったら、南が昼寝中に起こされた猫みたいな顔であたしたちを見た。
 あたしと千石は笑った。
 ついでに東方も呼んじゃえって言い出したら、南がやめてくれって言った。
 あたしと千石は笑った。

 家に、家出します。 というメールを送った。それから携帯の電源を落とした。

 南のベッドは男臭くていやだったから、お客様用のふとんを借りて寝た。
 南の部屋着を、あたしと千石が着て、南身長高ぇー! とかって笑った。

 選択されなかった未来はどこに行くんだろう。
 でも、千石の言うように大きな流れがあるのなら、どっちを選んでもいいの?
 でも、もしかしたら運命の選択ってあるんじゃないのかな。
 わからない。
 わからないけど。

君津、寝れる?」

 って、すごく心配そうに南のベッドから顔だけおろして、見つめてくる千石の頬に唇をくっつけた。
 千石は、とても慌てて、そのままベッドから落ちて、南がなにしてんだよ、って言う。

「あたし、千石と南と、友達でよかった」

 おっこちた千石と、ベッドの上でぽかんとしてる南を順番に抱きしめた。