なげやりな二人のミッドナイト

 ヴーッヴーッ、と不機嫌そうにスウェットのポケットの中につっこんだままだった携帯が震える。眠いのに誰だよ。 優子だったら絶対呪ってやる。浩二だったら噛み付いてやる。そんな事を思いながら着信を見ると私の唯一逆らえない幸村精市だった。なんだよもー、こんな時間にって携帯の画面の表示を見ると午前二時だった。ホントに何なんだ。
 幸村は案外物凄いマイペースで、回りの人間(親しい人限定)も自分のペースにあわさせる強引な所があることは私もよく知っている。でも、だからってこの時間は常識範疇外だろって、電話に出るか出ないか悩みつつ、こんな時間に電話をかけてくるということは、私と幸村が親しいからで、幸村だってマイペースだとは言え何の意味もなくこんな電話をかけてくるわけがなかったので、せめてもの抵抗ですっげー眠そうな声で電話に出てみる。
「はいー。なにー?」
山本かい?』
「おーよ。山本初枝ちゃんですよ。なにこんな時間にでんわなの?」
 はつえちゃんちょーねむいー、と自分でも気持ち悪いなって思う声と口調で言ってみたけど、幸村はそんなことじゃ怯まなかった。
『すまないね。ただ、声が聞きたくなったから』
「甘えため」
 私はできる限り明るい声で、親しい感じで、馬鹿にした口調で言った。
 一時的に自宅療養しているとは言え、手術をするかしないかの決断を迫られている幸村は、ってゆーか手術するんだろうけど、なんか……気いつかうじゃん。やっぱり。しかも幸村もやっぱり男だから甘えてくるときは大抵私なんだよな。まあ、真田あたりに甘えたらすごい事になりそうだし、男をこうやって受け止めるのも女の仕事だよなー、とか思う。
 ちなみに、幸村が何となく好きで告白した私は二年のころにがっつり振られていたりする。ちょっと回想シーンを入れてみると
 幸村は私をどう思ってんの? とてもいい友達だと思ってるよ。ずっと今のようないい友人関係でいたいね。 あ、そー。
 ハイ試合終了。
 とりつくしまもない感じでフラれて今に至る。唯一の救いは遠回しではあるものの告った告られたフッタフラレタの関係になっても幸村の態度が変わらないことだ。
 けれど。
 女は惚れさせた男をどんなにぞんざいに扱ってもいいって本能で知ってるらしい。もしかしたら、男もそうなのかもしれないと幸村を見てると思う。
 どうせ、寂しくなったときに声を聞くだけの都合のいい女ですよ私は。とか思いつつ、でも病人の幸村が、テニス中毒なのにテニスをプレイできない幸村が、やっぱし可哀想だし、部員には頼れないんだろうなとか家族には心配かけれないんだろうなって思うと、こうやって甘えてくれるのは嬉しくもある。
 甘える対象と言う意味で私を女として見始めたのはあの微妙な告白のときからだったのかもしれない。
『部活は楽しいかい?』
 この台詞だけで、別にこの電話に主題はないんだなってわかった。暇つぶしかもしれないなとか。いや幸村は暇つぶしで人の携帯に午前二時に電話をかけてくるような男じゃないけれど。
「楽しいよおお」
『ああ』
 あ、なんか幸村へんだなって思った。直感だけど、こいつなんか言いたい事あるんじゃない? みたいな。隠された後ろ側の声なんて私にはわかんないけど。隠してる事はわかる。どーしよ、これって気付かないふりをすべきなのかそれともつっこむべきなのか。これが引き気味の人ならば――同じクラスのジャッカルとかな――ガッツンガッツン聞いて掘り出すんだけど、幸村はなあ、微妙。ちょうびみょう。
 さてさて、なんで私が幸村が好きかというと、気付いたら好きだなと思っていたのが本音。入学して顔を合わせたときから結構好みだなーとか思っていたら二年になって同じクラスになって、で、色々話しててああなんかいいなあ幸村と付き合えたらいいなあって思って微妙に告ってフラレた。
 寝起きの頭をぐるぐる振りながら幸村の次の言葉を待ちつつ、ずるりぼてんと芋虫のようにベッドからおちてみる。思ったより痛い。床が冷たくて気持ちいい。
山本?』
「あーベッドから落ちてみただけだいじょぶ」
 くそう。こうやって夜中の二時に電話に出てしまうくらいには未だに幸村精市が好きだ。胸が苦しいというやつかこれは。いたいいたいいたいいたい。泣きそうだ。だめだ、やっぱ夜は思考がマイナスに時速五百キロでつっこんでく。闇の中へ闇の中へ。
 ああきっと幸村も時速五百キロで闇の中に突っ込んで、だから私に電話したのか。なんだ、幸村、女友達少ないじゃん。男って女いなきゃダメってホントじゃん。
「ゆきむらぁー」
『なんだい?』
「ままならないね。じんせい」
 私の言葉に幸村はそうだなってちょっと笑った。いいよ。寂しいなら私に電話していいよ。別に付き合ってなくても、このあいまいな関係はとても辛いけれど、それ以上に幸村はテニスを愛していて今病気と闘っていて、だからいいよ。どーんと甘えてくれ。利用してくれ。これは無償の好意なんだから気にしないでいいよ。
「あのさー」
 私は今ちょうねむくて、だから。
「手術成功してテニス部が全国優勝してジュニア選抜も受験も終わった後に、告白してもいい?」
『それはもう告白したのと一緒じゃないかい』
 幸村は私の乙女心をそんなふうに茶化して笑いながらそれでも、いいよって言ってくれた。返事はもうきまっているのだろうか。またふられるのだろうか。まあいいや。いやよくないけど。

 幸村は頑張っているから頑張れとはいえない。手術に不安があるのかもしれないけど“大丈夫だよ”って言葉にするのは簡単でもなんかすごい無責任な気がする。いや私は別にいいほうに考えているとダメだったとき落ち込むからなるべく悪い方向に考えるようにするって言うタイプではないけれど、でもなんか無責任な気がする。自分が口にする言葉が、相手にどうやって伝わるかが、よくわかんなくて、喋れなくなったりして私は結構臆病だと思う。
「ゆきむらぁー」
 幸村が話さないので私ばっかり喋る形になる。まあいいけど。時速五百キロで闇の中つっぱしってる私たちには、少なくとも今はお互いが必要なのだから。たぶんきっと。
「病院にもどるの明後日だよね?」
『ああ。そうだね』
「んじゃさ、明日はハーゲンダッツ食べに行こう。幸村が病気じゃなかったら渋谷の東急でバビ食べたかったんだけど、川崎駅のそばのダッツで許すからさ。私奢るよ」
『へえ……山本にしては太っ腹だね。じゃあ、ご馳走になろうかな』
「イエーイ。デートだ。デートですよね?」
 私の言葉にさあ……、って幸村はかなり強引なごまかしを入れやがった。別にいいもん。私の脳内デートでも。いいさ。
『明日はテニス部の練習も少し見学したいから「あー、んじゃ、ガッコ終わったら一緒にダッツまで行って、アイス買ったらまたガッコ戻って食べながらあいつらの練習からかおう。コンビニダッツじゃデートになんないから却下」……からかわないけどね』
 幸村はそうやって真面目に返した。でも声は笑っていて、ああなんかよかったなあって思う。

 私には全然理解できない病気の不安と戦ってる幸村。
 幸村には全然理解できない幼い恋心を捨てられない私。

 そんな救えない二人でアイスを食べながらテニス部の練習を見る。きっと幸村が見ていたら体調を不安に思った真田がすぐに練習を切り上げるはずだ。それで、仁王あたりが私たちにチャチャを入れて、んで、私はその言葉に傷ついて、家に帰って凹んでさ。そんな明日おこるであろうその風景が頭の中にリアルに浮かんできて、空気の熱さとかアイスの甘さとかそんなものまで感じた。
 とりあえず、明日は水泳部サボろう。