フラレてからが本番です。

「幸村はさぁ」
 私は椅子の上に体育座りで、制服のスカートは切っちゃって短くしてるので「坂崎、見えるよ」って幸村が制服のシャツに袖を通しながら苦笑した。
「幸村はさぁ」
 私はもう一度同じ言葉を繰り返す。
 幸村はブレザーを羽織りながら、体育の後の、移動教室で誰もいなくなった教室で、私に「次の授業に遅れるんじゃないかい? 俺は保健の先生に連絡を入れてもらったけれど。坂崎はサボったことになるよ」って言った。話をずらそうと、してる。
 悔しくて、でも、この話題を続けたら幸村が困るだろうなって思って、ヤメタ。
「今、一番ほしい物はなに?」
 きちんと制服姿の幸村に、なんとなく、聞く。
 でも、泣きそうになって体育座りの膝の上に額を押し付ける。
 幸村は、私が幸村を好きなことを知っている。でも、幸村には綺麗な彼女がいる。大事な彼女がいる。
 私が、ちょっと、その事に触れると、幸村はダメージを受けた瞳を、する。
 それが、悲しい。
 幸村が困るって解かってて、告白なんて、できない。でも、離れるには好き過ぎて、こうやっていつもちょっかいを出してしまう。

「実力で勝ち取った全国大会の優勝トロフィー」
「あは、幸村らし」

 顔は上げられないけど、ちゃんと明るい声が出た。

「気にしすぎだと、俺は思うよ」
「は?」

 何の事を言ってるのか、この人は、とか思って思わず顔を上げると、二メートルくらい離れた場所に、さっきと同じ場所に幸村がいて、困った感じで笑ってた。

「俺はさ、今でも、結構モテるんだ。アヤがいてもね」

 おお、幸村から彼女の名前を聞くだけで泣きそうになったよ、私。どうしよう。

「そんな顔するくらいなら、言えよ」

 命令形かよ、とか、そんな顔ってどんな顔だよ、とか、色々関係ないことを思った。
 学校の外から入ってくる白い光は気持ちよくて爽やかで、こんなにも未来は素晴らしいと伝えてくれるのに、私は今にしがみつき、こうやって、幸村を引き留めてる。

「言えないよ」
「どうして」

 どうして、とか、聞くな。

「言えないよ」

 じわり、と視界が滲んで、慌てて、また膝に額を押し付けた。涙って、じつはとってもあったかいと、私はよく知ってる。

「俺は、それを聞いた後、答えるから、その後どうするか坂崎がまた決めればいい。一度区切りを付けたほうがいいんじゃないかな」

 幸村の言ってる事がよくわからなかった。
 だって、ふられてしまったら終わりじゃないか。もう、声もかけられないし、ギクシャクするに決まってて、それに、フラれたあとも仲良くなんて、私だってできない。できない。フラれたら、終わりだ。
 でも、確かにこの気持ちをずっと一人で抱えているのも、つらい。バレなければよかったのに。そうしたら、そうしたら、抱えていられたのに。抱えて、私一人だけで。

「関係なんて、刻々と変化するものだと、俺は思うんだ。ねぇ坂崎

 幸村は、私の返事がないことなんて気にしないで、いつもの綺麗な声で、普通の声で、語りかけてくる。

「困った顔……してるくせに」
「困っても、別に――坂崎より赤也の方がよっぽど困る事をしでかすしね」

 言えない。フラれたくない。嫌われたくない。困らせたくない。好かれたい。
 でも、その好かれたいっていうのは幸村のことを考えてる好かれたいじゃなくって、私が幸せになるための、好かれたい。そうしたら、幸村の幸せはどこにあるんだろう。
 フラれたら、全部終わっちゃうよ。

「それに、フラれてからが本番って言うだろ?」

 その言葉に、一気に涙が出てきた。わかってたけど、告ったら、フラれるんだ、やっぱり。

「言わないよ」
「言うよ」

 でも、告白を大げさに考えすぎてたかもしれない、なんて、幸村の言葉に、ちょっと肩の荷が下りた感じもした。

「フラれても、好きでいていいの?」
「いいよ。俺は今まで通りにする」

 ああ、じゃあ、私は、幸村の隣で、こうやって、幸村を諦めて、じっくりじっくり、次の恋を探せばいいんだね。――ある意味すごい残酷で、でも、私が一番傷つかない方法かもしれない。

「幸村が好きだよ」
「ありがとう。嬉しいよ」
「お付き合いしてくれませんか」
「今はまだ、無理だね」

 今はまだ、なんて、期待をもたせる、その優しさが、辛い。でも、勝手に好きになったのは、私。だから。
 これからどうするか、考えよう。幸村を好きでいるか、諦めて別の人を好きになるか。

「でもまあ、別に結婚するってわけじゃないしね。付き合ってたら、いつかは別れるんだし」

「その通りだけれど、普通本人を目の前にして言うかい?」
「私みたいな美女をフッた報いです」

 二人で笑って、私たちは教室を後にした。
 とりあえず、先生には体調不良で遅れたって言おう。