がたん、ごとん。がたん、ごとん。断続的な、電車の音。 膝の上には、リップと鏡と生徒手帳と定期入れ兼キーケース、そして焼き立てのほんのり温かいクッキーが入った小さなバッグ。 窓から差し込むやわらかい春の日差しに頬を撫でられて、明るさに目を細める。 人の少ない電車内は、どこかゆったりした空気で、眠気がふくらんでいく。 平日のラッシュアワーでは、生命の危機を感じるほど混んでいる電車も、休日の昼前はずいぶん空いていた。そうは言っても、座席はほぼ埋まっていて、東京って本当に人間が多いなあ、としみじみと思う。おばあちゃんちのある千葉は、休日のこの時間帯だったら、もっと空いていた記憶がある。 人間は寂しがりだから、仲間が沢山いるところに集まってくるのかもしれない。 日吉のいない電車は、なんだか少しだけ不思議だ。 目を伏せて電車のリズムに身体を任せている内に、あっという間に学園前駅についた。 今日は休日で私服なので、バッグのポケットに入っている定期と生徒手帳を提示して、警備員さんに門を開けてもらった。 場所は知っていても今まで足を運んだことのないテニスコートへ向かって歩き出すと、コートはまだ先なのに歓声が聞こえてきた。 男の子だけじゃなくて、女の子の声援も聞こえる。 こんなに盛り上がってるなんて、もしかして間に合わないんじゃないかとはらはらしながら足早にコートへ向かった。 つい先日、いつものように同じ時間、同じ電車、同じ車両、同じドアの近くでいつもと変わりなく、私は一方的に日吉に話しかけていた。 日吉の髪はいつもみたいにサラサラ揺れてたし、ふんわりとお香の薫りが鼻をくすぐって、テニスバッグは目の前の網棚に乗せてあって、日吉はカーブになる度にバッグが落ちないように手で押さえてる、そんな、いつもの電車内だった。 「日吉は、試合とか出られるの?」 会話はいつも私からだった。 それでもいつも日吉は無視しないで答えてくれる。この日も日吉は無表情に答えをくれた。 「一年が簡単に出られるほど、氷帝テニス部の層は薄くない」 そういうものなのかと納得してうなずく。うちのテニス部ってそんなに強かったのか。根っからの文化部だからか、運動部の事情には疎いし、日吉は私と話しててもあんまり楽しくないかもしれないって、ちょっとだけ思って、なんとなく日吉を見上げてみる。 日吉は少し目を細めてから、つり革を握りなおした。制服の袖から、手首の筋か腱かはわからないけど、それが浮き上がって動くのが見えた。 層の厚いテニス部で、外部からの新入生で、鳳くんや樺地くんに並んで強い一年生だと言われてる日吉の手首。 日吉ってすごいんだなぁ。 身近な人が、すごい人だと、なんだか自慢になるような気持ちもある。けど、でも、それよりも、日吉が強いってみんなに言われてるのが、なんだか自分のことみたく嬉しい。日吉がとても頑張っているのを、少しだけどわかってきていたから、そう思うのかもしれない。 「早く試合出来るようになるといいね」 日吉は曖昧にうなずくみたいに、首を揺らした。さらさらって音がしそうなほど、綺麗な髪が羨ましい。 「ああ。でも」 思い出すみたいに、日吉は一度視線を上にあげた。髪が窓から入った光に透けて、金の雨みたいに見えた。日吉は女の子だったら色素が薄くて手足が伸びやかで、注目されただろうな。 「日曜に、初めての部内試合がある。上手く行けば、準レギュラーの候補くらいにはなれるかもしれない」 やっぱり無表情だったけど、日吉がこんなに部活のことをいうのは珍しい。電車の揺れのせいかもしれないけど、気合を入れるように軽くあごを引いた日吉。 かなりその部内の試合へ賭けてるんだな、これはぜひ応援に行きたい。 「次の日曜?」 軽く見上げて聞いてみた。日吉と目が合う。 日吉はすいっと視線を逸らしてから、軽くうなずいた。 視線を逸らされると、嫌がられてるのかなって少し不安になってしまう。そんなこと、ない、と、思うんだけど……日吉は、本当に嫌だったら、車両を移動すればいいだけだし、そんなことないと、思いたいだけかもだけど。自分以外の人に、嫌われたくない。臆病者って言われても、やっぱり嫌われるのは怖い。 しばらく無言が続いてしまった。 でも、日吉は本当に嫌だったら言ってくれそうな気がする。それに、ここで訊けなかったら、日吉はあんまり教室では話してくれないから、今訊くしかない。そう自分を応援しながらもう一度訊ねてみた。 「何時から?」 「何時から……って、来るのか? 小曾根が?」 めずらしく、日吉が変な顔をして聞き返してきた。切れ長で、涼しげな眼が、あの日吉が可愛く見えるほどに見開かれていた。 え、ダメだったかな? テニス部以外見に行っちゃだめとか? でも多分そんなことないと思うんだけど…… 「行っちゃいけないですか?」 「いや……一〇時からだ」 歯切れ悪い感じだったけど、教えてくれたから、多分行ってもいいってことだよね。 「じゃあ、差し入れ持って応援に行くよ」 「ッああ」 なんとなくぎこちないような、油の足りてないブリキのおもちゃみたいに、ギシギシうなずいた日吉は、きっと試合に向けて緊張しているんだろな。 という訳で、本日は日吉の応援に来たのだ。 いい具合に薄く晴れていて、気持ちのよい青い空にするするとたなびく雲。 差し入れのクッキーを詰めていたら、少し遅れてしまったけれど、まだ、最初の練習試合が始まったばかりのようだった。良かった。 日吉の応援に来たのに、本人の試合を見れないなんて、せっかく休日に学校に来た意味がなさ過ぎる。 「ワンゲームストゥラブ。槲和リード」 そんな声が聞こえて、もしかして日吉の試合始まっちゃってる? って慌てながらコートが見える場所へ移動する。 客席に通じる通路は人がいっぱいいて、ギリギリ通れるくらいの隙間しかなくって、テニス部員さん達の間を縫いながら客席に向かう。あ、よかった、まだ日吉の試合じゃないみたい。 客席前方はたくさんのギャラリーがいて、それを掻き分ける気力も体力も、爪先立ちでコートを見る身長もない私は、観客席の一番上、コートがいちばん遠く見える場所でテニス部の練習を見る。 ルールがよくわからなくて、槲和という人がいっぱいポイント? をとってるってことだけは解かった。 「ゲームセット、ウォンバイ槲和シックスゲームストゥスリー!」 ギャラリーの歓声が響き渡る中、私は観客席に腰掛けて、膝に肘を乗せて、両手に顎を乗せる。 聞き覚えのある名前だから、たぶん同学年だと思う。他の学年に槲和さんがいたら違うかもだけど。 確か、うちのテニス部は一年でも力のある人なら練習試合に出れるらしいから、彼は強いんだろうな。 ルールよくわからないけど。 日吉も強いんだよね。どんなふうにテニスしてるんだろう。ちょっとドキドキし始めた。日吉の試合、楽しみだな。 そんなふうにいくつか試合を観て、なんとなくふんわりとルールを理解してきて、日吉はまだかなって、一度空を見上げたときだった。 「次の試合。鳳、日吉、前へ」 ――その声に、ぱっと立ち上がる。 私の身長で、ギャラリーが邪魔にならずにコートが見えるギリギリまで観客席を降りた。 ネットを挟んで握手する日吉と鳳くんが見えた。気づかなかったけど、試合の後だけじゃなくて最初にも握手してたんだ……なんて、今までどれだけ適当に試合を見ていたのかって自分で突っ込みたくなった。 握手をしている日吉は、手元じゃなくて鳳くんの顔を見ていた。無表情なのかと思ったけど、少しだけ笑ってる。よろしく、とかそんなことを言ってるのかな。 「鳳サービスプレイ」 審判役の部員の声が響く。鳳サービスプレイってことは、鳳くんからのサーブだ。それくらいは、見ていて分かった。 「期待の新人同士じゃん」 「日吉って、あの、二年の跡部に堂々と勝利宣言したヤツだろ?」 「そうそう。にしても鳳、でかいなー」 そんな、部員さんたちの話声が前から聞こえてくる。 跡部先輩は幼稚舎にも聞こえるほど有名な人だったから知ってる。鳳くんの名前は、日吉から聞いていた。 強いやつがいる、って、あの日吉が素直に認めていた。あの時、日吉は別に悔しそうな調子でもなく、ただ訊かれたから答えたって感じだったな、なんて思い出す。 「フィフティーンラブ。鳳リード」 そんな声に気を取られていたら、すぐに審判の声がかかった。 周りのざわめきから鳳くんのサーブがすごかったんだなってわかった。 日吉は軽く首を回してから唇を少しだけ舐めてグリップを握り直した。そうして最初とは少しだけ違うポジションで構えた。 「すっげ……俺あんな早いサーブ初めて見た……」 「あれじゃあ、日吉も返せねーだろ」 (そんなことないよ。日吉なら返せるよ) 少しムキになりながら、鳳くんのそのサーブを見ても居ないくせに心の中で反論してしまった。 なんだか、悔しい。 頑張れ、日吉。 「サーティーラブ。鳳リード」 ちゃんと見た鳳くんのサーブは、確かにとても速くて、高校野球の高速ピッチャーを思い起させた。私は高校野球しか野球は見ないけれど。すごく速いのだけはわかる。 日吉も、どうにか対応しようとしているみたいだけど、届かないといった感じ。もどかしくて、心の中で何度も(日吉頑張れ)って祈る。 今まで全然、日吉がテニスしてる所なんて見てなかったことを、後悔した。 日吉なら勝てるよって言いたいのに、そんなことを言えるほど、私は日吉を知らない。 こんなにすごい相手がいっぱいいて、こんなに難しい競技で、でも鳳くんやボールを見る日吉の眼はとても真剣でまっすぐだった。今まで、こんな表情を見てなかったなんて、私は日吉のことを全く知らなかったんだなって思っちゃうくらいの、何を見てきたんだろう勿体なかったなって惜しくなっちゃうくらいの、そんな、日吉の眼。すぐにさらさらの前髪でみえなくなっちゃうのが、ちょっと寂しい。 「フォルト」 鳳くんのサーブがネットにひっかかって、審判がそう宣言する。近くのテニス部員らしき人が「シュート」と、ぼそりと呟いた。意味は分からなかった。 次のサーブもネットに当たって、ダブルフォルトとかいうのでサーティーフィフティーンになった。それでもやっぱり鳳くんが一歩リード。 試合してるのは私じゃないのに、焦ってしまって日吉見たら、少し笑ってたような気がした。 負けず嫌いの日吉が(これは今まで話をしていて私が勝手にそう思っているだけなのだけれど)相手のミスでポイントが入って喜ぶなんて何だか不思議だった。 そして、三度目のフォルト。 「鳳、ミス多くねえ?」 「それよりも、日吉の位置最初と大分変えてきたな」 言われてみれば確かに。 つま先立ちして、倒れない程度に身を乗り出して日吉の場所を見る。日吉の位置は、なんだろう……真ん中の線にすごく近い。 次の鳳くんのサーブは入ったけれど日吉はそれを打ち返して鳳くんも打ち返して、ラリーが続く。パンッとも、カッとも、コッとも聞こえる澄んだ打球音がたんたんと響く。隣のコートはアウトしたボールを何度も拾っているのに、日吉と鳳くんのラリーに、まったくそんなのはなかった。 打つ瞬間に踏ん張ってて、全身で打つと打ち終わった後身体が浮く日吉に対して、鳳くんはしっかりとコートを踏みしめて打っていた。どっちがいいのかよくわからないけれど、滴る汗も気にしないで試合している二人の姿はとてもかっこいいなって思った。テニスなんて全然知らなかったのに。日吉の額に、汗で髪の毛が張りついてる。それでも眼だけがボールをずっと見ている。人間ってこんなに早く動けるんだなって、感心? 感動? みたいな気持ち。 長く続いた二人のラリーは、右の隅っこを狙った日吉のボールがポイントを取って終わった。 サーティサーティ、と審判の声が耳を打つ。 日吉が少し笑ってラケットを握りなおしてて、その顔が、普段見る日吉と違ってすごく可愛い感じで、とてもびっくりした。一瞬だけで消えた笑顔が、目に焼き付いた気がして何度も瞬きしてしまう。日吉、テニス好きなんだなぁ……。 結局、そのゲームは辛うじて鳳くんがとったと言う感じ。 次は日吉のサービスゲーム。 ラリーは続くものの、日吉の的確な開けた場所へのショットでこのゲームは日吉が取る。 シャツの肩で額の汗をぬぐう日吉にちょっとドキっとしてしまった。そういえば、ちゃんと見ていなかったけれど、日吉って結構かっこいい顔してるのかも。 日吉と鳳くんはお互い、自分のサービスゲームの時にゲームを取るといった感じで、ファイブゲームストゥファイブまでこぎつけた。こうなっちゃうとどちらかがセブンゲーム? とらないと勝てないんだって、周りの人たちの声を聞いて知った。 次は鳳くんのサーブ。 ( 頑張って日吉 ) なんだかそわそわして、勝って欲しくて、どきどきする。そういえばスポーツの応援ってむかしからすごくそわそわした気がする。選手の緊張や気合が伝わるからなのか、勝ってほしいって祈りすぎてるからなのか、わからないけど。 いてもたってもいられなくなって人を掻き分けて観客席の最前、コートと座席を隔てる壁に、手をつく。 私の目では追いきれないサーブを日吉は捉えて打ち返す。 それは力が篭りすぎてしまった所為か「アウト」コートの白線を越えてしまっていた。 日吉が小さく舌打しているのが、わかった。あと、もう一回でこのゲームは鳳くんにとられてしまう。目が潤みそうになって、頑張ってるのは日吉なんだから! と自分を叱咤した。 手の甲で汗を拭った日吉は、鳳くんを睨みつけている。 その表情を見て、壁の縁に置いた手にぎゅう、と力をこめる。 日吉の切迫感が伝わってきて、見ている私のドキドキも息苦しい位になる。心配で、不安で、でも、勝て欲しくて、頑張ってと心の中で何度も日吉へ繰り返す。 「一・球・入・魂!」 どうやらスカッドサーブと言う名前らしいそれは、普通では考えられないほど早いサーブらしい。私にはわからないけれど、とても速い。私だったら反応しても届かないと簡単に予想がつくほど、速い。 日吉が鳳くんのサーブを辛くも(本当に何とかギリギリって感じだった)返して、でも、それは私の目から見ても「アウトだな」聞こえたテニス部員の男の子の声。 ボールは大きな弧を描く。 「入って!」 勝手に声が出てたことに気付くのは、そのボールが風に煽られて鳳くんのコートのなかにぽてんと転がってからだった。 ◇◆◇ がたん、ごとん。がたん、ごとん。断続的な、電車の音。 膝の上には、リップと鏡と生徒手帳と定期入れ兼キーケース、そして普通のクッキーが入った小さなバッグ。 窓から差し込むやわらかい春の日差しに頬を撫でられて、明るさに目を細める。 人の少ない電車内は、どこかゆったりした空気で、眠気がふくらんでいく。 隣には制服姿の日吉がいて、今更私服なのがちょっと照れた。 「日吉、すっごいかっこよかったー」 本当に、今日は日吉がすごいかっこよくてびっくりした日だった。 なんだか、それがおかしくて笑っちゃう。日吉ってやっぱり男の子なんだなーって思った。だって、あんな速いサーブ返せるし、足速いし、ポイント入ると笑うし。 「……応援にきてくれてありがとう、小曾根」 回想をしてる最中の日吉の言葉にちょっとビクっとしつつ、どういたしましてって頭を下げてみた。 日吉は、足の間に置いたラケットバッグに視線を落としている。 一緒に帰る約束はしてなかったけど、なかなか差し入れを渡せなかった所為で、初めて日吉と一緒に帰ってる。 シャワーを浴びた日吉からは、高級そうな石鹸の香りがして、私の為に焦って出て来てくれたのか、髪の毛が少し湿ってた。夕方の日差しに日吉の髪の毛がキラキラ光る。 「あ、そうだ、渡し忘れたけどクッキー焼いてきたんだ。差し入れの王道かと思って」 何となく照れてしまって視線をバッグへずらす。取り出したラッピングを日吉に向けて差し出した。 私がどれだけ緊張してこの言葉を言ったかなんて日吉は解らないんだろうなー、とか思いながらラッピングされたクッキーの袋を差し出していたら、日吉は私の手の中をじーっと見てた。 手作りなんて重いかなとか、不自然じゃないかなとか、手造りが苦手だったらどうしようとか、今更とてもドキドキした。 試合を見るまで、何も気にしていなかったはずなのに。今はなんだかとても恥かしい。作っている時だってそんな事考えなかったのに。レモン味の、甘さ控えめのさくさくしたクッキーだから、口の中がもそもそするのが苦手だったら……でも、でもご家族とか食べたりするよね? たぶん……美味しくなかったらどうしよう…… 味見してるし、ママと一緒に作ったし、大丈夫だとは思うけど、日吉、甘いもの嫌いだったら……なんて、今頃考えても遅いのに。自分が馬鹿すぎてちょっと悲しくなる。 日吉は、そっと私の手に自分の手をかぶせるみたいにしてから、受け取ってくれた。 指先が、日吉の指に、本当に少しだけ触れて、くすぐったくて、体温が温かくて、心臓がきゅってなった。 なんでだかわからないけど。 すごくうれしかった。 とても安心した。 ああ、よかった。 「レモンのクッキーなんだけど、一緒に入れた紅茶と食べると美味しいよ」 安心して、なんか笑ってしまいながら言うと、それに対しての返事はなかった。 日吉は、白いレースを中に入れた透明な袋の表面と、結んだリボンを、何度も節ばった男の子の指で撫でていた。 あの、人の話、聞いてます? しばらくそうやってクッキーの袋を見ていた日吉は、軽くうなずくみたいに首を揺らしてからラケットバッグのポケットにしまって「家に帰ったら、ちゃんといただくから」って言ってくれた。 そんな日吉の言葉が素直に嬉しくて、私は何度も、食べてねって頷いた。 今回の練習試合に出た一年生の中では樺地という子以外は準レギュラーの候補にはなれなかったみたいだけれど、日吉はいい試合ができたからそれでいいって満足そうだった。勝ったときの日吉は、あんな笑い方するんだって、本当にビックリした。 この数時間だけで、今日はお腹いっぱいなくらいドキドキしたり嬉しくなったりハラハラしたなーなんて思って、隣に座っている日吉の顔を見上げると、笑ってはいないけれど穏やかな顔だった。 初めて会った時の日吉はなんだかつまらなさそうな顔をしていて、電車で出会った時は、少し怒ってる? みたいな顔だったから、穏やかな、ちょっと気の抜けた顔を見れるのがうれしい。 明日からまた頑張るんだろうな。 それで、私も日吉と同じ電車に乗って、美術室で予習をして。 最近、美術室を出て教室に向ってる途中に日吉となぜかよく会うから、一緒に教室に行って。 まだ人気の少ない教室で、ショートホームルームが始まるのを、ゆっくり待つ。 「日吉、お疲れ様。明日からまた下剋上だね」 「そうだな。小曾根も、数学下剋上しろよ」 すっと目を細めて、ふっと口許を緩めて、日吉が綺麗に笑った。 |