同じ電車にのっているだけでくすぐったい気持ちになる。 一緒に話せるとうれしくて、なんだか恥ずかしくて。 他の人がやったら呆れちゃうようなことも日吉がやってたらカッコイイとかカワイイとか思っちゃう。 恋って不思議だ。 いえいえ、恋関係なくても、日吉はいつでもかっこいいけど。 でも、なんだか不安もいっぱいある。 彼女はいないって言ってたけど、今はいるかもしれない。 そうしたら、きっと一緒に登校しない方がよくなってしまう。 日吉は、彼女がいたら、そういう所はちゃんとしてくれそうな気もする。 実は優しいから、一人で満員電車に乗るのが怖い私に気を使って何も言わないかもしれない。 それに、友達としてでもあまり興味がないかもしれない。 だって、あんなに一緒にいるのに、日吉は私の事を聞いてきたりしない。たまにはあるけど、でも、好きな人のことや友達のことだったら知りたいって私は思うから、私から遠回しに色々きいてばかり。 この気持ちがばれてしまうのがなんだか怖くて恥ずかしくて、悪いことみたいで、血液型一つ聞くのも物凄い苦労なのに。 できる限り一生懸命可愛くして、シャンプーだって、できるだけあんまり強くない可愛い香りの選んで、爪だって磨いて、色のつかないネイルを塗って、リップクリームも、いい匂いでちょっとだけ色のつくやつ選んで、靴下だって足が細く見えるよう引き締め効果のある紺に替えてみたりして、でも、こんなの日吉は気付かなくて。 日吉の好きなものをきくだけで、どうやって話を運ぼうとか、連絡先はどうやって聞こうとか、どうやったら仲良くなれるかとか、すごくすごくすごく考えてるのに。 好きになってくれるとかは思ってないけど、せめて友達として仲良くしたいって思うのに。せめて男の子同士の友達くらいには、仲良くなりたいって思うのに。 色々考えるとかなしくなってきて、壁に低反発チップの入ったハート型のお気に入りのクッションを投げた。 「日吉のバーカ」 でも、好き。 明日、まどかちゃんに手作りのクッキーを持っていく約束をしたんだけど、どうしたら日吉にも渡せるかな。できるだけさりげなく。日吉にはついでみたいな感じで。女の子として好きになってもらえなくてもいいから、仲良くなりたい。 ◇◆◇ 「私、嫌われてるのかな」 「それはないよ」 「なんで?」 「私だったら、嫌いな人と一緒に登校しないし、車両や時間をかえるよ。日吉君もそういう感じする」 たしかに。 そっかそっか。そうだよね、じゃあ、今のところ嫌われてはないのか。よかった。 安心して頷くと、まどかちゃんが何でか溜息をついた。何でだろう。それからランチプレートの端っこの綺麗な赤いパスタを口に運び始めた。前の日に一緒に学食行こうって約束してて、今日は二人ともお弁当を持ってきてない。 私のお昼ご飯はまどかちゃんと対照的。赤いお魚と赤貝のお造りに、白いお魚の焼き物にと、松花堂弁当風の和食。お値段が高いけど、お弁当を持ってきてないときの日吉が比較的よく頼んでいるので、少しでも共通の話題を探す為に、お弁当を持ってきていないときは私も松花堂弁当を頼むようにしている。ちなみに日吉が頼んでいたのを見たことがあるメニューは全てコンプリート済み。 たまたま目に入っている時だけで日吉を追いかけたりしているわけじゃないからストーカーじゃないと思いたい。 それでも、なんだか胸がいっぱいで最近食欲ない。お魚を半分とおつゆを半分と十穀ご飯を半分でギブアップ。 「最近、あんまり食べないね」 まどかちゃんは綺麗にランチプレートを平らげていて、細身だけれど出るとこはでてるまどかちゃんは、きっと食べたものが胸と脳みそにしか行かないように出来てるんだと思った。 「あんまりお腹すかないんだよね、薄小倉食べる?」 日吉に名前を教えてもらった薄小倉というデザートは羊羹みたいなんだけど、じつは全然違うでも小豆の和菓子。美味しいんだけど、今はお腹にはいる気がしない。 今は日吉と仲良くなりたいってことで頭がいっぱいだ。授業も聞き漏らしが増えてて、でもなんか日吉に訊いたら呆れられそうで、宿題も最近は見せてもらわないように気を付けてる。仲良くなるって、難しいなあ。 「食べる。っていうか、残すなら、残りは私が全部食べていい?」 頷いてお盆をまどかちゃんの前に移動させてあげると、まどかちゃんニラウンド目。でも、どこにはいってるんだろうその量。 でも、さっきの話で、ふと気づいた。嫌われてはないって、嫌われるだけの関係性を築いてないって事なのかもしれないし。嫌うほどの価値も私にはないってことなのかも。普通のクラスメイトで、避けないけど、でも親しくなりすぎないよう線は引いてる、とか。日吉のこと考えてるだけで胸がわああー! ってなるし。なんか勝手に妄想して、こうやって泣きそうなほど落ち込む。 でも、どうしたらいいの? 友達として仲良くなりたいってアピールするとか、できないし。だって、ひかれたらどうしよう、とか、色々考えると、ほんとに、好きな動物の事を聞くのだってドキドキして、ほんとに命がけだ。 (日吉は朱鷺が好きだって答えてた。何でだろう。なんか、適当に思いついたことをいってる気がする) 「どうしよう……」 ご飯を食べているまどかちゃんが、私の言葉に「なにが?」ってちょっと興味なさそうに訊いてくれる。 「少しでも仲良くなりたいな、って思うんだけど」 「うん」 「でも、どうしていいのかわかんない。いつも日吉のことばっか、考えてて……」 「と言うことは私のことはどうでもいいんだ?」 「なにそれー」 そういう問題じゃないのに、って私は思わず笑ってしまった。まどかちゃんもわかって的外れなことを言ってたみたいで、私の反応にまた少し笑ってくれた。 私が怖いから告白しない、と言ったらまどかちゃんは「香奈がそう思うならそうすればいい」と言った。それなのに、私が愚痴っぽいことを言っても「自分で告白しないって決めたんでしょ?」みたいなことは言わないで話を聞いてくれて、こうやって慰めてくれる。 本当に本当にいい友達だと思う。 私は、あんまりは人付き合いが得意じゃなくて、なんかちょっと変らしくて、最初の小学校とかでは色々上手く出来なくて、色んなことでびくびくしてた。色々あって氷帝の幼稚舎に転入したとき、変な時期に来た外部生だってちょっと言われたとき、まどかちゃんは誰にも興味なさそうな顔をしてた。言葉もそっけなかったから、少しだけ怖かった。 でも、体育の授業で適当に二人組を組んで、とか言われた時とかに私があぶれると、まどかちゃんは当たり前みたいに私と組んでくれて、それで何となく仲良くなって、今に至る。まどかちゃんは別に誰とでも普通に組んでて、私だけにそうしてたわけじゃないから、すごいなって思ったり。 自然体で、人のためにとか、やらなくちゃじゃなくって『自分がしたいから』で行動できる人は、とても安心できる。 別に仲良くなっても、まどかちゃんはいつも一人で行動してたし、私がついてっても嫌がらなかった。私が色々話しても、いつもふーんって感じで、寂しかったこともあるけど、これがまどかちゃんなんだってわかってからは気にならなくなった。 そういうとこ、ちょっと日吉と似てる。これが日吉なんだって、怖い口調とかの時に思ったりする。まだ、怒ってるから怖い口調なのかとか、そういうのはよくわからないけど。 じぃってまどかちゃんを見てたら「アドバイスとかは出来ないよ? ナヲミに取り次いで欲しいんならやるけど」と、言われて、ぶんぶん首を横に振る。 鳥取ナヲミさんは私と同じ学年で、女子テニス部の期待の新人。特待生で入学してる子たちは期待も大きいし、小学校では一番でも氷帝では下のほうになっちゃったりしてすごく大変だから、頑張って欲しいと思ってるけど……テニス部同士だし、日吉のことは、きっと色々知ってるんだろうなあ、いいなあ。 「テニス部のマネージャーに立候補するなら、他の女子に首絞められるくらいの覚悟をしておいた方がいいよ」 まどかちゃんって、たまーによくわからない。いいけど。 「美術部やめる気はないし、それはいいんだけど……」 「この赤貝、酢で洗ってあるのがいいね」 あ、もう私の話に興味なくなってる、まどかちゃん。 でも今日は大分ぐちぐちとお話してしまったのでそろそろ飽きても仕方ないというか、聞いてくれてありがとうの気持ちしかなかった。 「日吉君は美食家かなー」 ……日吉、という単語を聞いただけでときめいてしまう胸をどうしたらいいんだろう。 結局クッキーは渡せなかった。声をかけようと思うとドキドキしてしまって、まどかちゃんが日吉に声をかけようとするから思いっきり止めてしまった。 自分でやったことなのに、自分が出来なかったことなのに、泣きそうなほど凹んで落ち込んでしまって、今の私って絶対絶対絶対めんどうくさくて変な人だって思う。 まどかちゃんの呆れた溜息が心に染みて痛かった。 泣きそうになるくらいなら、ちゃんと通りすがりの日吉に渡せばよかったんだけど、でも断られたら……とか思うともう全然ダメだ。ダメ。 気づかれたらって思うと怖くて。 気づかれて引かれたらって思うと怖くて。 気づかれて避けられたらどうしようって怖くて。 でも、もうちょっと仲良くなりたいって言うのもあって。 「わかし」 お風呂上りでホカホカの身体を丸めて掛け布団にくるまって、秘密の呪文みたいにこっそり彼の名前を呼んでみる。 もう、それだけで一瞬で頭の中がぐちゃぐちゃになって燃えてしまう。 ベッドの中でじたばた暴れて、恥ずかしさに胸がドキドキしてきた。ああ、いまの私は変態みたいだ。気持ち悪い子だ。 好きだけど、どうすればいいのかわからない。 わかし、なんて、その言葉がそれだけで魔法の力でも持ってるみたいだ。 もう一度、わかし、と呟いてみる。涙がこぼれそうで、お風呂とは違う熱が身体の中で渦巻いてて、頭の中が真っ赤になるようで、胸が苦しい。 こんなの初めてでどうしたらいいかわからない。 かっこいいって思う男の子はいたし、男の人もいたし、隣にいられるとドキドキする人もいたけど、こんなふうになったことなんて一度もない。名前を唱えるだけで心臓がおかしくなる。これが恋? もっと小説みたいに気づいたらかけがえのない人になってたとか、漫画みたいに冗談を言い合って好きになっていくんだと、そんなのだと思ってた。 ああ、また明日の登校の電車で不審者になっちゃいそうだ。 ◆◇◆ 顔が赤くならないように、胸が当たらないように、身体を少し斜めにして、顔を少し日吉からそらして、電車に揺られる。 昨日の夜、必殺の呪文を唱えてしまった所為で、日吉に対する罪悪感とか、恥ずかしさとかがどろどろになってて、あんまり話が出来なかった。 日吉と話すことができるのは今しかないのに。誕生日を聞きたいなって思ってたのに、さりげない話題が見つからない。この間、何とか聞き出した血液型で血液型占いしてみたけど、なんか、結果はいいのか悪いのかよくわからなかった。というか、その占いの本では、AB型って相性のいい血液型がなかった。 好きな人の名前を描いた消しゴムを、誰にも気づかれないで使い切ったら両想いになれるなんてジンクスだって、やりそうになってしまった。ジンクスって呪術みたいなもののような気がするから、怖さが勝って、やらなかったけど……怖いのはちょっと苦手な自分も恨めしい。 とりあえずは、情報収集に専念して、自信が持てたら、もっともっと仲良くなったら……友達になって、でもそれより仲良くなれたら。 告白、できるの、かなぁ。好きになってもらうってどうしたらいいんだろう。 「小曾根って、下の名前は香奈だったよな?」 急に話し掛けられて、身体が電車で揺れたって言い訳も出来ないくらいビクーンとなってしまった。しかも、しかもしかも。日吉に名前言われた。 それだけで、ざぁって顔に血が上るのがわかる。勝手に唾を飲み込んでしまって、ごくっと変な音がした。やだよ、言わないでよ。普通でいられなくなっちゃうじゃん。 声が出せない。ベロがかちかちで喉がかぴかぴだ。私の名前なのに。私の名前なのに。日吉が言うだけで、なんかもう大変なことになってしまう。なんかもう大変なことになってしまう。 なんとか首を縦に振って「ん」とだけ答えると、日吉は少し間をあけてから。 「まあ、悪くない画数だな」 急にそんなことを言われて、意味がわからなくて顔を上げると、日吉じゃなくて、彼の手にしている本が目の前にあった。カバーがかけられていて中身は見えないけど「ん?」って言いながら、ちょっとだけ本に触れると、日吉が私に見えるように本の中を見せてくれた。 「……姓名判断の本?」 「家の本棚にあって、暇つぶしに持ってきた」 言いながら、日吉は私の一字一字の画数のページを見せてくれた。けど、私のより日吉のほうが見たい。 「日吉は?」 「俺も、良くもなく悪くもない。……少し悪いか」 やっぱり、日吉自身の画数のページを一つ一つめくってくれる。 「あ、でも、努力家とか、下品な人に冷たいとか、神経質とか、結構当たってない?」 「当たっている部分だけを読むからだ。小曾根って占いの良い結果しか見ないタイプだろ」 その言葉は当たってて、まさにその通りなんだけど、そうやってわかっていてくれたことが、また、顔が真っ赤になりそうなほど嬉しくて、にやにやしちゃいそうで、そっと顔をそらす。 呼ばれなくても、名前を言ってくれただけで。 私のことを知っていてくれただけで。 もうそれだけで心臓がバクバクで、血管が広がってしまったみたいな海の波のような勢いよく血の流れる音が頭の中に響いて、満足に喋れないくらいになるほど、嬉しくて嬉しくて嬉しい。 少しだけ日吉を見上げると、本を見てた彼は、視線に気づいたみたいに私を少しだけ見た。 それだけでときめいて、それだけで手のひらが少し汗ばんでしまった。 苦しくて切なくて怖いときもあるけど まだ、この恋は当分やめられなさそうです。 |